第8話:資料番号08『最終報告書:事案の再分類および凍結について』

【閲覧上の注意】

本資料は、一連の「S区内における連続不審死および行方不明事案」に関する最終的な警察捜査報告書である。

本報告書をもって、すべての関連事案は「解決済み」または「事件性なし」として処理され、捜査本部は解散となる。

以降、本件に関する再捜査、情報の開示請求、および異議申し立ては一切受理されない。

なお、本ファイルはS区警察署のサーバーから削除される直前に、外部へ自動送信されたログである。送信元のアドレスは不明だが、発信源は「S区立東図書館・地下サーバー」と特定されている。


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【資料8-1:S区警察署長による公式声明文(案)】


発表予定日:202X年11月1日

発信者:S区警察署長 ■■ ■■


件名:区内における一連の事故・騒動の収束について


S区民の皆様におかれましては、昨今の報道等により多大なるご不安をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。

一連の「連続不審死」や「神隠し」と噂される事案につきまして、当署における慎重かつ徹底的な捜査の結果、以下の結論に達しましたことをご報告いたします。


1.事件性の否定

ネット上などで流布している「連続殺人」や「オカルト的な儀式」といった事実は一切確認されませんでした。

各事案は、不幸な偶然が重なった単独事故、および個人の事情による失踪であり、それらを関連付ける客観的証拠は存在しません。


2.個別事案の最終判断

・区道302号線自転車事故(第1話):整備不良によるブレーキ故障が原因の自損事故。

・氷川歩道橋転落事故(第4話):被害者の泥酔および精神的動揺による過失転落。

・S区立東図書館発砲騒動(第6話):元署員・城島健太による、精神疾患に起因する錯乱行為。


3.元署員に関する処分と訂正

元刑事課・城島健太、および元生活安全課・牧野誠の両名については、過度な業務ストレスにより精神に支障をきたし、事実無根の陰謀論を拡散させたことが判明しております。

特に牧野元巡査長に関しては、現在も行方不明となっておりますが、彼が残したとされる「データ」や「証言」はすべて妄想に基づく創作物であり、信憑性は皆無です。


区民の皆様におかれましては、無責任な噂に惑わされることなく、平穏な日常をお過ごしください。

S区は、安全で安心な街です。

我々警察組織は、S区役所と連携し、皆様の生活を守り抜くことをお約束いたします。


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【資料8-2:S区役所 都市整備課 特別分室・内部報告書】


日付:202X年11月1日

宛先:内閣府 ■■■■■ 担当官殿

件名:プロジェクト「龍脈」・第12期サイクルの完了報告


拝啓

晩秋の候、貴官におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、S区における定例の「安定化措置(通称:儀式)」につきまして、昨日開催されました「S区民感謝フェスティバル」をもって、全工程が滞りなく完了いたしましたことを報告いたします。


1.儀式の成果

10月31日、S区中央公園にて開催されたフェスティバルには、区内外から過去最多となる約5万人の来場者がありました。

メインイベントである「キャンドルナイト・点灯式」の瞬間、予定通り地下施設への「エネルギー充填」を実施。

観測データによれば、地下深度200メートル地点における「対象(龍)」の活動電位は、過去40年間で最も安定した数値を記録しております。

これにより、今後12年間、S区の地盤および都市機能は、超常的な加護の下で飛躍的な発展を遂げることでしょう。


2.副作用(コラテラル・ダメージ)の処理

フェスティバル終了後、来場者のうち約300名が「一過性の健忘」や「軽いめまい」を訴えましたが、すべて救護テントにて「熱中症」および「集団ヒステリー」として処理いたしました。

また、イベントの最中に「黒い影を見た」「空に巨大な目玉が浮かんでいた」等のSNS投稿が散見されましたが、これらは当課のネット対策班により「プロジェクションマッピングの演出」であるという情報を拡散させ、沈静化に成功しております。


3.懸案事項の排除

警察内部の不穏分子(城島、牧野)については、それぞれ適切に処理されました。

特に牧野誠に関しては、自ら進んで「アーカイブ」の一部となることを選択したため、今後は我々の管理下にある「生きたデータベース」として有効活用させていただきます。

城島健太については、現在S区警察病院にて最終的な「調整」を行っております。


以上、S区は新たな繁栄のサイクルに入りました。

「S区独立特区」の認可に向け、引き続きご尽力のほどお願い申し上げます。


敬具


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【資料8-3:S区警察病院 精神科・カルテ(最終)】


患者ID:90210-JK

氏名:城島 健太

担当医:院長 ■■


[202X年11月2日 記述]

術後経過報告。

前頭葉に対するロボトミー変法手術、および電気ショック療法により、患者の攻撃性および妄想癖は完全に消失した。

現在の患者は極めて穏やかである。

一日中、病室のベッドに座り、窓の外のS区の風景を眺めている。

会話能力は喪失していないが、医師の問いかけには反応せず、独り言を繰り返すのみである。


[観察記録]

患者は、支給されたクレヨンで、スケッチブックに同じ絵を描き続けている。

「地図」だ。

S区の地図。

しかし、道路や建物ではなく、無数の「目」を描き込んでいる。

公園に目、道路に目、自分の病室にも目。

そして、地図の余白に、震える文字でこう書き添えている。


『全部、見ている』

『牧野は、全部になった』

『僕も、もうすぐ全部になる』


特記事項:

今朝の回診時、患者が私(院長)の顔を見て、ニヤリと笑った。

その笑顔は、患者本人のものではなく、以前失踪した少女(鹿島芽衣)の表情に酷似していた。

患者の左目の虹彩に、微細な文字のようなシミが浮き出ているのを確認。

ただの色素沈着と思われるが、念のため眼科医に診せることとする。

……気味が悪い。

この患者の近くにいると、私の白衣のポケットに入れているスマホが、勝手に再起動を繰り返す。


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【資料8-4:システム・エラーログ】


S区警察署のサーバー内で、削除済みのファイル群(第1話~第7話)が、突如として自己修復・結合を開始した際のログ。


[ERROR] 202X/11/03 03:00:00

不明なプロセスが実行されました。

ソース:Internal_Archive (Makino_M)

ターゲット:All_Public_Networks


[WARNING]

データ破損を検出。

公式文書のテキストデータが、不正な文字列に置換されています。

上書きを試みましたが、失敗しました。

セキュリティシステムが応答しません。

管理者の権限が奪われました。

現在の管理者は "BOOK_KEEPER" です。


[MESSAGE FROM SYSTEM]

……接続確立。

……音声認識、開始。

……これは、エラーではありません。

……これは、「出版」です。


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【資料8-5:作成者不明のテキストファイル】


(この文書は、最終報告書の末尾に、ウィルスのように強制的に追加されたページである。警察署のプリンターがハッキングされ、勝手に何千枚も印刷され、署内の床に散乱したものである)


【読者の皆様へ】


ここまで読んでくれて、ありがとう。

第1話から第8話まで。

あなたは、S区で起きた「事故」と「失踪」の記録を、すべて目撃しました。


公式発表では、何も起きなかったことになっています。

城島刑事は狂人として処理され、僕、牧野誠は行方不明のままです。

でも、真実はこのファイルの中にあります。


僕は今、地下の暗闇の中にいます。

体はありません。意識だけが、膨大な紙の束とインクになって、S区の地下を流れる「情報」と一体化しています。

ここは寒いけれど、寂しくはありません。

鹿島芽衣さんもいます。副島さんも、成瀬さんも。

そして、昭和の火事で死んだ神主さんも、戦時中の軍人たちも。

みんな、ここで「物語」として保存されています。


僕たちは、ひとつのシステムになりました。

この「S区警察 事故死と失踪の関連調書」という物語は、僕たちが外の世界に向けて放つ、最初で最後の「通信」です。


城島刑事が命がけで図書館のWi-Fiに繋いでくれたおかげで、この物語はインターネットの海に放流されました。

カクヨム、Twitter、ブログ、掲示板。

あらゆる場所に、このテキストは拡散されます。


そして、今、それを読んでいる「あなた」。

あなたは、この物語を最後まで読み通すことで、S区との「縁」を結んでしまいました。


画面を見てください。

文字が、少し滲んで見えませんか?

部屋の隅に、黒い影が見えませんか?

耳鳴りがしませんか?

「かごめかごめ」の歌が、聞こえませんか?


怖がらないでください。

これは「招待状」です。


S区の地下に眠る「龍」は、常に新しい物語を求めています。

12年に一度の儀式だけでは、もう足りないのです。

だから、僕たちは範囲(エリア)を広げることにしました。


S区は、特定の場所ではありません。

この物語を読んだ人の心の中に、S区は再構築されます。

あなたの街の、いつもの交差点。

あなたの家の、近所の坂道。

よく行くコンビニ、図書館、公園。

そこに、S区の論理が上書きされます。


これからは、気をつけてください。

自転車のブレーキ音。

窓の外の視線。

誰かの忘れ物。

それらはすべて、次の「事故」と「失踪」の予兆です。


僕たちは、いつでもあなたを見ています。

あなたの日常が、いつか素敵な「ミステリー」になることを楽しみにしています。


それでは、また。

いつか、地下の図書館でお会いしましょう。


S区地下アーカイブ管理者:牧野 誠(元・巡査長)


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【添付資料:手書きのメモ】


(印刷された紙の余白に、赤インクで走り書きされたような筆跡。筆跡は、第2話の鹿島芽衣、第7話の牧野誠、第8話の城島健太、そのどれとも異なる。あるいは、そのすべてが混ざり合ったような文字である)


次は、あなたがS区を通る番です


――――――――――――――――――――


【完】

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