第9話 寿命ながくなりたる人々のこと

人の寿命ながくなりて、

七十、八十と申すをきはじめとして、

なお働き、なお遊び、

なお恋も語ると聞けば、

昔より「人生五十年」と歌ひならした我らには、

いと驚きのほかなし。


白髪まじりの者らが、

新たな学びに身を投じ、

見知らぬ技を覚えんとして、

若き者らと肩ならべて机を並べる姿は、

老いを「退くこと」とみなした世からすれば、

かなりの異変なり。


されど、

寿命ばかりのびて、

心の折り合ひつけがたき者も多かるべし。

「第二の人生」「第三のキャリア」など

言葉は華やかなれど、

一度ならず二度までも

「これからどうするか」と問はるるは、

なかなか骨折れたる課題なり。


昔の人は、

若き日々を過ぎて後の

短き余白を、

静かに子や孫に譲らむと心得たればこそ、

あはれと悟りの混じりたる晩年を

書き残したり。


今の世にては、

晩年そのものが長く広くなり、

「老いてなお選び続ける責め」を

多くの者が負ふごとくなりたり。


とはいへ、

病や怪我にて早く命を落とす人の減り、

長く好きなことを続けうる者の増えたるは、

まことに喜ぶべき世の変はりにこそあれ。


ただひとつ、

長けき時間を、

ただ惰性にて流すことなきやう、

各々が自らの「をかし」を

見つけ直す工夫こそ肝要と見ゆ。


長寿の世においては、

若き日の華やぎよりも、

たびたび訪る小さき好奇心こそ、

人を最後まで生かし続ける火種なるべし。

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未来枕草子 — 接続されし夢と、走り出づる世界 — Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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