第8話 消えてゆくお金のかたち

お金のかたち、だんだんと見えざるものになりゆく、いと心もとなし。


昔は、

銭の音、紙幣の手ざわりにて、

「これだけ使ひぬ」「これだけ残りぬ」と

手の中に実感の重さあらしを、

今の世の人々は、

光る板の中の数字ひとつ減り増へするを見て、

憂ひたり喜んだりすると聞く。


店にて物を買ふにも、

財布を開き、

銭の数を確かめることなく、

小さき機械にかざすのみ。

支払ひの瞬間もあまりに簡単に過ぎて、

「高う買ひすぎた」とふと後から気づく嘆きは、

昔にも増して多からん。


また、「ポイント」などいふ見えざる得を

追ひ求めて、

必要とも思はぬ品を買ひ足す人など、

昔、寺社の御利益を過信して

あれもこれもと祈祷札を集めたる者にも似て、

いとをかし、いとあさまし。


それでも、

重き銭袋を盗人に奪はるる心配少なく、

遠き国への送金も一息にかなふと聞けば、

商いや旅の道には、

ありがたきことも多し。


ただ、

あまりに数ばかりを追ひ、

「この月は何ポイント得した」と

日記に記す人々を思ふにつけ、

昔、「何首の歌を詠みたり」と

数にて己が才を誇りたる歌人どもと、

本質さほど違はぬものかと苦笑す。


結局、お金そのものが変はれども、

それに心を振り回される人のありさまは、

千年を経ても大きくは改まり難きものと見ゆ。

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