第4話


 来月、レンタル彼氏の葵を家へ招待するまでの間、私たちはオンラインデートというプランで絆を深めた。

 相手が在籍していれば、チャットでリアルタイムにメッセージを送れるシステムだ。

 葵は私のことをオタクと知らず、SNSは苦手だと思ってるからチャットを優しく教えてくれる。電波を通じてのデートだったとしても幸せの価値は変わらなかった。


 オンラインデートにハマり、私はさらにパズルに沼っていった。チャットがルーティン化して依存しそうだった。

 葵も私のことを少しは気に入ってくれてるのかな。

 日に日に欲張りな気持ちが溢れてくる。ビジネスだけの繋がりなんて思いたくない。屈託のない葵の笑い声を独り占めしたい。

 すでにパズルと葵は私の中で同一人物とみなしていた。疑いようがなかった。




 

 小雨まじりの某日。

 今日は彼氏が我が家に来る日だ。

 緊張しつつ、二階の自室で飼い猫のマフィンを抱いて待つ。

 一三時、レースカーテン越しの窓から葵が到着したのが見えた。約束通りの時間。玄関チャイムが鳴り、ドアの開く音がした。


「こんにちは。初めまして」

 パズルの声だ。

「こんにちは。……萌絵に会いに来てくれたんですね。ありがとう、どうぞ上がってください」

 母親の対応が優しかった。


 リビングに通された葵は結局ソファには座らなかった。

 声も発しない……。

 私は察する。たぶん遺影に気づいて声が出せないくらい驚いてるのだろう。無理もない、葵はの仏壇を見たのだ。


いまだに、お友達が立ち寄ってくれるんですよ。今日はあなたが来てくれて……ありがとうございます。萌絵もきっと喜んでると思います」

 母が鼻をすするような仕草をした。

 葵はリビングの真ん中で立ち尽くしていた。


「あ……あの、一体どういうことですか。萌絵さんが……亡くなったって? いつ……」

 母は少し不思議そうにして葵を見た。

「亡くなったのは一ヶ月ほど前ですよ。知ってて来られたんじゃないんですか。娘は……車にねられたんです」


「そんな、だって萌絵さんは」

 母は話を続ける。

「この子、お友達のプレゼントを買いに出かけていて……その帰りの事故でした」


 リビングに置かれたウェディングドレス姿の親友の写真には、ターコイズブルーのプリザーブドフラワーが写っていた。

「萌絵が事故に遭った時、このお花を庇うようにして倒れていたんです」


「萌絵さん……萌絵さんとは、昨日までメッセージしたりしてました。だから……そんなことありえない」

 震える声の葵がつぶやく。


「そうなんですか。萌絵ったらあなたとも……。亡くなってから私も一度だけ、電話で話をしたの。あの子、もしかして死んだことにまだ気づいてないのかもしれない。姿は見えなくても、この世にはそんな神秘的なことがあるんですね……ごめんなさい」


 母が涙を拭い、葵が黙った。

 その時、マフィンが強く鳴いて私の腕から飛び降りた。抱かれるのに飽きたのだろう。

「猫が……鳴いてる」

 呆然自失の葵の口からやっと出た言葉はそれだった。

 顔を上げ、遠くを見るように母が「マフィン?」と言った。


「もしかして萌絵と一緒にいてくれてるのかしら。二年前に、亡くなった猫です」 


 葵が後ずさりする。

「嘘だ。いやだよ、そんなことって……。ごめんなさい、失礼します」

 リビングから飛び出て、そのまま玄関ドアの閉まる音が響く。

 それは私とパズルとの繋がりが立ち消えた最後の音でもあった。

 後悔がないといえば嘘になる、でも。

 私は自室の扉を開けると、静かにマフィンを廊下へ出した。




「お疲れ様でした」

 リビングへ入って来た私に、のレンタル家族が振り返った。先ほど流した涙はもう跡形もない。

「あれでよかったんですか。彼驚いて、逃げるように帰ってしまいましたけど。……泣いてましたよ」


 私は胸が苦しくなる。

 そしてまたすり寄って来たマフィンを抱き、偽物の仏壇のそばにあったペットカメラの電源を消す。このカメラを通じて二階からリビングの様子を見ていた。

 もちろん私もマフィンも死んでない。先月母親に男友達を連れて来なさいと言われたことで、今日の芝居を思いついたのだ。


 結果、これでよかったんだと思う。

 私はいい加減レンタル彼氏から離れないといけない。

 葵に依存しこじらせる前に、度を越したパズルのガチ恋勢に堕ちてしまう前に、きっぱりと終わらせる決定打がどうしても必要だった。

 こんな関係はやがて終わりが来るものだし、自分の心を守れるのは所詮自分だけだ。

 何よりもまたフラれて傷つくのが怖い。だからこれ以上深入りしてはいけなかった。


 ただ、意外だったのは葵が私に対して涙を流してくれたことだった。彼からしてみればビジネスの関係にすぎないと思っていたのに……。

 ワンチャン、推しの忘れられない女になれた気がする。そう思えただけでかなり報われた。

 元彼のことは、無事モノクロの過去に葬ることが出来そうだ。

 今回の夢のような思い出に鍵をかけて、私もこれから別の世界線で人生を謳歌しようと心に決めた。




 この日から三日間、小泉パズルは配信にもレンタル彼氏のスケジュールからも姿を消していた。

 そして配信に復活した日、彼は気持ちを切り替えて本気でライバーとしての夢を追いかけるとリスナーたちに誓った。いつの間にかレンタル人材サービスからはいなくなっていた。


 ホラゲー配信を一番の売りにして活動するのは今も変わらずだが、世界は自分が思っていたより愛と不思議で満ちていると語るパズル。


「みんな、今まで弱音ばっかり吐いてごめんな。実は最近思うところがあって……すべてにおいて自分の甘さを痛感した。人生ってはかないんだよ。だからせっかくこの世に生まれたからには、果てしない旅が終わるまでお前らを連れて俺は高みを目指す。もう絶対に自分を諦めない」


 パズルがふっと優しい声になる。

「そんな大事なことに気づかせてくれた人がいてさ。だから、その人にもこれからの俺をどっかで見ていてほしいと願ってるんだ。マジで天国でもどこでもいいから……そして、いつかまた会えたらいいな」



 

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正しい彼氏の推し方 片瀬智子 @merci-tiara

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