第3話
本日、一番のミッションは真美に喜んでもらえるプレゼントを探すことだ。
私は薔薇のプリザーブドフラワー・アレンジメントを予定していた。こちらのショッピングモールには素敵なお花屋さんが入ってる。
一旦、例の彼氏とカフェデートをしてから一階の花屋へ行く。品物がすぐに決まれば、そのまま現地解散でいい。
表面上だけでも
「萌絵さんですか。はじめまして、杉丘葵です。今日はよろしくお願いします」
真面目に生きてると、三次元ではたまに思ってもみない幸運が起こると知った。
今回はそのいい例。
葵くんから着信が入って通話が始まるまで私は正常だった。
到着したとの知らせでふと、パズルに声が似てるなとは感じた。でもそれは私が沼に住むパズルオタクだからで、時々空耳が聞こえるのは仕方がない。
まさか、普通に考えてVチューバーの
レンタル彼氏は、画像で見るより色白で細身だった。
正直、顔はその時ふっ飛んだ。
いや違う、写真の通り爽やかな笑顔が眩しかった。真新しいシャツにバケハを被っていた。ちゃんと覚えてる。
しかし、それよりも何よりもその声に私は驚愕したのだ。
あなたも想像してほしい。
まったく知らない人間から、毎日配信で聴いてる間違いようのない麗しい声が発せられたときの驚き……いや恐怖を。ほんとに怖かった。思わず時間が止まる。
顔の知らない声優さんが人気キャラクターの声を出した時の違和感と衝撃に少し似ていた。
「どうかしましたか?」
パズルとそっくりな声が私を盲目にさせる。
「は♡」
発音を間違えた。
「いえ、何でもないです……はじめまして。萌絵といいます。よろしくお願いします」
前髪をなで付け、早口気味に私は言った。
私の趣味は、葵くんと一緒で『音楽鑑賞』とプロフィールに書いていた。
共通点があるところも彼をレンタルした理由のひとつ。ちなみにVチューバーのオタクとは一文字も書いていない。SNSはしてませんとまで書いた。
初見で自分のことをオタクと暴露するのはさすがにないと思ったのと、音楽好きなのは間違いないからだ。ただとても偏っていて、パズルが歌うカバー曲が大好きなだけ。
「萌絵さんはいつもどんな曲聴くんですか?」
「あ、えーと……アレです、KPOPとかですかね」
目の前でコーヒーを飲んでいる彼は、本当に私の推しなのだろうか。
親し気なテンションで私だけを笑わせてくれるパズル、いや葵くん。どうしよう、本当にパズルの中の人だったら贅沢すぎる。夢すぎる。
テーブルの下、私は震える指で推しのSNSを開く。今夜の予定は一九時からのメンバー限定雑談配信だった。
「萌絵さん、そろそろ買い物に行かなくて大丈夫? 一時間経ったけど」
「え、いつの間に? じゃあ行きましょうか」
ただ
私がお会計をしてカフェを出る。そういうシステム。
彼氏は手持ち無沙汰な感じで立っていた。
真美が気に入りそうなプリザーブドフラワーのギフトはすぐに見つかった。
華やかな真美の雰囲気にも似た素敵なデザインで、悩んだのは色だ。
花に特殊な染料で色付けするため自然にはない様々な色を楽しめる。幸福な女らしいピンクにしようか、それとも真美の好きな明るいオレンジがいいかな。
「親友の結婚プレゼントなんだけど、葵くんは何色がいいと思う?」
私の浮かれた問いに葵は素直に悩んでくれる。
「……僕は、これが好き」
葵が選んだのは鮮やかなターコイズブルー。
私は思わずつばを飲み込む。それは小泉パズルのライバーカラーだった。
購入したアレンジメントには手書きのメッセージカードも添えた。
そこでタイムリミットになった私たちは名残惜しく帰路につく。私の中では次回のレンタル希望にそわそわしていた。
無理もないでしょ。自分の推しかもしれない相手と合法的にふたりで会えるのだ。レンタル料はかかったとしても気持ち的には実質無料。なんならお釣りがだいぶくる。
胸にフラワーギフトを大事に抱える。
この時、心ここにあらずな私は信号を見誤ったのかもしれない。
大きなクラクションの音でとっさに振り返ると、目の前には赤い車のボンネットと運転手の驚いた顔があった。
「……すみません!」
あっぶな! 転ばなくて本当によかった。せっかくのお花がつぶれてしまうところだ。
頭を下げて、急いで片側の歩道へ避けてギフトを確認する。走り去る車を視界の端で見送った。
ここは事故の多い場所なのかもしれない。電信柱の下に枯れた花束がひとつ置かれているのを見て内心ぞっとした。
*
今夜のパズルの雑談配信は、今までで一番興奮した。
もちろんメン限ということで個人的な話もあるかと若干の期待はしていた。
だけどこんな想像以上なことってある? パズルの雑談は、最近経験した単発バイトの話だったのだ。
接客業はお客様を笑顔にする仕事、普段のライバー生活にはない刺激などを、面白おかしく身バレしない程度に喋っていた。
その中でもショッピングモールに久しぶりに行った話、プリザーブドフラワーの存在を初めて知った話はアツかった。
配信が終わって、歓喜の名残をまとったまま私はスマホを持ってリビングへと向かう。
母が残業で遅くなったと外から電話を掛けてきた。どうやら、私のご機嫌な声に早速気付いたようだ。
「萌絵、彼と……別れたにしては声が楽しそうじゃない。ちょっと安心した。真美ちゃんが結婚するって聞いて、あんたが落ち込んでるんじゃないかと思ってお母さん心配してたのよ」
私は突然現実に引き戻される。
黙る以外できない。
「ねえ、いい話があるの。『お見合い』の話をちょうど伯母さんが昨日持ってきたのよ。断る理由なんてないわよね、行ってみない?」
「は? お見合いとかやめて。しないしない」
ただ今回は母も引き下がらなかった。
電話越しに一度やってみなさいと食い下がる。母の頑固さを知ってる身としてはこの圧が面倒くさくなる。
「今、私気になってる人がいるの」
先ほどの激アツ雑談の流れで思わず口走ってしまった。
母の興味は、その一言で私が発した別の人にすり替わる。
恋人未満でもいいから一度会わせろというのだ。私の男を見る目が信用できないらしい。確かにそれはそう。
いつもなら
一ヶ月後という母の提案に、私はしぶしぶ了承した。
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