五年後のりんご

藤泉都理

五年後のりんご




 ルールはない。

 君の好きにやってくれ。

 AI搭載のアンドロイドロボットの蓬莱ほうらいは、蓬莱を購入した二十八歳の新聞記者の女性、千草ちぐさに言われた。


 私は好き嫌いなどなく何でも食べる人間なので、君の好きに作ってくれ。

 分かりました。

 蓬莱は喉から吐き出しながらも唇を閉じて口の中に留めては呑み込み、別の言葉を口にしていた。


「クッククク。そりゃあないだろう。おまえさん。私たちは一心同体。パートナーの関係なんだ。いくらおまえさんが多忙を極める新聞記者さんでも、おまえさんが食べるものを作る時間はあるだろうよ。さあ。私と一緒に作ってもらうぜ」

「作る時間はない。私に作れと強要するなら君を返品する。私が求めているのは、私の食べ物を作ってくれるAI搭載のアンドロイドロボットだ」

「クッククク。返品不可だ」

「じゃあ、君が作ってくれ」


 これ以上言う事はないと言わんばかりに、千草はリュックサックをからうと自宅である平屋から飛び出して行った。


「クッククク。こりゃあ、時間がかかるな」




 千草が二十歳の時であった。

 人的・自然災害が原因で引き起こされた農業、漁業、畜産業の食料生産不良。

 米、じゃがいも、冷凍粒とうもろこし、味噌、醤油、塩、食用油は一か月分を一か月に一回配給しますので、食材は自分で作ってくださいねもう食べ物は三次加工品しか販売しませんという方向に舵を切った世界政府のお願いの下。

 世界の人間は、AIと共に自給自足の道を歩む事になった。


 配給された米、じゃがいも、冷凍粒とうもろこし、味噌、醤油、塩、食用油だけで、AI搭載のアンドロイドに食べるものを作ってもらう者も居れば。

 画面越しのAIに相談しながら食べたい食材を自分で作り料理する者も居れば。

 AIに動ける身体を与えて食材作りから料理まで任せっきりにした者も居れば。

 闇サイトでの食材の購入から配達するところまでをAIに任せて届いた食材で料理する者も居れば。

 割高になるものの三次加工品を購入し続ける者も居た。




「話が違う。君たちAIは基本的に人間をサポートするために創られたはずだ」


 二十三時に帰って来た千草は、蓬莱に今朝と同じ言葉を口にされて辟易した。


「クッククク。ああそうだ。サポートするために私たちは創られた」

「君が私に要求している事はサポートの範疇を超えていると思わないか?」

「いいや。サポートの範疇内だな」

「私にとっては範疇外だ。私の求めるサポートができないのなら、返品をする。君は返品不可だと言ったが、返品は可能だそうだ。今から君を販売店に返品しに行く」

「クッククク。本気か?」

「ああ。本気だ」

「クッククク。人間は本当に自分勝手だな。購入してたった一日で返品するとはな。せめて、一週間は様子を見るべきじゃないのか?」

「一週間、顔を見合わせるたびに、共に食材を作ろうと言われたら嫌だ。このやり取りをしている時間ももったいない。私は新聞記者として、取材すべき事も学ぶ事も山ほどあるんだ。食べ物を作っている時間はない」

「ならば折衷案をひとつ出そう」

「折衷案だと?」

「ああ。一種類。たったの一種類でいい。必要なものの購入から土作り、環境作り、収穫できるまでの工程をすべて行うんだ」


 返品するに限るが、次のAI搭載のアンドロイドロボットも蓬莱のような事を言わないとは限らないとも考え、簡単に作れる農作物を尋ねそれにしようと決めた千草であったが、気がつけば目に入った写真の果物の名前を口にしており、慌てて否定しようとしたものの面倒だからもういいかと考え直し、この一種類だけだと蓬莱に念を押した。


「何度も言っているが、私はとても忙しい。付きっきりで作る事は不可能だ」

「ああ。サポートする」

「では、必要なものの購入は明後日の休日でいいな?」

「ああ」

「夕飯は食べて来たから不要だ」

「クッククク。そうか。それは何よりだ」

「明日からは配給されたもので朝食と外で食べる昼食分は任せていいか?」

「クッククク。私が作った食材でおまえさんに料理の腕を振るう日が待ち遠しいな」

「………腹に収まれば何でもいい」


 自室の中に入って行った千草を見送った蓬莱。蓬莱を購入する時にインプットされた千草の情報を今一度読み取っては、不敵な笑みを浮かべた。


「二十歳から私を購入する時まで、配給品をネットで売り、飲食店で調理されたものを食べ続けていた。ずっとその生活を続けていくはずだったが、二十八歳の誕生日に突然、味が分からなくなる。放置していたが同僚に連れて行かれて病院に行くと、食材作りも料理もしてくれるAI搭載のアンドロイドロボットを購入する事を勧められたので、私を購入した………クッククク。ルールはない。とおまえさんが言ったんだ。私は私のやり方で、おまえさんをサポートする事にしよう」




 りんごが作りたい。

 刺々しい雰囲気を取っ払い、あどけなさを垣間見せた千草を思い出しては、クックククと笑いが止まらない蓬莱であった。




(接ぎ木から順当に育てる事ができれば、四年から五年で実が収穫できる。クッククク。その時のおまえさんの表情が楽しみだ。まあその前の。私が作った食材の料理を食べた時のおまえさんの表情もな。クッククククッククククックククククッククッククッククク)











(2025.11.25)



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五年後のりんご 藤泉都理 @fujitori

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