第4話

 初日は高飛び込みのようにいつの間にか終わっていた。正午に解散となり、帰る者や残る者にわかれる。


 僕は粟野中学校の同級生に星野さんの行方を聞こうと思っていたが、教室に知っている者が誰一人いなかったので別のクラスに行って聞こうとするも、友達でもなければ大して顔見知りですらない相手。話しかけるのは勇気が必要だった。


「なーにしているのっ?」

「どわっ!」


 背後から耳に風を感じ、そのまま距離を取るようにバックステップを踏んで、背後にいた者の顔を見る。


「か、香奈さん、背後から幽霊みたいに話しかけてこないでよ」

「だって、神村くんの反応が一番、面白いんだもん」


 キキキっと小悪魔みたいな笑い方は、おそらく作っている。わざわざ後を追いかけてきたのだろうか。隣の席だからって、そこまで初日からする?


「それで、神村くんはなにしているの? 友達探し?」

「い、いやぁ、別に大したことでは……」


 ――告白した人がどこの高校に進学したのか聞こうとしていたなんて、初対面の人に言えない。


「私、部活に入った覚えがないから、おすすめとか聞きたいんだけど。クラスの女子曰く、弓道部が穴場らしい」


 香奈さんのコミュ力に少々押され気味になる。男子が女子におすすめできる部活など、知る由もないから何を言えばいいか考えた。


「えっと……、敦賀高校の部活で、柔道部と剣道部、吹奏楽部、テニス部はブラックだって聞くよ。でも、たぶん辛くない部活はない。いい大学を目指す人や高校生活を楽しみたい者は部活にそもそも入らないから……。香奈さんが入りたいと思った部活に入るのが一番だよ」

「なるほど、なるほど、じゃあ、神村くんはなに部に入るの?」

「まだ、決めてないかな。中学のころは柔道部だったんだけど、ここで続けられるかわからないから……」


 香奈さんは「ふーん」と鼻で返事し、何とも言えない顔になる。なにを考えているのかわからない顔。それがどこか、星野さんと似ているような気がする。そんな訳ないのに……。


「何部に入るのか決まったら教えて」

「え……、う、うん、わかった」


 なぜ、僕が入る部活を香奈さんに教えなければならないのだろうか。別に気にしないでもよくない? でも、初対面の男子に気さくに話しかけてくれるだけで、彼女の優しさが伺える。

 教室で配られた体験入部届にとりあえず柔道部と書き、柔道部の顧問である西山先生のところに見せに行く。部活を体験して、無理だと思えば入らなければ良い。そう思っていたのだけれど……、


「うちの部活は他の部活よりだいぶ厳しいぞ。途中で退部するくらいなら、最初から入らない方がいい」


 まるで、最初からお前なんていらないと言われているような気がした。

 僕が小さいからだろうか、確かに体験して無理だと思ったらやめようとしていたけれど、初っ端から距離を感じ、持っていた体験入部届が出せなかった。

 バレー部やバスケ部が体育館で部活している中、僕は逃げるように西山先生のもとを後にする。告白して振られた時より、涙が出そうになった。


 次の日から本格的に高校生活が始まった。もう、教師になる以外に食べられない給食を恋しく思いながらも、手作りの弁同を持って登校。

 挨拶だけはしっかりとこなしておく。父の仕事をたまに手伝う時があり、極悪人のような顔の人達に挨拶しているからか、同級生に怖気づくことなくおはようと言えた。


「おはよう、神村くん。今日は身体測定と体力テストがあるよねー」


 香奈さんは出会って二日目の間柄とは思えないほど、ナチュラルに話しかけてくる。


「そうだね……、身長が伸びているといいんだけれど」


 今日は体育があり、身体測定と並行して体力テストも行われる予定だと、担任件体育教師の西山先生がいっていた。それがどうしたのだろうか。


「神村くんって本当に男の子?」

「どこからどう見ても、そうだと思うけど」

「じゃあ、私たちと勝負しようよ」


 香奈さんの顔はにやりと笑った。悪戯好きの子供の顔。まさか、二日目から勝負を仕掛けられるとは一切思っておらず、言葉に詰まる。


「体力テストでクラス全員の女子の数値より一つでも負けていたら、全員にジュースを奢る。もし、全員に勝てたら、全員の連絡先を教えてあげる。どう、面白いでしょ」

「お、面白いっていうか、なんというか、そんなこと、勝手にしていいの?」

「大丈夫、皆、了承済み!」


 グッジョブのグーサインを晴れやかな笑顔で見せてくる。ただ、一七人いる女子全員に勝つのは少々難しい。持久走は距離が違うため却下され、残りの七種目で勝負しなければならない。

 男として女子に負けるのは避けたいところ。そもそも、勝負する必要性がない。まあ、連絡先が得られるのは、良いことなのかもしれないけれど、多すぎて無駄になる気がする。


「あれあれー、やっぱり、神村くんは可愛い女の子なのかな? 女の子に負けるのが怖くて勝負できない玉無しなのかな?」

「むぅ、僕は男だよ。勝負せずに逃げるなんて、男とは言えない」

「じゃあ、勝負するってことだね。なにを買ってもらおうかなー」


 香奈さんはすでに勝つ気満々だった。もしかすると、凄い運動神経がいいのかも。部活に入ったことがないと言っていたから、何か別の習い事をこなしていたりして……。他の女子も運動部だった者がいれば、僕よりいい結果を出せる者がいるかもしれない。


 ――ほ、本気で頑張らないと女子に負けた男って噂が広がってしまうかも。


 体育まで、他の授業を受ける。スクリーンの映像を使う先生や板書だけで説明してくる先生など、さまざま。教師ガチャなんていう言葉もあるくらい、先生の実力は生徒の成績に関係してくるらしい。

 香奈さんの視線は黒板に向っているが、物凄く退屈そうだった。その横顔が星野さんと被る。彼女も、よくそんな顔で本を見つめていた。

 授業を楽しめる生徒の方が少ない。どうやって楽しめばいいのか、僕もわからない。でも、つまらなそうな顔の彼女を見ると手をさし伸ばしたくなってしまう。別に、体に障りたいという意味ではないよ。


「香奈さん、この問題、先に解けるか勝負しようよ」

「ただ勝負してもつまらないし、購買で何か買ってくるってのでどう」


 僕の挑戦を聞くと、さっきまで真顔だった彼女の顔が生き生きとしはじめた。授業で解説された範囲の問題をすぐに解く。タッチの差で勝った。だが一問、間違っていた。彼女は全問正解しており、にやにやとした顔を向けてくる。


「詰めが甘いねー、神村くん。それじゃあ、ぺらっぺらの餃子と一緒だよ」

「ぐぬぬ……、負けました」

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中学の卒業式に告白した人が高校で隣の席だったら コヨコヨ @koyokoyo4ikeda

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