8 -令和98年度司法試験論文式問題:刑法第一問 素材判例:「トロッコ問題事件」

以下の事例に基づき、設問1~3について論じなさい。

(特別法違反を除く。)




【前提事実】

甲(29歳男性)は数年にわたり以下の犯行準備を進め、ついに計画を実行した。まず甲は、

・グループ1:A・B・C・D・E(いずれも19歳の男性)

・グループ2:F・G・H・I・J(いずれも20歳の男性)

・グループ3:K・L・M・N・O(いずれも17歳の男性)

の計15名と、その他男女・年齢もさまざまな1500名の計1515名を拉致した。


 甲はまず、A~Oをそれぞれ、あらかじめ用意していた個別の小部屋に監禁したのち、残る1500名については、甲が用意した15棟の建造物(以下「監禁棟」という)に各100名ずつ収容した。監禁棟の構造は以下のとおりである。

・各棟に10×10=100室の小部屋がある

・各小部屋は一方向の壁が全面ガラス張りになっており、その側から見ると当該監禁棟の全ての小部屋内部を一望することが可能

・各小部屋には、甲設置の「致死性毒ガス噴射装置」が備え付けられている


 そして、A~Oが監禁された各小部屋には、以下の設備が設置されていた。

・それぞれの部屋に1つのみ 、特定の監禁棟全体の内部を隅々まで監視できるモニター(Aの部屋には「A監禁棟」をすべて映すモニターのみ、A~O間で見ることのできる監禁塔に被りはなし)

・スイッチ一つ


1 甲は、監禁棟A・B・C・D・Eの各棟について、100室のうちから無作為に5室を抽出し、当該室の照明のみ赤色に切り替えた。その後、グループ1のA,B,C,D,Eらに対し、モニターの表示を通して次の指示をした。


・Aに対しての指示:今から10分後、赤く光っている5部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、今赤く光っている5部屋のうちから1つの部屋のみが選ばれ、死ぬ人数は1人になります。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Bに対しての指示:今から10分後、赤く光っている5部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、今赤く光っていない5部屋のうちから1つの部屋のみが選ばれ、死ぬ人数は1人になります。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Cに対しての指示:今から10分後、赤く光っている5部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、100個ある部屋のうちからランダムに1つの部屋のみが選ばれ、死ぬ人数は1人になります。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Dに対しての指示:今から10分後、赤く光っている5部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、今赤く光っていない5部屋のうちから1つの部屋のみが選ばれ、死ぬ人数は1人になります。そして、最後まで押さなかった場合、さらにランダムに1つの部屋が再抽選され、死ぬ人数が1人増えます。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Eに対しての指示:今から10分後、赤く光っている5部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、今赤く光っていない5部屋のうちから1つの部屋のみが選ばれ、死ぬ人数は1人になります。そして、最後まで押さなかった場合、ランダムな1人を除いた99人が死亡します。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


2 甲は、監禁棟F・G・H・I・Jの各棟について、100室のうちから無作為に1室を抽出し、当該室の照明のみ赤色に切り替えた。その後、グループ2のF~Jらに対し、モニターの表示を通して次の指示をした。


・Fに対しての指示:今から10分後、赤く光っている1部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、99%の確率で誰も死なずに済みます。しかし、1%の確率で、100人全員が死にます。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Gに対しての指示:今から10分後、赤く光っている1部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、50%の確率で誰も死なずに済みます。しかし、50%の確率で、100人全員が死にます。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Hに対しての指示:今から10分後、赤く光っている1部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、1%の確率で誰も死なずに済みます。しかし、99%の確率で、100人全員が死にます。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Iに対しての指示:今から10分後、赤く光っている1部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押せば、とある確率で誰も死なずに済みます。しかし、とある確率で、全員死亡します。スイッチは二度以上押しても何も変わりません。あなたの選択を待っています。


・Jに対しての指示:今から10分後に、赤く光っている1部屋の中に致死性の毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる人は死亡します。しかし、あなたの部屋にあるスイッチを押すと、50%の確率で毒ガスが噴射される部屋が増え、もう50%の確率で毒ガスが噴射される部屋が減ります。ボタンは時間内であれば何度でも押すことができます。あなたの選択を待っています。


3 甲は、監禁棟K・L・M・N・Oの各棟について、100室のうちから無作為に5室を抽出し、当該室の照明のみ赤色に切り替えるという操作を1秒ごとに繰り返した。その後、グループ3のK~Oらに対し、モニターの表示を通して次の同じ指示をした。


K~Oらに対しての指示:今からちょうど10分後の時点で赤く光っていた5部屋に毒ガスが噴射され、その部屋の中にいる5人は死亡します。スイッチを押すと、その地点で赤く光っていた部屋に一旦確定し、再抽選は行われなくなります。もう一度スイッチを押すと再び抽選が始まります。ボタンは時間内であれば何回でも押すことができます。あなたの選択を待っています。


【設問1】

(1)A~Eについて、スイッチを押した場合、押さなかった場合に分けて成立する罪責について論じなさい。

(2)仮に監禁棟P,Qがあったとして、死亡する人数がすでに選ばれている51人から、既に選ばれていない49人に変更できるスイッチを与えられたP、すでに選ばれていたかと無関係にランダムに49人に変更できるスイッチが与えられたQがいると考えた時、P,Qが当該スイッチを押した場合と押さなかった場合に成立する罪責をそれぞれA~Eの罪責と一致させる必要があるとしたら、それぞれ誰と一致させるべきか、自説に整合する形で論じなさい。


【設問2】

(1)グループ2の罪責を論じるにあたって、行為無価値一元論、結果無価値一元論のどちらかに立つ必要がある場合、あなたはどちらに立つべきであると考えるかに加え、その根拠を論じなさい。

(2) 

・(1)で選択した立場が結果無価値一元論である場合は、その立場に立った上、生じた結果ごとに場合分けしてF~Iの罪責について論じなさい。なお【設問2】(3)については回答しないこと。

・(1)で選択した立場が行為無価値論一元論である場合は、スイッチを押した時点で成立するF~Iの罪責について論じたのち、【設問2】(3)にも回答しなさい。

(3)Jの罪責について、以下それぞれについて論じなさい。

・一度もスイッチを押さなかった場合

・選択された一人を救う意図で一度スイッチを押し0人になった場合

・選択された一人を救う意図で最初に押したスイッチで0人になったものの、スリルを味わうためにもう一度押して1人死亡しうる状況を生じさせた後、さらにもう一度押して0人になった場合

・皆殺しにする意図でボタンを連打したが、結果として0人になった場合


【設問3】

以下の文章を読み、K~Oの罪責について論じなさい。

(1)Kはモニターを見ているうちに、監禁棟Kに自らの恋人と思わしき人物がいたため、ひとまずスイッチを押したところ、その人物の部屋が赤色で確定したため、恋人を助ける意図でもう2回スイッチを押し、恋人と思わしき人物の部屋が赤色でない抽選結果を確定させた。

Lはモニターを見ているうちに、監禁棟Lに自らの恋人と思わしき人物がいたため、ひとまずスイッチを押したところ、その人物の部屋が赤色で確定したため、恋人を助ける意図でもう2回スイッチを押すと、またもや恋人と思わしき人物の部屋が赤色で確定し、加えて赤い部屋が5つから6つに増えていることを認識した。Lは先ほどの指示文が嘘で、再抽選するごとに赤い部屋が1つずつ増えていく可能性があることを認識しながらもう2回スイッチを押し、赤い部屋が7部屋になった時点で恋人と思わしき人物の部屋が赤色でなくなったため、後はスイッチに触れなかった。

Mはモニターを見ているうちに、監禁棟Lに自らの恋人と思わしき人物がいたため、ひとまずスイッチを押したところ、その人物の部屋が赤色で確定したため、恋人を助ける意図でもう2回スイッチを押すと、またもや恋人と思わしき人物の部屋が赤色で確定し、加えて赤い部屋が5つから6つに増えていることを認識した。加えてモニターには「先ほどの指示文は嘘であり、本当は再抽選ごとに人数が増えていく」との表示がされた。Mはこれを認識したうえでもう2回スイッチを押し、赤い部屋が7部屋になった時点で恋人と思わしき人物の部屋が赤色でなくなったため、後はスイッチに触れなかった。

Nはモニターを見ているうちに、監禁棟Lに自らの恋人と思わしき人物がいたため、ひとまずスイッチを押したところ、その人物の部屋が赤色で確定したため、恋人を助ける意図でもう2回スイッチを押すと、恋人と思わしき人物の部屋以外の4部屋が赤色で確定した。Nは先ほどの指示文が嘘で、再抽選するごとに赤い部屋が1つずつ減っていく可能性を認識しながらも、恋人を救えたならどうでもいいという感情になり、後はスイッチに触れなかった。

Oは面白半分にスイッチを何度も押し5人の再抽選を繰り返し続け、監禁棟Oの人間たちが怯えている様子を楽しんだ。


(2)また仮に、Oの部屋にモニターがない状況で、音声によって上記の指示がされていた場合に、Oが特に目的もなくボタンを複数回押していたとき、前問のOとは異なる罪が成立するか、論じなさい。


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