第30話 井戸端会議(2)

 えええー?! 最高潮に盛り上がったところで園長先生が門の前に来た。三人で頭を下げて門を離れ、それぞれの自転車のスタンドを上げるガシャンガシャンという音が響く。

「公園公園!」

 というわけで、園から目と鼻の先にある公園へ三人で向かった。以前はコンビニのイートインスペースを使って話していたのだが、あまりにも盛り上がってしまい店員さんにやんわり注意されてしまったので公園に変えざるを得なかった。ベンチに一人、散歩の休憩中を漂わせた老婦人が座っている。寒くないのだろうか。帰ってから休めばいいのにと、おせっかいなことを考えてしまう。

「で?」

「誰が犯人?」

 犯人て。手紙の母親のウキウキ具合にあははと笑いが起こる。入口からすこし進んだところで自転車を止め、そのまま立ち話を始めると、めがねの母親が口を開いた。

「私はママ友から聞いたよ。ママ友は聖斗君のお母さんから聞いたって言ってた」

 聖斗君のお母さん。もしや、あの「聖斗君のお母さん」だろうか。

「聖斗君は年少で今通ってるやんな?」

「うんうん。就労認定もらってるから私たちより早い時間に子ども預けてるはず」

 そういうことかあと、手紙の母親は納得したように答えたので、私も口を開いた。

「いろんなお母さんとトラブル起こしてるやんな、あの人」

「うんうん」「えっそうなん」「えー知らんの。有名やで」「そうなんや」「別の園で保育士やってて、うちの園の先生も何人か知り合いやった気がする」「よう知ってんな」「せやろ」

「参観でちらっと見たけど、顔はかわいかったけど性格の悪さも顔に出てたなあ」

 手紙の母親の的確な表現に虚を突かれる。意外に鋭い観察眼を持っている人だと気づいた。

「葵君のお母さんってどのへんに住んでるん?」

 そう聞かれて口ごもってしまった。正直に答える。

「私もよく知らんけど、あの薬局の近くの一戸建てって聞いた。同じような外観の家がいくつか集まってるんやって」

「聖斗君のお母さんも確かそのへんに住んでたんちゃうかな」

 めがねの母親が「あ!」と叫んだ。

「何年か前に工場が潰れて、沼みたいになってたところちゃう? あそこ家が建ったんや。ほら、〇〇くんちに遊びに行ったとき!」

 手紙の母親が思いだそうとしている。話についていけない私は相槌に徹することにした。

「あーあったな。不動産の幟が立ってたかも」

「十区画やっけ? あそこもう家建ってるんや。時間が経つの早すぎる」

「ほんまにな」

「そっかあ」

「でもなんで悪口言われたんやろう。めっちゃ良い人そうやのに」

 手紙の母親の言葉にうんうんと頷く。

「なんかあったんやろうなあ。濡れ衣?」

「やと思う。悪い人じゃないで」

「今度一緒に遊ぶとき誘ってくれへん?」

 うんと答えようとして迷ってしまった。実は咲良がうるさいので、葵君のお母さんとは今週の土曜に久しぶりに遊ぶ約束をしていたのだが、この雰囲気のまま会えば、聖斗君のお母さんの悪口大会になるのは間違いないだろう。私たちはストレスが発散できるので歓迎ではあるが、葵君のお母さんはどうだろう。ただ、土曜日のことを彼女に伏せたままにしても、当日この二人と公園でばったり会う可能性も大いにあった。あーもう面倒臭い。

「あんまり詳しいことは聞いてないけど、葵君のお母さんって昔から色々あったみたいで、友達は極力作らんようにしてるみたいやねん」

「確かに。参観のときに見かけたけど「あおいくんのおかあさーん」ってめっちゃ子どもが寄ってきてたのに、その子たちの親は近寄らんかったなあ。特にひなたちゃんが嬉しそうにしてた気がする」

「ひなたちゃんって葵君のこと好きらしいな」「そうなん。それでか。葵君のファン多すぎるやろ」「なんかな、優しいらしいで」「へえ」

「公園でもよく子どもたちと遊んでるよ。大人と話すより子どもたちと一緒にいるのが好きなんやろうな」

 保育士に向いているのではと思ったが、ほめ過ぎだと思ったので口をつぐむ。

 五、六人のお母さんに声をかけてみようか。そうすればいくつかのグループに分かれるだろうし、悪口の内容があまりにも辛辣になれば、私ができるだけフォローをして様子を見ればなんとかなるかもしれない。さらにうまくいけば「あおいくんのおかあさん遊ぼう」と子どもたちが誘ってくれる可能性もある。目の前の二人を誘わないという選択肢はないと判断した。

「今度の土曜空いてる?」

 雨降ってくれ頼むから。

「空いてるよ」「うちも」「じゃあいつもの公園で遊ぼう。約束してるから」

 雨降ってくれ頼むから。

「──ちゃんのお母さんと、〇〇君のお母さんも誘っていい?」

 交友関係を思いだしながら確認する。

「じゃあうちも〇〇ちゃんのお母さんに声かけようかな」

「おやつ持っていくわ」「ほんまや。寒いからチョコも溶けへんし。うちはキットでカットのやつ持って行くわ」「抹茶のやつ出てたな」「うち抹茶あんまりやねんなあ」「えーおいしいのに」「春はいちご味が出るもんな。あれ楽しみ」「私いちごあんまりやねんな」「うそやんおいしいのに」

 強い風が吹き、三人できゃーと叫ぶ。帰ろ帰ろ。あたし洗濯物途中やわ、うち洗い物してないわと、くだらないが重要なことを言いながら自転車のスタンドを上げる。老婦人がベンチから立ち上がるのが目の端に映った。

「じゃあねー。また明日」

「もしよかったら何人か誘ってほしいなあ」

「わかったー」

 同じ方向に帰っていく二人に背を向け、ペダルに体重を乗せる。いつの間にか心が軽くなっているのを感じる。井戸端会議のない人生なんて考えられなかった。葵君のお母さんはこれが無くても生きていけるのだなと尊敬の念を持つ。私には絶対に無理だ。

 あめあめふれふれ母さんが……。鼻歌を歌いながらペダルをこぐ。手をつないで歩く親子とすれ違う直前に砂場セットを持っているのが見えた。あの子も何年か経てば同じ園に通うのかもしれない。咲良も少し前まではあんな感じだったのに。

『お父さん、結婚って何歳からできるん?』

『百歳』

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