第29話 井戸端会議

 二十年前


 一月 咲良ちゃんのお母さんから久しぶりに公園へ誘ってもらえたので、土曜日に葵と一緒に遊んだ。ほかのお母さんたちも複数誘っていたらしく、何人かのお母さんから聖斗君のお母さんについて矢継ぎ早に質問されてしまった。どうしてそんなことを聞かれるのかと混乱したが、私以外にも何人かのお母さんがトラブルを抱えていると知り驚いた。私だけじゃないと知って正直ほっとしてしまった。公園では子どもたちと久しぶりに鬼ごっこをした。咲良ちゃんのお母さんも途中から一緒に追いかけてくれたので順番に鬼になってみんなを追いかけまわした。嘘もお世辞も言わない子どもたちと遊ぶのは気楽で楽しい。


 他のお母さんと話しているとよくわかる。葵君のお母さんは私の話を丁寧に聞いてくれるんだなあと改めて感じた。弱い風がずっと吹くなかで体温を奪われまいと、気休めに足踏みをしてごまかす。

「咲良ちゃんは最近どうなん?」

「めっっっちゃ腹立つよ。言い訳ばっかり」

「早熟やねー」「咲良ちゃんのところが一番ちゃう?」「いやいやそれほどでも」

 めっちゃにアクセントを置いたが思ったほどの反応はなく肩透かしを食らった気分になる。それでも育児のグチは早めに発散させておかないとどんんどん溜まってしまうので、ママ友と話すのは貴重なリフレッシュになっていた。

 朝八時五十分に園の門が開き、子どもたちがそれぞれの組へ向かって園庭を走っていくの眺める。自分の組へ一直線に走っていく年少組を、うまくかわしながら走る咲良に成長を感じながら見送った。もうすぐ年長か。早いな。

 そのまま門の前でいつもの二人と一緒に井戸端会議をするまでが毎日のルーティンだった。先生たちも九時十分頃までは黙認すると決めているようだった。

『実は私さ、近所のお母さんグループと上手くいってないねん』

 葵君のお母さんの寂しそうな顔がよぎる。

『陰口言われて仲間外れにされたり』

 正直、しくじったと思ってしまった。彼女は私の話をどんな思いで聞いていたのだろう。ほとんどが誰かの噂話で、控えめに言ってほぼ陰口のような話も聞かせていたのではないだろうか。彼女の打ち明け話を聞いてからなんとなく気まずくなり、公園に誘う回数は減ってしまっていた。否定せずに聞いてくれる状態が心地よく、頭ではまずいと理解していてもどんどん歯止めが効かなくなってしまうのだ。どうせ誘わなくても公園へ行けば会えることも多いので、最近は成り行きに任せてしまっていた。

「葵君のお母さんって知ってる?」

「あ、知ってるよ」

 反射で答えてドキッとする。心の中を読まれてしまったようで焦る。

「どんな人?」

「めっちゃ真面目」

 やっぱりそうなんや! という返事に、めがねをかけたもう一人の母親が「何? 何?」と反応する。それがさあ、と前置きして続きを話し始める彼女をただ眺めていた。

「私は会ったことないねんけど、このまえ、うちの子が葵君に「遊びに来てね」ってラブレター渡してん。そしたら返事はお母さんが書いてくれて『遊びに行きたいのでおうちに行ってもいいかおうちのひとに確認してください』って書いてあってびっくりしたわ」

 苦笑いが出る。彼女ならやりかねない文面だった。

「あと『南海ラピートとドクターイエローも持って行ってもいいですか。線路もなければ持って行ってもいいですか』みたいなことも書いてあったわ」

 笑い声と感嘆する声が入り混じる。

「でもさ、葵君のお母さんってなんか、ほかのお母さんの悪口めっちゃ言ってるって聞いたことあるけどなあ」

 めがねの母親が不審そうに口を開くと、手紙の母親がえっと驚いた。その顔が「いいこと聞いた」という風に輝いた気がして何とも言えない気持ちになる。みんな大好きよね。盛り上がるもんね。私も大好きだけど、ここで黙っているわけにはいかない。

「それな、嘘やねんて。葵君のお母さんのこと嫌いなママ友が嘘を言いふらしてるらしいねん」

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