第11話 公園
二十一年前
三月 咲良ちゃんと公園で遊ぶ。滑り台から落ちそうになったが間一髪で間に合った。先月四歳になったのだが、周りの子に比べて幼いような気もする。咲良ちゃんを叱るお母さんを見て、少し厳しすぎるような気がしたが黙っていた。育児に正解はないと自分に言い聞かせる。
咲良ちゃんのお母さんとは昼の一時にいつもの公園で待ち合わせの約束をしている。洗い物をしながら、このままだとぎりぎりになってしまうと焦る。本当は公園へ行く前に掃除機をかけたかったのだが、今日は諦めるしかなさそうだった。
「長い針が十になったら家出るから」
「わかった! 咲良ちゃんと遊ぶん?」
「そうやで」
嬉しそうに片づけを始めた葵を横目におやつとお茶の準備をする。咲良ちゃんのお母さんとは、入園して二週間後に行われた初めての参観で仲良くなってから一緒に遊ぶようになった。
初めて一緒に遊んだときに咲良ちゃんはおやつを持ってきていたのに私たちはおやつの用意はなく、分けてもらっても財布を持っていなかったのでお返しができず申し訳ない気持ちになった。当時は葵と一緒に長時間外出する習慣がなく、おやつは家で食べるものだと思い込んでいた。一年が経ち、年中になった今では公園の付き添いが生活の一部になっている。
大判のタオルハンカチを準備して、玄関の砂場セットも忘れないようにしなくては。トイレも済ませておかないと。
「お母さん、もうすぐ十やで」
「やばい!」
壁の時計を指さして『あれなに?』と聞いてきたのは二か月前のことだった。時計を外して一緒にホコリを拭き、数字を教える。
雪だるまみたいと言った数字の八を一番初めに覚え、八の概念は絵本を一緒に数えて覚えた。そこから順に数を吸収し、『僕の家は三人で生活してるから、布団も三つ』『傘は五本で、一本は壊れてる』など、園生活でも自然に使っていた「いち、に、さん、し」の意味が理解できるようになった。
トイレに入る葵を見送り、窓が閉まっていることを確認して玄関に向かう。お茶、おやつ、タオル、ポケットティッシュをいつものかばんに詰める。一時半だったらもうちょっと余裕があるのにな。手を洗って出てきた葵を褒め、ついでに自分もトイレを済ませて急いで外に出る。
四歳になってから、自転車に乗る際はフロントシートをやめて後ろのシートに乗せるようにした。二歳の頃も一度挑戦したが、前が見えにくくなった葵が身体を傾けるようになり、自転車がぐらついて「無理無理無理無理死ぬ!」となって諦めた。
後ろのシートに自力でよじ登る姿を見て、また一つ楽になったと感じるが、いざ出発すると葵が見えなくなったことが予想よりも数倍怖く感じてしまう。前に葵がいないことで突然広がった視界に戸惑い、後ろの様子にも気を配りながらいつも通り安全運転を意識する。
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