東京サブスクリプション

渡貫とゐち

第1話


『あー、あー、聞こえるー? って、あとで編集するんだし、気にしなくていっか――それじゃあ始めるね。島のみんな、元気ー? 私ことミヤ子は元気でやってるよーっ』


 娘から送られてきた動画を、家族どころか島の人間全員で見ている。

 スマホ一台に数十人が寄り集まって。


 ……まるで飴玉に群がるアリのようだった。

 さすがに、隔離されたような島であってもスマホが珍しいわけでもない。普通にある。


 まあ、それでも、通話くらいにしか使っておらず、動画サイトなどは上京した娘に教わってやっと見られるようになったわけだが……。


 島の人間は機械に疎いと言われている。

 だが、必要としていなければ使い方など覚える必要もない。

 島の人間は疎いのではなく、頼っていないだけなのだ。


 娘からすれば、そんな環境に嫌気が差したようだけど……。

 ――世間から隔離されたような島。

 つまり情報が絞られた中で、あの子はどうやって外の世界のことを知ったのだろう。


 ……予測はついている。

 かわいいものだが、違法な手段で情報を持ってくる、頭が回る悪ガキはいつの世代も生まれてくるものだ。


 そそのかされた子供も数知れず……。

 まるで素直な我が子が神隠しにでもあったようだと、親は軒並みそう言うのだった。


「ミヤ子がいるとこが東京なん?」


「そうらしいけど……、うわぁ、こんなに人がいて、酸素が足りなくなったりしないのだろうかねえ……。おっかあは心配よぉ……」


 娘の背後にはたくさんの人が歩いていた。これだけいるのに誰も挨拶を交わさず、淡々と仕事に向かうなり、買い物をするなりしている。

 島の人間からすれば、見えている人は全員家族――という認識なのだから、本当に別世界のようだ。


 船と新幹線を使えば手軽に行けるとは言え、国が違うような文化の差を見た。


『これから東京のことをみんなに教えてあげるね――撮影するけど、そっちに送る時は色々とモザイクを入れておくから、スマホの故障じゃないからね? 知識もないのに分解とかしないこと! 修理するのは島から出ないといけないんだから、大変でしょ?』


 ――スマホがない生活は不便なんだから、と。

 娘は既に、東京に染まってしまっていた……。

 別に、手元にないなら、そういう生活を送るだけだ。

 東京人のようにスマホをいじっていないと落ち着かないほど、依存しているわけではない。


 ……まあ、こっちはこっちで、野草の粉末を吸って、週末は楽しくなっているわけだが……、東京人からすればスマホ依存をいじれる立場ではない、と言うだろう。


 お互い様だ。

 根付いた文化に驚くのはいいが、非難してはダメだろう。

 そういうのは戦争の発端である。


『じゃーんっ、実は東京の――二十三区から中へ入る時には入場料がかかります。最低でも12万円! 高いよね……だけど安いんだよ!』


「娘がおかしくなってしまったわ……、高いのに安いと言い出して……ダメね、早く連れ戻しましょう!!」


「しかし、連れ戻すためにも入場しなければいけないなら、12万を払う必要があるのではないか……? 連れ戻すためだけにその金額は、出せないだろう」


「娘の値段だと思えば安いでしょうが」


 確かに安いが……格安だが。

 それでもはい「ぽん」と出せる金額ではない。


 島暮らしなら特に。

 物々交換の文化があるとお金を使うことがないが……、そうは言っても貯金をしているわけでもなく、大きなお金を動かすことは多いわけで……。


 意外と財布の中はすっからかんである。


 逆さまにすれば小銭は出ないが、住み着いていた虫がこぼれてくることが多々ある。

 共生。

 娘とは共生できなかったが。


『12万円――最低でもね。高いと十倍の金額を払ってる人もいるよ。月に、お金を払って――そう、月々払うことが条件になってるの。でね、渡されたこの「ライセンスカード」が、私が東京で生活するための「証明書」で「チケット」みたいなものなの――見ててね』


 カメラが動いた。

 近くにあった自動販売機に、ライセンスカードをかざし――ピピッ、という音が鳴ってから、押したボタンのドリンクが落ちてきた。

 彼女はお金を払っていなかった。

 ライセンスカードに仮想コインが入っていたのだろうか……あ、入場料の12万円が……。


 しかし、『ぶっぶーっ』と、先読みした娘が指でバッテンを作った。


『お父さんお母さんの頭じゃ理解できないかもね。でも、説明してあげるっ、これはね――あくまでもライセンスカードなの。私は「12万円の会員」だから、受けられるサービスに限りはあるけどね……、東京二十三区内。お店を自由に利用し放題、食べ物だって食べ放題なの!』


 コンビニへ行けば、会計することなく好きな商品を手に取って外へ出ることができる。

 スーパーで自分のカバンに商品を入れて、そのまま出て行ってしまっても構わない。

 万引きGメンが潜んでいるということもなく、なにを持っていったところで、万引きにはならないのだ(一部、会員によっては持ち帰れない商品はあるが、大半は店ごとに差がある。18万円会員の店を、12万円会員は利用できないなど、だ)。


 レジャー施設も、もちろん利用可能だ。フィットネスジムだって使い放題、映画館で映画見放題、本屋の本だって読み放題だ。

 持っていってもいいし、その場で読んでしまっても構わない……、ある程度なら汚してしまっても問題はなかった。


 東京にある、あらゆるサービスが定額で使い放題である……。まだ運用し始めてから日が浅いため、東京二十三区内に留まっているが、今後は市に広がり、他県も範囲となるだろう……いずれは、この島だって……。


 使い放題と言うほど、島になにかあるわけでもないのだが……、いや。

 土地がある。

 土地、使い放題……?

 畑、使い放題とか……?


 さらに言えば、自宅の中、入り放題。

 物、盗み放題なら――治安が悪過ぎる。


 される側が、他人にしてもいいシステムとは言え、いくら使い放題でも自宅まで赤の他人が押し入ってくるのは勘弁してもらいたい。


 東京人は家にこだわりがなく、寝るだけのホテル住まいでもいいという若者も多いが……、ちなみに、娘もそうだった。こだわりのインテリアどころか、必要最低限の家具もない。


 家にキッチンがないのはどういうことだ? 料理は……、自炊は?

 自由に商品を取れるのなら、作る必要がないのだろう。……タイムパフォーマンス重視の生き方だった。二十四時間の隅々までを使いたいと思う若者が集まる町か……。


 東京。いつの間にか、みなが知る大都市は、一歩でも踏み外せば無法地帯――それに近い環境だった。


 もっと高い金を払えば犯罪し放題とか…………さすがに倫理観を失う事態にはならないはず。だと信じたいが……。


 東京はサブスクリプションとなっていた。


 娘のビデオレターは、そのまま東京という町を紹介するプロモーションビデオになっていたが、行く気がまったくそそられない出来だった。

 編集の問題ではなく、演者でも、喋り方や構成に難があったわけではない。外から見れば、東京は異常だった。


 使えば分かる魅力なのだろうけど、プラスよりもマイナスがよく見える。

 編集では隠せないことは、大きな問題だ。

 もしくは、編集する側が気づいていないとか……。

 慣れた『当たり前』にはなかなか気づけないものだ。


「こんなに分かりやすい格差を作ってしまって、どう処理するつもりなのかねえ、東京人のみなさんは――」


 ライセンスカード。

 そこに表記されていたランクこそが、上下を表している。


 今までなあなあにしていたことをはっきりと明示してしまっていた。

 これまでだって、『学歴』でその差を強調してはいたが、それだけが全てではなかったのだ。だから目を瞑っていられた……だが、これは……。


 ……もしも、ランクによって適応される法律が変わったとしたならば?


 絶対に勝てる人間と勝てない人間が出てくる。

 そして、弱い者いじめが絶対になくならないなら、この環境は当然、いじめを誘発する――教室ではなく東京規模で。


 低ランクいじめが始まるだろう。


 もう既に問題となっているかもしれないが……。


「帰ってきなさいよ、ミヤ子……」


『私、たくさん稼いで、月々にもっとたくさん払えるように頑張るからねっ』


 そしたら……そうしたら?

 娘は一体、なにをしようとしているのだろうか。


 いじめられないために……ならまだマシだ……だけど。

 人を踏みつける側に回りたいと思ったのなら、首根っこを掴んで連れ戻そう。


 母が決断した。


「東京、行ってくるわ」

「12万を払うのか?」


「いいえ、土地を売ってお金を用意して――うんと高い金額を払って上から殴ってでも低ランクの娘を連れ帰るわぁ。動画から分かるあんな地獄に置いておけないもの――だって、世界で一番可愛い、心の底から愛した娘なのだから」


 月々払うならきついが、ひと月だけなら。


 こんな田舎者でも、東京人の上澄みに、指をかけることくらいできるだろう??




 ・・・おわり

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