第10話 ふたりはあやちゃんをしなせない─幽霊とクズの生存攻防
目を覚ますと、夕焼けの橙色が部屋に差して時が止まったかのような不気味な影を作り出していた。
……生きてたか、
失望したようにそう思う。
痛む身体で這いつくばりながら居間に入り、座椅子に座ってボーっと窓の外を見た。
日の落ちる速さを見ればリンチされてからかなりの時間が経ってるのが分かる。私は吸い寄せられるように身体を引きずって窓に手をかけた。
窓のロックを外して、足をサッシにかける。
下を見下ろす。
思いのほか高い位置に自分の部屋があることがわかった。
「…………もう…いっかなぁ……」
─死のう。
そう思った。
私も酷い死に方をしなければ、と。
報いを受けなければ。
ごめん、和子さん。
私のせいで殺されて、
──“殺してしまって”ごめんなさい。
………でもね、
末代なんて言わないで。
私もすぐにそっちに行く。
天国なんて行かないで、
──ちゃんと地獄に行くからさ。
「………見ててね」
窓に足をかけて身を乗り出そうとした。
その時、
───“バチンッッ”
「いっだぁッ!!!」
手首を思い切り窓とサッシの間に挟まれる。ひとりでに閉じた窓は明らかに人的力ではないほど強い力で私の手首を挟み込んできた。
咄嗟に力を込めて窓を開けようとするが、挟み潰されるかと思うくらい固くてびくともしない。
ギチギチと骨が軋む音がする。
手首の皮膚が裂けて血が滲む。
“ペチャ…”
“ペチャ……”
粘着質な音にガラスを見た。
そこには“内側”から付いたと思われる子供くらいの小さな血の手形がつく。
それに重なるように細い指をもつ女の血の手形も跡をつけていく。
─その異常さに私はブチギレた。
「やめろよッ!“亡霊”が自殺邪魔してんじゃねぇッ!!」
窓は指に力を込めてサッシを離さない私を止めている。
耳元から女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
子どもが走り回る音が足元まで響いてきてすげぇ五月蝿い!!
「うるせぇッ!どいつもこいつもうるせぇんだよッ!!」
血の跡がじわりじわりと文字を書いていく。
《ヤメロ》《ヤメロ》《ヤメロ》
《ヤメロ》《ヤメロ》《ヤメロ》
「うるせぇッて言ってんだろッ!!離せよッ!痛ぇんだよッ!」
泣きながら怒鳴る。
それでも血文字と窓は止まらない。
「いてぇ…ッ……いてぇんだよ……」
血の手形、
女の泣き叫ぶ声、
子どもが異常に走り回る音、
「………うっ…うあぁ……うぁあ……」
──身体中痛い。
手首から血が滴るほどに出てきて鋭い痛みにその場に崩れ落ちた。
窓を閉める力は私に飛び降りる気力がないと判断したのか、手を離すとひとりでに閉じる。
“──カチャン”
そして、鍵まで閉めた。
「……ひっく…死なせてよぉ……もぉいいでしょお……うぁあ……」
私の幼稚な泣き声が木造の部屋に響く。
それに呼応するように何かが私の鼓膜を震わせる。
女の嗚咽。
子どもが私の“そばを歩く音”。
なんで、死なせてくれないの?
どうして、生かそうとするの?
こいつらが私を止める意味がわからない。家賃払えなくなるから?んなわけ無いか。幽霊に家賃、関係ないもんな。
その時、頭と背中に冷たい感触を感じた。
はっきりとした、指の形。
質感は死人と同じだった。
それでも──それが撫でていると分かった瞬間、私は堰を切ったように泣き叫んだ。
潤んだ視界の端に映る黒い影が人の形になっていく。
黒髪の女と
傷だらけの男の子。
「(……ずっと、見てたんだ)」
突如、鮮明に映り始めたそいつらに、
恐怖よりも先に「助けて」が口から出そうになって痛む手首を押さえて飲み込んだ。
─どの口が、言ってんだよってね。
自嘲する笑い声が部屋に響いた。
あれ以来、視界の端にアイツラが見えるようになった。
監視してる?
あはは、しばらく死ぬつもりはないよ。
─生き地獄ってもんもあるからね。
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