第11話 さんにんがくらすのは─この同棲って《憑依》ってこと?
……車から出たくない。
また今夜も、あの家に帰る。
……“ふたり”が私を待つあの家に…
嫌なことって一回思い出すと引きずるタイプ。
頭の中で古いビデオが延々再生されて、復旧にもロードが必要な低スペック。
「…激務に自己嫌悪とかSAN値減りまくりだっつぅの……」
車から降りて、老人みたいにふらつきながら古い階段を上がっていく。
“ギィ……ギィ……”
経年劣化がモロに出てる階段はどんなに慎重に足を下ろしても金属音を奏でる。
誰が“帰ってきた”のか一発でバレるくらい。
嫌だなぁと思いながらも気付いたら部屋のドアの前に立っていた。
どうせ、立ち止まっても、結局はここに帰らなければならない。
………ここが、私の家だし……。
深呼吸して、息を整える。
疲れてるからじゃない。
“アレ”と向き合うのに気合が必要なだけ。そういう気合いすら、もう0に近いんだけど。
鍵を開けて、ドアノブを回す。
電気をつけるタイミングで声をかけてみた。
“ものは試し”というやつで。
「ただいま」
そして、靴を脱ぎながら視線をあげる。
─その瞬間、息が止まった。
音を聞いて玄関で待ち構えていた“ふたり”が至近距離にいた。
……やっぱり気合い入れようがなんだろうがだめだ。
電気つけてすぐそこにいるお化けはビビる。
私の言葉に顔面崩壊坊やは《ニチャ》と笑って、
黒髪長髪女は《キヒッ》と引き笑いをした。
………恐らく…《おかえり》って言ってる……?
私は引きつる頬で苦笑いして素早く部屋の中に入っていった。
私が自殺を妨害されて何年かは視界の端に映る程度のそれは完璧にコミュニケーションを図ろうとしてくるようになった。
……実際には
・急接近・突然の接触
・添い寝・頭ナデナデ
・バックハグ ets……
そして、時々話しかけてくる。
しかも、唐突に。それも怖い。
普通に殺されるかと思う。
グロいこととか不穏なことはまぁ、耐性があるけど、こういう心霊系は予測不能な分、マジで不気味。踏み外してはいけない脱出ゲームみたいな閉塞感すら感じる。
「疲れたぁ……この場合、『憑かれたぁ』って感じ?……やっべ。マジ頭疲れてる………頼むからほっといてね…」
邪魔されたくないので念の為注意しておく。
私は安物のスーツを脱ぎ散らかして乱暴に足で廊下の端に寄せる。
後ろで奴らが全裸を見てようがどうでもいい。
失うものなど何も無い。
……正直、今かなり限界にきてる。
頭が揺れて、身体が重いし、全身が鉛になったみたい。
なんとかシャワータイムを終えて浴室から出る。
………片付けられている……
脱ぎ散らかしたスーツが綺麗さっぱりなかった。
“また”あの長髪女が片付けてくれたらしい。
……そして、
ご丁寧に下着とスエットが畳まれてカゴの中に置かれていた。
「……毎回さぁ、不自然すぎるんだって……ここまで来ると恐怖が勝つんだよなぁ……」
有り難いんだけど、なんだろうな。
この、生活パターン把握されて先回りされてる感じ……ヤダな………
幽霊に社不認定されてるみたいで。
いそいそと着替えて、居間に行く。
走り回ってた顔面崩壊坊やは私を見て動きを止めると《ニチャ》と笑いかけてきた。
そして、再び部屋の中を駆け回り始める。
時々こっちを盗み見してくるのは、やっぱり自殺の妨害か、監視してるのか。
理由は分からん。
たんに命狙ってるだけかもしれん。
もう一人の長髪黒髪女は静かにちゃぶ台の前に正座していた。
それが一番怖いんだよ。静止すんなよ。
ワニワニパニックみたいなんだよ、お前。
そして、件のスーツは綺麗にハンガーに吊るされてる。
「……いつもすいませんね」
一応と思って一言お礼した瞬間、
《ギュルンッ》と高速でこちらを向いた長髪女は《キヒッ!》とまた引き笑いした。
一連の動作に腰が抜けた。
有り難い。有り難いんだよ?
私、社不だし、生活能力0だしさ。
疲れてるし、すぐゴミ溜めみたいな部屋にするし。
でもさ、
──普通にこれ、“飼育”とか“囲い込み”なんじゃないの?
円滑にコミュニケーション取れないし、
意図も読めない、
でも、良くないことは分かる。
それに、あまりにも“見える”から絵面がホラー超えてグロ&パニック映画なんだよ。
……どうしよう、こいつら…
無視?
いや、無理でしょ。
あ、黙ってれば……置き物に見え…
──やっぱ無理。
怖いもんは怖い。
だけどなぁ……
お祓い行くのも、世話焼かれる生活に魅力を感じてどこか行き渋ってる自分がいる。てか、行くのダルい。
と、言うことで。
─現状維持で、怪異と同棲継続中。
事故物件で、優しい怪異に守られながら、クズに殴られてます。 芽蕗 丹花 @greed0505gon
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