第4話 たいちゃんにふれる─タイムリミットと頭
多分、いるな。とは思った。
……てか、いるわ。めっちゃいる。
だってさ、でてるもん。頭。
テレビ台の後ろからはみ出てるもんな。もう隠れてる感じじゃないよな。
「……いや、見んなよ」
そんな顔で見てくんなよ。
赤黒い舌が伸びた餓鬼の顔で血走った目を向けてくんな。
怖いと言うか不気味。
不気味と言うか気持ち悪い。
それに、胸糞悪くなるからやめて欲しい。
─私、人の視線とか苦手だから。
「あのさ、ここの家賃払ってんの私なのよ。出てってくんない?それか、気配消して」
日頃の疲れのせいか?時々このチビ餓鬼が視界の端に映ることが出てきた。
もしかしたら本物かもしれないし。
幻覚かもしれない。
ちなみにうちの会社は『ブツは売り物だから使うのは推奨しないよぉ✩だって使うと脳が溶けちゃうからねぇぇ?✩溶けちゃったら仕事できないよねぇえ?✩仕事出来ないやつはいらないもんねぇえ?✩』ってスローガンをガチで打ち出してるので私はヤクはやってない。
八下は「ハッパはノーカン」って言ってたけど。
つまり、あのチビ餓鬼は疲労と心労でおかしくなった私の幻覚か、本物の心霊ってことになる。
もう一度、テレビ台に視線を移す。
白目が真っ赤に染まって、中心だけ黒い瞳孔はずっとこちらに向けられたままである。
意思疎通図れるかと思ったけど無理みたいだな。
……ま、いっか。
あと、もう少しで仕事に行かなきゃいけない。
夜勤で呼ばれるときは大抵、掃除か送迎だ。
つまり私の大嫌いな八下と会わなきゃいけない。
顔面崩壊したチビ餓鬼の幽霊より、生きて思考して呼吸して実害のあるアイツのほうがよっぽど恐ろしいし、気持ち悪いし、消えてほしい。
あと、四時間と三十四分で作業着に着替えて家を出なきゃいけない。
ベッドに寝そべった体を上向きにして深いため息をつき、目を閉じる。
視界を閉じて現実逃避しようとしただけだった。
────いる。
目を閉じた瞬間、部屋の空気が変わった。
背筋に氷柱をいれられたくらい、ゾッとしている。肌の表面がゾワゾワと怖気で鳥肌に変わっていくのが分かった。
今。
目を開けたら確実に“アレ”と目が合うと思う。
遠目で見えたり、視界の端に映ることがあるだけの事象に過ぎないアレがここまで私に近づいてくる事なんて今の今まで無かった。
「……ふ……ふっ……」
息が詰まる。
空気の温度に比例して、私の息も少しの空気しか取り込めないほどに狭窄していく。
怖いとかじゃない。
獲物として捕まえられる生物としての本能が告げている。
[ニゲナキャ、コロサレル]
頭がそう告げても、体は硬直して動かない。動けない。
暴力に慣れた身体は、抵抗を諦めるのも早い。最早これは金縛りとかではなく、私が荒廃した生活に慣れるための順応力に近いのかもしれない。
その時、小さくて頼りない氷みたいに冷たい指先が私のおでこに触れた。
思わず「ヒッ」と短い悲鳴をあげる。
死を覚悟して歯を食いしばった。
だけど、その指先はスルスルと頭を何巡か這うだけだった。
「……え…?」
不思議に思い、ゆっくりと薄目を開けてみた。
微かな隙間から見えたそこには、舌が伸びてる割には口角をぎこちなくあげて笑ってるように目を細めるチビがいた。
「たいちゃん…あ…たん、ちゅきにょ」
感触がなくなり、完全に目を開けて飛び起きた。
やっぱり、あのチビはいなくなってた。
「……たいちゃん……って言うのか……」
恐らく、あの子の名前だろう。
たいちゃん……たいちゃんって言ってたよな…。
「……頭、撫でられたの久しぶりだな…」
しかも、あんなふうに優しく撫でられたのなんて何年ぶりかな。
時計を見る。
あと、残り四時間二十三分でクソ八下の迎えに行かなきゃいけない。
撫でられた頭に手を当てて、撫でてみた。
あの優しい触れ方に、一瞬でも縋りそうになった自分に失笑する。
都合のいい幻覚を見たと思って忘れよう。
………忘れられたらの話だけど。
あの、冷たくて拙い感触がまだ残ってる。
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