ある小説家の断筆

於田縫紀

ある小説家の断筆

 俺はAI小説家というか売文家。

 AIで小説を書いて、倫理的に問題があったら直し、出版社に出して原稿料を貰う仕事をしている。


 少し前まで、小説は人間が書くのが当然だと思っていた。

 しかし今はこのざまだ。

 何せ執筆速度が圧倒的に違うから、仕方ない。


 ところでなぜ「倫理的な問題があったら」なのか。

 AIやつらは機械なので、文法上のミスとか言葉の誤用なんてのはしない。

 しかし機械なので人の心がないのだ。

 だからたまに、いやしょっちゅう、洒落にならない毒を吐く。


 そして今はSNS炎上時代。

 ちょっとでも倫理的に問題があると、叩いて叩いて叩きまくる。

 正義の名で堂々と他人を叩きまくれるのだ。

 こんなに面白いエンターテイメント、他にはない。


 だから倫理的に問題がないか、必死にチェックするのだ。

 そしてまさに今、問題箇所が出てきた。

 近未来社会を描いた小説なのだが、そこでアナウンサーがこんなことを言ってやがる。


「首相は国民の生活を守ると発言しました。しかしこの“守る”というのは、経済や国民の生活を動かさない、という意味だったようです」


 こんなの出したら、炎上一直線だ。

 俺はキーボードを叩き、無難な形へと書き直す。


「首相は生活を守ると発言しました。ですが慎重すぎて進まないという意見も聞かれます」


 当たり障りがなく、面白さが薄い文章。

 でも炎上して社会的に断罪されるよりましだ。


 しかし今回は題材が悪いのか、要注意文章がガンガン続く。


「少子化対策ですか? 問題ありません。高齢者や障害者の保護をやめれば、財政も人口比率も健常化します」


「苦情を気にする必要はありません。生きているよりもバズることの方が価値が高い世の中。保護を取りやめた後の詳細な記録を取って、死後にお涙ちょうだいな話にまとめ上げトレンド入りすれば、むしろ感謝されるでしょう」


 そんな文章が出るたびに、俺は修正する。


「少子化対策は難しい問題です。増えゆく社会保障費とあわせ、いかにバランスを取るかが重要になります」


「どんな政策をとっても、全員を満足させることは出来ないでしょう。それでもバランスのいい最善を尽くすのが、政治家としての務めです」


 つまらない文章にはなるが、炎上を避けるためには仕方ない。

 こんな作業を一日十二時間以上やっているのだ。

 俺の神経がすり減るのも、無理はないだろう。


 ただ、そうして注意力がボロボロになったせいだろうか。

 つい俺は、やらかしてしまった。

 話の内容にあわせてAIがSNSに自動投稿する文章を、無意識でボタンを叩いて通してしまったのだ。


 結果、俺のSNSに返信がなだれ込んできた。


「お前が死ね!」


「精神鑑定を受けてこい!」


「くたばれ!」


 SNS上を疾風怒濤でやってくる罵声に、俺は慌てて原因を探る。

 地獄のような通知を切ってSNS上を遡った結果、原因と思われるいくつかの自動投稿に、ようやく気付いたわけだ。


「一番効率的な人間の教育方法は、絶望させることです」


「いらない人間は、どんどん殺そう! 恐怖でしかわからないことがある」


 単なる小説の宣伝で、現実がそうなれと思っているわけじゃない!

 そう弁解しても無駄なのが、今のご時勢だ。


 だからこれまでも注意していたのだが、もう遅い。

 ただの炎上どころではない。

 あっという間に専門家、コメンテーター、政治家のコメントまで並ぶくらいの大騒動だ。


 そして編集者から、連絡がやってきた。


「当社は一切関知していませんので、そちらで対応をお願いします。状況によっては、以降の取引を中止させていただきます」


 責任逃れ!

 そう言っても仕方ない。

 実際出版社の方は、俺の投稿に関わっていないのは確かだし。


 ただ俺が使っているAIは、小説用にこの出版社が調教チューンしたものだ。

 しかも時流に即したものになるよう、日々更新を続けているらしい。

 なら本当の犯人は、この出版社なんじゃないか!

 なんて叫んでも、誰も聞いてはくれない。


 だから俺は、謝罪文を書いてSNSに載せる。


「この度は……AIの生成物により社会を混乱させ……」


 すぐさまやってくる、クソな反応。


「死ね! 地獄へ落ちろ!」


「転生してやり直せ!」


「AIじゃなくて、お前が悪い!」


 ふと俺は思った。

 おかしい、いくら炎上しているからと言って、あまりに反応が早すぎる。

 膨れ上がっていく罵倒文の嵐。

 この文章の増加具合には、見覚えがある。


 そうか、俺は悟った。

 この罵倒の嵐も、きっと生成AIだ。

 人間ではなくAIが小説やSNSを読んで、反応しているのだ。


 いつからこうなっていたのだろう。

 でも作家がAIなら、読者がAIであってもおかしくない。


 ならその間に挟まる人間というのは、必要なのだろうか。

 炎上され罵倒される対象として以上の意味があるのだろうか。


 翌日、出版社から取引中止メールが来たのを機に、俺は作家をやめた。

 今度は人間として、もっと意味がある仕事をしたい。

 AI全盛のこの時代に、そんな仕事があるかはわからないけれど。

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