エピローグ「光満ちる玉座の隣で」

 あれから、五年。

 エーデルシュタイン帝国は、皇帝カイザーと、その皇妃レオンの治世の下、未曽有の繁栄を謳歌していた。


 カイザーの公正で力強い政と、レオンの民を慈しむ深い愛情、そして革新的な知識。

 二人の力が合わさった時、帝国は大陸で最も豊かで、平和な国となった。


 その日、レオンは皇城の執務室で、書類の山と格闘していた。

 皇妃としての仕事は、多岐にわたる。

 慈善事業の監督、新しい農法の導入計画、そして、時々カイザーに代わって政務を執ることもあった。


「母上! 遊んでください!」


 執務室の扉が勢いよく開き、二人の子供が駆け込んできた。

 カイザーによく似た黒髪と金の瞳を持つ、やんちゃな長男のアレクシオス。

 そして、俺によく似た銀髪と紫の瞳を持つ、おとなしい長女のセレスティア。

 俺とカイザーの間に生まれた、愛しい宝物たちだ。


「アレク、セラ。今は仕事中ですよ」


 優しく窘めるが、子供たちは聞く耳を持たない。


「だって、父上が、『母上は働きすぎだから、少し休ませて差し上げなさい』って!」


 アレクシオスが、父の言葉をそっくりそのまま真似て言う。

 その背後から、当のカイザーが、苦笑いを浮かべて姿を現した。


「こら、アレク。余計なことを言うな」


 彼は皇帝となっても、俺と二人きりの時や、家族の前では昔と変わらない「カイ」の顔を見せてくれる。


「カイ、あなたね……」


 俺がじろりと睨むと、彼は悪びれもせずに俺の隣に来て、その肩を抱いた。


「本当に、お前は働きすぎだ。少しは休め」


 そして、俺の机の上にある書類をひょいと取り上げる。


「……これは、旧クローネンベルク王国領への食糧支援計画書か?」


 その名前に、俺はわずかに目を見伏せた。

 アルベルトが治めていた王国は、彼の失政と度重なる災害で、数年前にあっけなく崩壊した。

 民は貧困にあえぎ、多くの者が難民となって帝国に助けを求めてきた。

 今は帝国の保護領となっているその地を、少しでも早く復興させたい。

 それは、あの国で生まれた俺の、最後の責任だと思っていた。


「あそこの土地は、土壌の質が悪いからな。グライフェンで成功した、あの農法を導入すれば、きっと……」


 俺が熱心に語り始めると、カイザーは優しく俺の唇を指で塞いだ。


「分かっている。お前の優しさは、誰よりも分かっている。……だが、今日くらいは、仕事のことは忘れろ」


 彼は、俺の手を取り、子供たちの元へと導いた。


「さあ、今日は家族みんなで、庭園を散歩しよう」


「わーい!」


 子供たちは、大喜びで俺たちの手を取り、執務室を飛び出していく。

 俺とカイザーは、顔を見合わせて微笑み合った。


 午後の柔らかな陽光が降り注ぐ、美しい庭園。

 色とりどりの花々に囲まれながら、俺たちは四人、手を繋いでゆっくりと歩く。

 子供たちの楽しそうな笑い声が、空に響く。


 この、何気ない、穏やかな時間。

 これこそが、俺がずっと求めていた、本当の幸福。


「レオン」


 カイが、愛おしそうに俺の名前を呼ぶ。


「ん?」


「……愛している。これからも、ずっと」


「俺もだよ、カイ」


 俺たちは、どちらからともなく、優しい口づけを交わした。

 悪役令息として、全てを失ったあの日。

 まさか、こんな未来が待っているなんて、誰が想像できただろう。


 絶望の淵から始まった俺の人生は、運命の番との出会いを経て、今、光に満ち溢れている。

 俺は、世界で一番、幸せな男だ。

 青く澄み渡る空の下、愛する家族の笑い声に包まれながら、俺は心からそう思った。


 物語は、これからも続いていく。

 この輝かしい光の中で、永遠に。

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婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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