番外編「その後のグライフェンにて」

 レオンが帝国へと旅立ってから、一年が過ぎた。

 グライフェンの村は、見違えるように変わっていた。


 帝国の直轄領となったこの地には、惜しみない支援が注がれた。

 街道は整備され、頑丈な家々が建ち並び、村は活気ある町へと姿を変えつつあった。

 かつて人々を苦しめた痩せた土地は、レオンが残した知識と、帝国から派遣された技術者たちの手によって、今や豊かな穀倉地帯となっている。


「ようし、今日の収穫はこれまでだ! みんな、ご苦労だったな!」


 畑で声を張り上げているのは、少しだけ逞しくなったヨハンだ。

 彼は今、この町の若者たちのリーダーとして、皆をまとめ上げている。


「ヨハン! ちょっと、こっち手伝ってくれよ!」


「おう、今行く!」


 仲間たちと軽口を叩き合いながら働く彼の顔には、かつてのような諦めの色は微塵もなかった。

 未来への希望に満ち溢れている。


 仕事が終わり、ヨハンは町の中心に新しくできた酒場へと向かった。

 そこでは、仕事終わりの男たちが、エールを片手に陽気に語っている。


「聞いたか? レオン様、ご懐妊されたらしいぜ!」


「おお、本当か! そりゃめでてえ!」


 行商人からもたらされた帝国のニュースは、すぐにこの町の一番の話題となる。

 レオンは、遠い帝都にいても、なおこの町の英雄であり、希望の星なのだ。


「ったく、あのお人は……どこまで行っても、すげえ人だな」


 ヨハンは、エールをぐいっと飲み干しながら、誇らしげにつぶやいた。

 酒場の壁には、一枚の肖像画が飾られている。

 それは、旅の絵描きが、噂を元に描いたレオンの姿だった。

 銀の髪を風になびかせ、優しい紫の瞳で微笑んでいる。

 誰もが、その絵を大切にしていた。


「なあ、ヨハン。お前、レオン様が旅立つ時、泣いてたんだって?」


 酒に酔った悪友が、からかうように言った。


「なっ、泣いてねえよ! 目にゴミが入っただけだ!」


 ヨハンは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 酒場に、どっと笑いが起こった。

 彼は、今でも時々、レオンが旅立った日のことを思い出す。


 本当は、行かないでほしかった。

 ずっと、この村で一緒に笑っていてほしかった。

 だが、あの人の居場所は、こんな小さな村ではなかったのだ。

 もっと大きな世界で、輝くべき人だった。

 だから、自分たちは、彼が安心して輝けるように、この町をしっかり守っていかなければならない。

 それが、ヨハンたちの誓いだった。


 酒場からの帰り道、ヨハンはふと空を見上げた。

 帝都の方角の空に、ひときわ明るく輝く星が一つ。


『レオンさん……あんたが俺たちにくれた希望を、今度は俺たちが、あんたの子供の代まで繋いでいくからな』


 ヨハンは、星に向かって静かに誓った。


 レオンが蒔いた小さな希望の種は、このグライフェンの地で、確かに大きく育ち、豊かな実りを結んでいた。

 そして、その物語は、これからもずっと続いていく。

 レオンと、彼を愛する人々の心の中で、永遠に。

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