5、今日という日b

 午後三時過ぎ、窓の外は生憎の曇天。

 今朝はカエル好きの変な外国人のマテオと少しだけ話をした。

 放課後また来るとか言っていたけれど、この天気だと無理かもしれない。

 そう思っていた矢先、玄関からインターフォンが鳴り響いた。

 もしかして――リビングにあるモニターで外を見てみると、なんとマテオが爽やかな笑顔で待っていた。


「本当に来た……」


 部屋に招くのはちょっと、いやだいぶ無理。

 玄関で少し話をして終わろう。

 扉を開けると、背中の曇り空を吹き飛ばすくらい眩しい笑顔が私に降り注いだ。


「やぁサツキ!」


 朝もそうだけど、やっぱりマテオの距離感はおかしいと思う。

 私はシャツの裾を摘まんで、一歩下がった。


「えぇと、部屋には入れないよ?」

「うん、話せるならどこでも大丈夫さ。実はサツキにプレゼントがあって、ほら」


 カバンから取り出したのはカエルの置物だった。

 デフォルメされた可愛いカエルが葉っぱの上に座って、弦楽器を抱っこしている。

 今朝のカエルとよく似た色合いと、くりっとした目玉が心を掴もうとしてくる。

 いきなりプレゼントなんて、やっぱり変な人だ。


「普通に可愛い……」

「とってもキュートでしょ! 玄関に飾ってみて!」


 ちょっと胸がキュンとなってしまった自分が悔しい。

 私の手にカエルの置物が乗る。


「あ、ありがとう。ねぇマテオはどうしてカエルが好きなの?」


 私が投げかけた疑問に、マテオは笑みを崩さず頷いた。


「僕、最初はカエルのこと気持ち悪いなぁって思ってたんだ」


 意外な入り口に、私はぽかんと口を開ける。


「べたべたで、よく車道で潰れてる。おたまじゃくしからカエルになる中間もさ、ちょっとグロい宇宙人みたい」


 まぁそうかも。最近はおたまじゃくしも見かけないけど、あの足がニョキッと生えている姿は曖昧に思える。


「だけど僕が小さい時、カエルに助けられたことがあったんだ。僕は近所の森で迷っていた。そんな時にカエルが前を通った。迷わず一直線に飛んでいた。もしかしてと思って追いかけたら出口に辿り着けたんだ。これはきっとカエルが助けてくれたのに違いないよ!」


 マテオが目を輝かせて語る。

 偶然が重なっただけでは、なんて冷たい考え方かな。なんだか自分が夢やロマンの欠片も持たずに生まれた非情者みたいに思えてきた。

 じゃあ今朝のカエルは? 私は置物とマテオを交互に見る。


「ふぅん、ちゃんとした理由があるんだね」

「うん、今じゃ一番の推しだよ。それにカエルは真っ直ぐ跳ぶ、僕らにきっかけをくれるんだ」


 手のひらにいるカエルの置物に目を向けた。

 きっかけかぁ……枕元にいたあのカエルは、私を外に連れ出そうとしたのかな。


「ありがとうマテオ。でも本当に貰っていいの?」


 マテオはニッコリ白い歯を見せて「もちろん」と頷いた。

 正直、人からプレゼントされるのは怖い。期待されているような気がして、応えられなかった時のことを想像してしまう。


「友達として、じゃなくて僕を知ってもらうためさ」

「カエル好きなのは十分伝わったよ」

「んー……迷惑、だったかな?」


 私から見れば迷惑寄りかもしれない。

 マテオは肩を落として、私をちらちら見ている。


「あーちょっとビックリ、かな。だってほとんど話したことないのにいきなりプレゼントなんて、困るよ」

「実は学校の友達にも、最近ちょっと釘を刺されちゃったんだ」


 なのにプレゼントを渡すとは、私は思わず控えめに笑ってしまう。


「分かったよマテオ。友好の証だね」


 玄関の棚に、カエルの置物を飾った――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日という日 佐久間泰然 @OBkan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画