第11話「拾い者」
「バルバトス会戦の影の功労者、ジョージ・ミュラー少佐に贈る」
休暇の中、ミュラーのアパートメントの郵便受けにはそのような手紙が入っていた。差出人は連盟総会評議長カール・フェリントンであった。奇妙なことに、切手の類いが見られなかったことがミュラーの背筋を強かに冷却せしめた。
内容はごく単純なもので、ミュラーを個人的に祝したいので、明日の晩餐にお招きしたいとのことだった。返信不要とあるのが不快で、その不快感は、フェリントンがミュラーは必ず招待に応じるという、宿り木の触手にも似た確信を招待状に纏わせていた。
翌晩、渋々フェリントンの在する議長私邸へ足を伸ばすと、ミュラーは歓待を以て迎えられた。
「ごきげんよう!影の英雄よ。君が来るのを私は待っていたんだ」
「は、はあ………」
相手は仮にも連盟の元首であろうに、ミュラーは些か礼を欠く態度であった。無論自覚的でないものだが、敬礼もどこか頼りなげで自信の力を持たないものとなっていた。
フェリントンはその目にミュラーをまじまじと刻んでから「さあ、入りたまえ」と招き入れると、従者に用意させたであろう豪奢な夕食が並んでいた。
「君の活躍は聞いているよ。私は何でも知っているからね。君が敵の本営を見つけ出したことで、敗北の窮地にあった吾が軍を救ってくれた、と」
白身魚のスープをつつきながら、フェリントンは吟味するようにミュラーを見て言った。ミュラーは食卓に並んだ食事が、どれも自分の好物なのが気味悪く思えたので余り手を付けれずにいたので、その心情を悟られぬように何気なく言い放ったであろうフェリントンの言葉に反論を投げ掛けた。
「幾つかの誤解があります。私は情報を整理したまでで、発見したわけではありません。発見したのは、別の艦の通信員です」
「知っているよ。尤も、その艦………確か巡航艦『サン・パウロ』だったか。沈んでしまったので、彼らに贈るべき勲章は墓碑の副葬品となってしまったが」
「!」
ミュラーは思わず、何を言うか、と叫びそうになった。この間は「尊き命」と呼んだ将兵たちを、今日はただの死人と、その放言に含まれる成分としたのだ。
同時に、この男が持つ情報網についても一端を伺い知った気がした。フェリントン派の軍人は、軍の根深い場所にまで浸透しているらしい。そう見たミュラーは、迂闊な発言を避けた。
「ミュラーくん。私はひとつ、気になっていることがあってね」
「何でしょうか、議長閣下。私に答えられる範囲であればよいのですが」
「何故、君は先日の帰還祝賀会の途中で帰ってしまったのかな?何か用向きがあったとは聞いていないのだがね」
それは紛うことなき悪意の刀剣であった。知れたことであるのに、それを敢えて追及する底意地の悪い低俗な悪魔が、この男の腹の中に巣食っているらしい。
数瞬の間を置いて、ミュラーはつい一分前の決意を撤回した。
「小官は、民主主義国家に住まう者としての権利を行使したまでです」
迂闊な発言を避けるという判断は、この時、ミュラーの明晰な頭脳からは消え去っていた。感情の怒涛が理性の油を洗い流してしまったようだった。
「軍人としての責務と、それとが、両立できるとでも?」
「軍人である前に、私は協約連盟の市民です」
生前の三浦丈二は、そのような類いの悪意の波動を向けられたことはなかった。まさか、馬鹿正直に「アンタが嫌いだから途中で抜けたんだ」と面と向かい言えるような、鉈に似たメンタリティを獲得する機会にはついぞ恵まれたことがない。
ユウリ・パーシヴァルであれば何と言うだろうか。きっと「つまらないから」とか言うかもしれないし、あるいは、事態を見越して最低限の義理が通るタイミングまで出席し続けるかもしれない。実際、ユウリがミュラーの元へ訪ねてきたのはかなり遅くの事であったから、やはり彼女は後者の選択を採ったのだ。
「ミュラーくん。私はね、君につまらない事で躓いてほしくないのだよ」
悪意の地下水が表出しかかった表情の地層は、この時は緑豊かな自然にも似た、含蓄ある教授の様に緩んで、自分より二回り以上年下のミュラーを生徒にして教え諭そうとしていた。
「連盟軍は、先の戦いで准将以上の高級軍人が実に一〇〇人も戦死したのだよ。有能な将帥がそれほど喪われたことで、兵力はともかく、それを指揮する者が不足している。軍の立て直しが必要なのだ」
「それが、小官とが何を以て繋がりを得るのでしょうか」
「繋がるとも!ミュラー少佐は、今はパーシヴァル提督という日向によって生ずる陰のような存在であるが、陰が存在しなくては光もまた認識されぬことと同じだ。ミュラー少佐がパーシヴァル提督の陰から脱した時、必ずや連盟軍の骨幹として活躍することは疑いないだろう」
その言葉で、ミュラーは完全に食欲を喪った。食事は生者の特権と知っていても、それを拒むのも生者ならではの権利と知っているので、それを行使した形になる。
(奴は、ユウリの切り崩しを図っているのだ)
そう認識させてしまった辺りで、フェリントンの思惑は外れた。ミュラーが思うに、フェリントンは、どうやらパーシヴァル提督の陣営を切り崩すことを図っているように思えた。しかしまだ、何の権勢も持たぬ彼女を少壮の国家元首が敵視する理由を見出すことは出来ない。
「ですが、私はパーシヴァル提督の部下としてさえ過分な地位に在ると思っております。今のところ、自分の居場所は日向の下に見出すことが出来ません」
「そうか」
カール・フェリントンは、その言葉の後は途端に興味を失ったように、それ以降は全てに淡白な反応となった。それがミュラーの想像に、有益な傍証を与えていたことは言うまでもない。
*
民主主義とは何なのか。
ひとえに、民衆が代表となる人物を投票という形で協賛してその者たちに政治権力を委託するという体制である。故に有権者は、議員の公約をじっくりと吟味し、自分たちの利益を最大化してくれるであろう人物を選ぶ為の審美眼を必要とされる。
つまるところ、全人民が知識人層でなければ、民主主義とは機能しないのだ。
フェリントンも、そうして有権者に選ばれた権力者であり、更に議員たちの投票によって選ばれた、れっきとした国家元首なのである。しかし間違えてはならないのは、協約連盟の全人民がフェリントンを支持した訳ではなく、彼を嫌い投票先に選ばぬ者も一定数存在しており、ミュラーも最近その一派に名を連ねることになった。とは言っても、反体制グループ的なものではなく、街中にある剥がし忘れた選挙ポスターに彼の名や姿があれば目を背け、テレビジョンのニュースにフェリントンの芝居がかった演説が混ざる度に耳を塞ぐか、その後のニュースのラインナップを記憶の付箋から引き出しつつ興味を引かれなそうなものであるなら、その時点で視聴を打ち切ってドラマ番組にチャンネルを切り替えるというような、一小市民的で私的なサボタージュではあった。
ところで、フェリントンとその一派、社会自由党(SLP)のスローガンはこうである────「パン、自由、勝利」。
何たる矛盾か、とミュラーは憮然とした。
久し振りにデパートメントへ買い物に出掛けた時、その物価に唖然としたのだ。記憶が正しければ、最後に買い物をした三カ月前に比べ、物価は一〇パーセント近く上昇して、しかも陳列していた食料品の種類と数量はやや減少していたのだ。商品棚の空白を誤魔化すための、陳列の努力の痕跡が随所に見られ、それが冬の寒さに似た寂しさを思わせる。
経済成長に伴う正当なインフレーションにしては、月にして三パーセント強の物価指数の上昇は異常である。偏に、これは連盟政府による物資統制が一段と強化されたことによって、民生用物資が不足しかけていて、入手の困難から来る物価上昇だろう、とミュラーは分析した。
分析はすぐにミュラーへ計算結果を齎した。これでは採算が合わないじゃないか。給料や年金を合わせ、徹底的な節制に努めても、老後の安泰が保証されるとは言い難い。つまるところ、フェリントンとSLPの掲げた「パン」は、保障を喪いつつあると云えた。
それだけでない、と思い知る事態がミュラーの足元に転がってきたのは、買い物を終えてデパートメント地上階にあるレストランのひとつ“歌姫の揺り篭”のテラス席で、食事を摂っていた時である。
「食い逃げだ!」
風船を破裂させたような怒号に驚いて、ミュラーは宇宙戦艦が被弾した時以上の衝撃を受けたように、口に含んでいたプチトマトを丸呑みしそうになった。危うく下で喉を塞いだので事なきを得たが、安堵も束の間、目の前に人が降ってきた衝撃で今度こそプチトマトを噛まずに胃袋へ送り込む羽目になった。
「な、なんだ!?」
むせつつ前を見ると、まず、自分が食べていたハンバーグやサラダ、ライスが、テーブルの上から完全に消失していた。次に目線を上げると、そこには狼の顔が、厳密には、
「ごちそうさん!」
少女は身を翻してテーブルを蹴飛ばすと、パラソルの上に登ろうとした。パラソルを中継地点に、デパートメントの二階へ逃げ込もうという算段だろう。だが、手掴みで急いでミュラーの料理を食べたために手を滑らせ、今度は今しがた蹴飛ばしたテーブルに落下し、強かに腰を打ち付けてウッドデッキの上に無様に転がった。
「お、おいおい、大丈夫か…………?」
食事を奪われた憤りは、醜態の演劇を見せられたことで脳内で言語化される前に鎮火し、代わりに、この間抜けな食い逃げ犯をどうしたものか、と困惑した。しかしその困惑も、さほど長続きはしなかった。
「いててて…………あっ!」
ウェアウォルフの少女が腰を擦りながら体を起こそうとした時、テラスのウッドデッキを踏み鳴らす複数の足音が響いた。そちらを見ると、怒号の主らしい純人種の男たちが、角材やハンマーを持って、テラスに上がって来るところだった。
どうやら、少女はこの男たちから逃げていたらしい。男たちの服装から概ね察しは付くが、この辺の何軒かの商店で食い逃げをしてきたらしい。追跡者たちは少女を見つけ次第、その凶器で袋叩きにするのだろう。そう悟ったミュラーは、倒れたパラソルをずらして少女に被せて隠した。
「何をするの」
「しー、良いから…………」
少女の頭を引っ込めさせた直後、男たちがミュラーの元に現れた。一団の中で、一番体格の良い男が、角材で掌を叩きながら歩み出てくる。
「おう、そこの兄ちゃん。オオカミモドキを見なかったか?」
「オオカミモドキ?」
「ウェアウォルフの事だよ!とろいな」
むっとなったが、しかし、言い訳を考える時間を数瞬稼いだ時点で、ミュラーの戦略的勝利であった。
「それなら、パラソルを登って二階へ行きましたよ」
「二階!?おかしいな、そんなの見えなかったがな…………」
「かなり俊敏でしたので、見失うのも已む無しかと」
少し弱いか、無理があるか、とミュラーは思う。男は顔を瑞ずいと近付けた。
「ヤツはな、俺たちの店で、散々泥棒や食い逃げをしてきたんだ。もし見つけたらぶちのめしてやる」
匿ったら容赦しないぞ、という感情的成分も含んでいるように感じられた。
「む?警察に通報などはなされぬのですか」
「オオカミモドキは金がねぇ。だから訴訟したって賠償金は取れねぇんだよ。泣き寝入りするくらいなら、ぶちのめしてスッキリしてやろうってんだ」
ミュラーは面食らった。厳密には、三浦丈二としての人格が、その言動に衝撃を受けた。この時代に二五年の時間を過ごしてきたが、日本という平和な時代と国家の市民とは、基礎的な部分で思考法を異にするのが、未だに適応しきれないのである。
だが、男の言う事も一定量の道理がある事も理解できた。パラソルの下に隠れたウェアウォルフの少女は、確かにボロボロのワンピース以外に衣服は着用していなかったし、体毛も荒れ放題で痩せ細っていた。どこかの保護施設から逃げ出してきたような風体だった。
「暴力はいけません。亜人であろうと、不当な暴力は罪に問われます」
「四分の
「それは就労制限と投票制限の代価です。貴方が暴力を正当化する武器ではありませんよ」
男は怪訝な視線の蛇を、ミュラーの全身へ這わせた。その背筋の伸ばし方や、眼差し、体格などから、男はすぐに目の前の人物の職業に思い当たったようである。
「お兄ちゃん、まさか軍人さんか」
「はい。私は連盟宇宙軍のミュラー少佐であります。食事をしていましたところ、ウェアウォルフの少女に食事を奪われました。本来の職務ではありませんが、皆様の不当な暴力を看過することはできません。何卒、平和的解決を願います」
男は途端に渋面を作りつつ、角材を握る手から力を抜いた。しかし、その分、男たちの目に興奮の光彩が宿った。
「少佐さんよ、あんた佐官で高給取りだから知らないだろうがな、俺たち一般市民は食い逃げひとつも見逃せないんだ」
「存じております」
「いいや、わかっちゃいない!俺たちは、お前ら公務員どもがダラダラ続けている戦争のせいで、ずっと迷惑被ってるんだよ。家族を食わせるために、一レーテだって無駄遣いが出来ないんだ」
「わかっております。だからこそ私は、貴方のように家族を守らんとする善良な市民の方が、犯罪の汚泥を被るやもしれぬ事態にはなってほしくはないのです」
吾ながら、酷い詭弁であるとも思う。だが、詭弁と看破されぬうちは誠意として成立するのも、また事実であった。
「…………チッ、真面目だな。せいぜい長生きしろよ、少佐さん」
そう吐き捨てると、デパートメントの中へ仲間を連れて去って行った。真面目なもんかよ、と見る目のない商店主の背中に言いそうになったがそれを堪え、彼らの姿が完全に見えなくなってから、パラソルの羽布をたくし上げた。そこには生まれたての小鹿の様に震える少女がいる。
「ふう…………君、随分な大罪人みたいだね。食い逃げの複数犯じゃ、執行猶予は望めなそうだ」
「あ、あ、あたしをどうするの!?警察に突き出されたら、あ、あたし…………」
「あ~…………」
本来は、そうするべきなのだろう。だがこの時、ミュラーは妙な既視感を覚えていた。それは、三浦丈二として見た最期の光景だった。
シチュエーションは、そう似ていない。だが、助けたあの少女に、何となく似ている気がしたのだ。
ジョージ・ミュラーは篤志家としての神経回路を持ってはいなかったが、三浦丈二という人格は、どういう訳か妙なところで弱者の味方たらんとしていた。また、不当に扱われている亜人種たちを見ていると、妙にカール・フェリントンが嘲笑するさまが目に浮かんで腹立たしくなる。彼らが不当に扱われる切っ掛けとなった事実上の身分制度たる“四分の
自身を明確な反フェリントン派に置いたミュラーとしては、フェリントンと連盟への僅かな反抗として、微量ながら、しかし硬質の正義感を以て、余りに非合理なことを考えていた。
「君、名前は?」
「…………え?」
「色々と訳があるんだろう。話は聞いてやるから、ちょっと付き合え」
*
ウェアウォルフの少女の名は、エヴァ・エルメンドルフといった。
エヴァの乱入により迷惑をかけた“歌姫の揺り篭”には、迷惑料として定価の倍ほどの金額を払って退出し、その代わりデパートメントから少し離れたビジネス街寄りの位置にあるバイキング形式レストラン“プリンツ・バイク”で食事を摂りつつ、ミュラーはエヴァの話を聞いていた。
エヴァはもうじき一六歳になるが、それまでの人生は殆ど孤児院で生活してきた。亜人種の孤児院と言えば、殆ど“収容所”のような様相を呈していると云い、武装した職員から与えられる僅かな糧食で、ぎりぎり生きていられるくらいの厳しい生活水準を強いられるという。
その環境に耐えかね、やっとの思いで脱出したものの、生活の当てもないので食い逃げをしていたという。
「ぐ、軍人さんは、あたしをどうする気なの」
これまで、本来摂るべきであった量の食事を胃袋に納めたエヴァは、今更気づかわしげにミュラーを見た。ミュラーはといえば、バイキング形式の店で良かったと安堵しつつ、答えを決めかねていた。なので、ひとまず、彼女の意志を訊くことにした。
これからどうするのか。ずっと食い逃げで生きていくわけにもいかないだろう、と尋ねてみると、「何も決めてない」とエヴァは答えた。天涯孤独の身で、孤児院に帰る気もない。かと言って、歩く道も見出せない。
ところで、ウェアウォルフと言えば、ミュラーには馴染みのある人物がいた。エルネスト・シュタインメッツ大佐だった。エヴァを連れて、シュタインメッツの家を訪ねると、重厚な胸壁がミュラーたちを迎えた。
「お休み中のところ、申し訳ございません、シュタインメッツ大佐」
「ミュラー少佐。その子は?」
無愛想ながら、年長としての自覚を湛えた深緑のような声。エヴァは、シュタインメッツに敬礼するミュラーの後ろに隠れて、同族の巨漢の視線に入ろうとしない。
「孤児院から逃げてきたそうなのです」
シュタインメッツは興味深そうに眺めながら、おい、と夫人を呼んで先にエヴァを家へ上がらせた。シュタインメッツ夫人もまたウェアウォルフ族なので、今度こそ安心するかに見えたが、エヴァは夫人に近付くのを少し嫌がり、ミュラーに縋り付こうとする。
「一旦、お世話になってきなさい」と言いつけると、わかりやすくしょげながら、渋々従った。
ミュラーはシュタインメッツの誘いで、庭でしばしのティータイムを楽しんだ。
「するとミュラー少佐は、窃盗犯の隠匿をしたわけだ」
「あ…………」
そのつもりはなかったが、どうやらそういう事になるらしい。事実関係をどのように整理しても、ミュラーは道義的、法規的に非難を浴びるかもしれない。
「まあ、いくらでも言い訳のしようはある範囲だな。だが、一旦匿うにしてもこの後はどうする」
「それが、まだ本人も決めかねているようで。孤児院に帰らせるというのも…………」
家からは、シャワーの音が響いている。どうやら、夫人はエヴァの体をまず清潔にすることにしたようだ。泥まみれ、垢まみれでは、これから先どのような道を歩かせるにしても不都合まみれだろう。しかし、ウェアウォルフ族の体毛を洗い切る苦労は想像するだに恐ろしく、それだけに、夫人の苦労が偲ばれる次第である…………。
「見たところ、エルメンドルフ嬢は少佐に懐いている。少佐、彼女はまだ未成年だ。引き取ってみるのはどうだろう」
「私が、ですか」
「ウェアウォルフ族は、主君や親と認めた者に執着を抱く性質があってな。一度認めると、なかなか離れることが出来ん。あの仕草からして、エルメンドルフ嬢はミュラー少佐を親と認識したやもしれん」
厄介なことになったぞ、と思った。だがミュラーは、それも良いかもしれない、と思えても居た。
エヴァの境遇は、ちょうど一〇年前のミュラーの境遇によく似ていた。将来も家も財産も失ったあの時、ユウリ・パーシヴァルがいなければ、自分は野垂れ死にをしていたかもしれない。エヴァの場合、最初から何もかもを持っておらず、マイナスからのスタートである。十中八九は野垂れ死にであろうし、生きるにしても、アウトローに入ったり、あるいは亜人たちが作っているという地下組織に入ったりするかもしれない。それは後味の悪い結末だ。ミュラーとしては、それだけは避けたい次第だった。
「その、大佐。非常に訊きにくいのですが、…………私が引き取っても良いのでしょうか。私は育て方がわかりませんし…………」
「お前ならば、問題は無かろう。ウェアウォルフ族は、育て方がダイレクトに反映されるように遺伝子が設計されている。
最後に提示した育て方は、あまり望んでいないような語気だった。シュタインメッツが引き取ろうとしないわけはそこにあるような気がしたが、ミュラーはそこには触れず、紅茶のカップを空にした。ミュラーの耳に、浴室のドアが開いた音が入って来たからだ。
「わかりました。自信はありませんが、彼女は私が責任を持って預かります」
ミュラー自身も驚くほど、その言葉はスムーズに発生した。
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宇宙提督のボヤキ 音羽ラヴィ @OTOWA_LAVIE
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