凡曲 〜令和最新版地獄巡り〜

青尾御牡緒林檎

第一編 辺獄


 僕は死んだ。電車に突っ込んでグチャグチャになって死んだ。

 全てが嫌になったことと、何か手に海鼠のような感触があったことは憶えている。


 「それ君の小腸だね。」


 多分、ここは地獄なんだろう。だって目の前にはホストを刺した後に自殺した中学の同級生が居るんだから。


 「杠葉柚梨(ゆずりはゆずり)、だっけか。」


 特段僕は彼女と特別な関係であった訳では無い。ただ中学の時は皆彼女をゆず²(ゆずゆず)と呼ぶもんだから僕もそう呼んでたなぁくらいの関わりだ。


 「酷いよ兎華、結構仲良かったじゃん。そんなんだから誰にも言えず疲れて自殺しちゃうんだよ。」


 耳の痛い話だ。生前の僕は誰かと関わるのは好きな癖して、誰かと関わり続けるのは嫌いだった。

 だからだろう、寂しがり屋のくせに人嫌いだから悩みとかそういうものを一人で抱え込みがちだった。

 そしてそれに潰されたんだ。


 「せっかく友達が地獄に堕ちるって聞いて来てあげたのにさ。」


 地獄、か。そりゃそうだよな。電車に突っ込んで自殺して大勢の人を困らせて、女で一人で育ててくれた母を泣かせてしまっただろう。

 天国になんて行けっこない。


 「さ、あの門を潜ったら地獄だよ。」


 Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.

 汝、一切の望みを捨てよ


 僕らは地獄の門を潜った。



 辺獄区


 門を潜って目に入ったのは一面の摩天楼。ニューヨークや東京を越えた輝きとコンクリの街だった。


 「ここはニューニューヨーク。んでもうちょっと進むと地獄京都があるかな。日本人の殆どがそこに住んでる。」


 僕はその光景をみてとても地獄とは思えなかった。だってそこにはマクドがあって向こうにはスタバがあって、そして向こうの道では恋人繋ぎで歩いてるカップルもいたのだから。


 「地獄なのか?」


 彼女はにんまりと笑ってから答えた。僕はその所作にどこか懐かしさと共に好感を覚えた。どうしてこんなに可憐な人が自殺なんてしてしまったのだろうか。


 「ここはまだ違うかな。特別悪いことも良いこともしてない人が集まる所。死なないしお腹も空かないもんだから、人が増えすぎちゃって。現世の16倍くらい居るらしいよ。」


 「そりゃ、地獄だな。」


 死なないしお腹も空かない、それは枯れない雑草と同じだ。生えている意味がないし、なんで生えているかも分からなくなる。

 目的が無いんだ。こんな場所に永遠に閉じ込められたら狂ってしまうだろう。だから人々は狂気に任せてビルを建てたのだ。


 3日間ほどバスに乗って辺獄の中心に辿り着く。そこには僕の全てを託したものがあった。電車である。

 どうやら地獄ではリニアモーターカーが実用化されているらしく、僕らはそれに乗り、地獄の最高裁判所と呼ばれる場所を目指す。

 1週間街中を走り、そして3週間川の上を走るのだ。


 その間僕らは互いの人生を語らった。

 どうやら彼女は大学受験に失敗し、一念発起を目指して藝大を目指したがそれも失敗、最後に今度こそはと女優を目指し芸能界へ。

 だが優しい彼女が芸能界という蠱毒の勝者を集めた所で生きて行ける筈もなく金銭を浪費するだけだった。

 そして借金返済の為水商売をするしかなくなり、そこでホストにハマってしまったらしい。


 「嬉しかったんだよ。嘘だって分かってたけど、ドン底の時に言われたら縋っちゃうよ。」


 "寄るべのない者に施しをするのは、主に貸すことだ。主がその善行に報いてくださる"


 これを聞いて最初に弱者商売にしようと思い立った奴は悪魔的な天才だな。本当に地獄に堕ちるべきだ。


 「貴方の人生はどうだった?トカ。」


 車窓に映る湖のような川を眺める。この川、まるで僕の人生みたいだ。

 春風に揺られて春濤をつくる訳でもなく、晴嵐の中に高波をつくる訳でもない。かといって燦々と煌めく太陽によって干上がる訳でも、猛烈で激甚な豪雨によって氾濫が起きるわけでもなかった。


 「良いことも悪いこともなかったな。ただ、中途半端だったと思う。」


 人並みに恋愛と勉強をして、人並みの大学に入った。

 不幸があるとすれば僕はそれを幸せだとは感じれなかったことだろう。

 なにせ僕は中途半端に頭が良くて、その癖評論家気質なもんだからクリエイティビティな思考の全てを冷笑していたのだ。

 その結果僕は自分のしたいことさえできずに、あまつさえ自分のしたいことさえわからなくなった。

 なんで自分が生きているのか、なんで自分が仕事をしているのか分からなくなったのだ。

 つり、己の人生に対してニヒリズムを感じてしまったのだ。


 「頭デッカチの童貞って感じするね。」


 彼女は僕のしょうもない人生にくすっと笑った。


 「酷いな、僕だって結構頑張ってはきたんだけどな。その全てが徒労で、無意味だっただけで。」


 「無意味なんかじゃないよ。少なくとも私をくすっと笑わせた。」


 その言葉にほんの少しだけ僕は救われた気がする

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