4.

 まさか合コンに解決パートがあるなんて思いもしなかった。ミステリ小説じゃあるまいし。


 だけどもしかしたら、これが一般的な合コンなのかもしれない。だとすれば遠藤さんも知らなかったことになる。合コンは奥が深い。


「今から、サラダを取り分けようと思います」


 あらためて、僕は宣言した。

 すると間髪入れずに反応する声。ルミさんだ。


「いやいや、だからそれは私がやるって」

「そう、それです」

「え?」


 返す刀で、僕は言った。


「それ……って?」

「はい。今回の合コン、僕を含めてみなさん、自分がサラダを取り分けようと名乗り出ています。それも譲る姿勢を見せずに。でも、おかしくないですか? 親切心だけでそこまで頑なになるでしょうか」

「それは……」


 ルミさんは黙る。他の四人も特に言葉を発しなかった。


「だから僕は考えました。みんなそれぞれ、サラダを取り分けたい理由があるんじゃないかって。

 ――その理由を、今から解き明かしたいと思います」


 さて、解決パートのはじまりだ。


「まず、僕の理由を言います。僕は正直に言って……この合コンでいい印象を持たれたいからでした」


 打ち明けてしまえば意味がないのだが、こうなっては致し方ない。


「そんなのよくあることじゃね? 他のみんなもそんなかんじの理由なんじゃないのか?」

「いいえ、違います西河先輩。むしろみなさんはもっと強くて、明確な理由があった。だからこそ譲れなかったんです」


 そう、譲れない理由が。だからこそここまで膠着してしまったのだ。


 僕はひとつずつ、それを紐解いていくことにする。


「熊谷さん」

「お、俺?」

「熊谷さんは――トマトが嫌いですね?」

「なっ」


 驚いた表情を見せるが、かまわずに続ける。


「あなたの理由が一番簡単でした。だって、後から出てきたチキンのトマト煮込み、熊谷さんだけ食べてないですから」


 視線をテーブルの中央に向ける。そこに置かれた料理は、最初こそ人数分あったが、今や残っているのはひとつだけ。食べていないのは、熊谷さんだけだ。


「言っただろ? 俺は腹いっぱいだって。だから食べなかっただけで」

「いいえ。熊谷さんはそれまで出てきた料理はすぐに手を伸ばしていました。実際、四品目の西京焼きはすぐに食べているのに、これだけは手つかず。不自然です」


 そして真っ先に離脱を表明した際には、サラダは食べないとも言っていた。つまりは、満腹にかこつけてトマトの入ったサラダを食べないで済まそう、と考えていたからだろう。


「……そうだよ。俺はトマトが大の苦手だ」


 やがて、熊谷さんは観念するかのように肩を落として白状した。


「この歳になってトマトが食べられないとか子どもっぽすぎするだろ? だから言いたくなくて、サラダを自分で取り分けてこっそり自分の皿にだけトマトを入れないようにって思ってたんだよ」


 よし、まずは一人目の推理は当たった。次は……。


「おー、やるじゃん篠原君。名探偵ってやつー? それならウチの理由もわかってたりするのー?」

「そうですね。みちょさんは……誰も手をつけてない状態の料理を食べたかった、とかじゃないですか?」

「おおー。その心は?」

「あれ? と思ったのはさっきトイレから戻ってきた時です。みちょさん、自前の除菌シートで手だけじゃなくて箸も拭いてましたよね」


 そして、今回のコース料理は焼き魚にチキンと、ひとり一つずつの料理ばかりだった。ただひとつ、サラダを除いて。だからみちょさんは、誰も触れていない状態でサラダをとりたかった。


「せいかーい。ウチは潔癖症なところがあってさー。こういう取り分ける料理って、歳上から順番に渡していくじゃん? ってなると必然的にルミか西河さんになっちゃうからさー。だから自分で取り分けて、最初のやつを選びたかったってわけ」


 予想通りだった。

 ともあれ、これで残るは三人だ。ここからスピードを上げていく。


「次は……ルミさんと西河先輩のお二人です」

「えっ」

「俺たち?」

「はい。西河先輩……あなたはもしかして気づいていたんじゃないですか? ルミさんがサラダを取り分ける際に何かしようとしていることを」

「……!」

「だからそれを阻止するために、自分が立候補した」


 だからトイレに立った際も、ひと際ピリピリした雰囲気を放っていたのだ。


 僕が二人の返答を待っていると、先に口を開いたのは西河先輩だった。


「そうだよ。こいつが取り分けるって言い出した瞬間、ピンときたんだ。今までそんな殊勝なこと言ったことなかったからな。だから――」

「それは! あんたが悪いんじゃない!」


 だが、ルミさんによって遮られる。


「あんた、急に私のこと振ったと思ったら、急に『合コンしたいからメンバー集めてくれ』だなんて……」

「それは、お前……」


 言葉を詰まらせる西河先輩。


 どうやら二人は交際していたにもかかわらず、西河先輩が合コンのセッティングをお願いしてきた。それに腹を立てたルミさんは、この場で仕返しをしようと考えた、というわけか。


「それに私、知ってるんだから。こいつ、他の女の子とも遊んだりしてるって。バカにしないでよ。だからこれをこいつの皿に入れたぞって脅して、ちょっと懲らしめてやろうと思ったの……」


 言って、彼女は小さな袋をテーブルの上に置く。そのラベルは……粉末タイプの整腸剤。いわゆる下剤というやつだった。


「そうだったんですね……」

「まーこれはさすがに西河さんが悪いなー」

「俺も同感」

「お、おいお前ら」


 みちょさん、熊谷さんがうんうんと頷く。それからジロリとにらむルミさん。西河先輩は四面楚歌だった。

 合コンに誘ってくれた手前、フォローしたい気持ちもないではなかったが、今はそれよりも優先すべきことがある。


「そして最後に……潮見さん」


 言って、僕は前方へと向き直る。合コンがスタートした時に戻るように。


 最後に残った彼女の理由。それを明らかにしないことには、この合コンは終われない。


「篠原、くん……」


 三つ編み姿の女の子は、緊張した面持ちで僕の方を見る。

 そんな彼女に、僕は正直な考えを告げた。


「潮見さんの理由は……わからなかった」

「え……?」


 そう。彼女の理由だけが、わからなかった。他の人は仕草から推理することができたけど、潮見さんだけはいくら考えても答えにたどりつけなかった。


「だからよかったら、教えてくれないかな。潮見さんがサラダを取り分けたがる理由を」


 なので、僕はまっすぐ彼女の目を見て、訊く。

 僕の問いに彼女は数秒の迷いを見せながら、やがて答えた。


「実は……篠原くんと同じ、なの……」

「へ?」


 同じ?


「わ、私も今日が合コン初めてで、その……ちゃんとしなきゃって思って。いろいろ調べてたら、サラダを取り分けられる女子がいいってアドバイスが書いてあったから……」

「う、うん」

「でもみんなもやろうとするから、私も引き下がれなくなって……」

「な……なあんだ、そうだったんだ」


 彼女の答えを聞いた僕は、脱力して胸をなでおろす。他の人のこともあるし、いったいどんな理由があるのだろうと思っていたら、まさか一周まわって僕と同じだったなんて。


「あははは。もー、潮見ちゃんってば、かわいいところあるなー」

「え、え。そうですか?」


 みちょさんが大きな声で笑い、続けて彼女は提案する。


「それならここはー、潮見ちゃんに取り分けてもらうのでいいんじゃない?」

「い、いいんですか?」

「もっちろん。あ、でもウチは最初に取り分けたやつがいいかもー」

「で、でも他のみなさんは」


 潮見さんがおどおどしながら周囲を見るとルミさんも大きく頷く。


「いーっていーって。こいつとは、後で個人的に話をしとくからさ」


 そう賛同するルミさんは、いつの間にか西河先輩の隣に移動していて羽交い絞めにしていた。西河先輩は「うぐ」と喉が詰まったような声しか出せていなかったが、異論はないだろう。

 熊谷さんも「俺も異議なーし」と挙手する。


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」


 そこから潮見さんは丁寧な手つきでサラダを六等分に取り分けた。もちろん、順番はみちょさんを最初に。熊谷さんに渡すものにはトマトを抜いて。


「はい。篠原くんの分。ドレッシング、残ったのぜんぶかけちゃってもいい?」

「ありがとう。いいよ、残したらもったいないもんね」


 そして最後に、目を細めながら僕に手渡してくれた。心なしか、たくさん入れてくれているような気がした。この状況を打破してくれたご褒美ってところかな。ありがたく受け取っておこう。


「それじゃあ順番が逆になったけど、みんなでサラダを食べるとしますか!」


 まるで乾杯をするかのように取り皿を掲げてから、僕らはサラダを食べ始める。


「うまっ」

「ほんとだ、おいしー。これならもっと早く食べてればよかったねー」


 聞こえてくる感想は異口同音。僕も「いただきます」と手を合わせてからひと口。


 うん。たしかに美味しい。野菜のシャキシャキ感だけじゃなくて、添えられた生ハムの程よい塩気。パプリカの食感はアクセントとなり、トマトの酸味がほどよい。


 それから、ドレッシング。これもまた絶品だ。舌の上で踊り、飲み込めば身体が熱くなる。まるで血液が循環するように、僕の身体を巡っていく。


 嗚呼。なんて美味しいんだ。遠藤さんに会うことがあったら、合コンのサラダって奥深い味がするとしますよって教えてあげよう。


 それはともかく。今日の合コン、来てよかった――。


 そんな感想で、僕の初合コンは締めくくられた。

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