3.
頭の中を駆け巡っていたのは、いつか遠藤さんから聞いたセリフだった。
『合コンは戦いなんだ。非情な勝負の世界だ。引いたら負けってことなんだぜ』
それを言われた時は、まさかそんな大げさな、と内心笑っていた。
だけど今日、遠藤さんの言葉は正しかったんだと身をもって実感していた。
ただ一点、思いもよらなかったことがあるとすれば、
「お次のお料理でえす。季節の魚の西京焼きになりまあす」
「ありがとうございます。うわー美味しそう。じゃあサラダと一緒に私が取り分けるね」
「いやいや、大丈夫だって。取り分けるなら俺がやるから」
戦いの中心にあるのが、サラダだということだ。
店員が持ってきたのはこれで四品目。全部で七品のコースなので、合コンも後半戦に突入したということになる。
みんなお酒も入って(僕と潮見さんを除く)会話も盛り上がっている。だけどそれぞれの目は光っていた。鋭い眼光が、テーブル中央で未だ手つかずの状態で鎮座するサラダへと注がれていた。
そして無論、その視線の中には僕も含まれているわけで。
……誰ひとりとして譲らない、か。
六人全員がサラダを取り分けると名乗りを上げて、そこからは平行線だった。お約束ギャグなら最後に手を挙げた人に「どうぞどうぞ」となるが、そうもならず。
「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
たとえば、西河先輩がそう言って立ち上がった時も。
「あ、俺がいないからってサラダ取り分けるなよ。俺がやるんだから」
「はいはい、わかってるわよ。だからって取り分ける役を譲るつもりはないけど」
釘をさす西河先輩に、ルミさんが返す。楽しい会話も、サラダの話題となると途端に緊張が走っていた。
他にも、熊谷さんの提案で「ひとりずつ誰かを選んで、最も票を集めた人が取り分けるのはどうか」という指名ゲームみたいなものもやってみたが、見事に票がばらけてうまくいかなかった。
そこまで固執するほど、サラダの取り分けっていうのは絶大な効果を発揮するものなのか。さすが遠藤さん、そこまでわかったうえで僕にアドバイスをしてくれたってことか。もし今度会うことがあったらお礼を言わないと。
であればなおさら、サラダを取り分ける役目を譲るわけにはいかない。おそらくこの合コンで最も遅れをとっているのは僕に違いないのだ。陰キャだし。
「お待たせしましたあ。チキンのトマト煮込みになりまあす」
そうこうしているうちに五品目。もう終盤が近い。
でもさっきの指名ゲームでも決着がつかなかったし、どうしたものか……。
「ふー、もう女子の誰かが取り分けるのでよくない?」
と、膠着状態を破る声が聞こえた。熊谷さんだった。
熊谷さんは四品目の焼き魚をぺろりと食べ終えてから続ける。
「このままだと誰も食べずにサラダを残しちゃうことになるだろ? それはさすがにもったいないしなあ。あ、俺はもうお腹いっぱいだから五人で分けてもらっていいよ」
たしかに一理あった。このままにらみ合いを続けていてもいいことはない。サラダだって時間が経過して乾いてきているようにも見える。
でも……急に態度を変えるなんてどうしたんだろう。
もしかしてサラダの取り分けを諦める、つまりは今回の合コンを諦めたってことなのか?
「ただいまー。ってどうしたのー?」
そこへトイレに立っていたみちょさんが戻ってくる。彼女は持参した除菌シートで手と箸を拭きながら会話に参加した。
「もしかして、誰かリタイアしたとかー?」
「その通りだよ。熊谷が、自分はサラダいらないから女子の誰かが五人分取り分けたらって言い出したんだよ」
西河先輩が補足する。みちょさんのことだから「やったー、これでひとり脱落だー」なんて言うのかと思っていたら、
「あー、それならウチもいいかなー」
え?
「ウチもけっこう食べちゃったし、残ったみんなで分けてもらっていいよー」
熊谷さんに続いて……みちょさんもここで降りるだって?
言ってること自体は何らおかしくはない。少食なら食べきれずに譲るのも頷ける。
でも、あれだけ自分が取り分けることに固執していたのに……。
もしかして、僕が知らないだけで合コンの作法的なものが他にあったりするってことなのか? 後半になったら取り分けるのを辞退するのがいい、とか?
でもそれなら他の人たちも辞退しなきゃ辻褄が合わないし……ああもう、どうなってるんだ!
教えてくれ、合コン百戦錬磨の遠藤さん――。
……いや、待てよ?
そこまで考えたところで、僕の胸のあたりにもやっとしたものが生まれた。
そうだ。遠藤さんは百戦錬磨じゃないんだった。
だとすれば、原点に立ち帰って思考してみるべきじゃないのか。
そう。まずたとえば……遠藤さんのアドバイスが絶対に正ではない、とすれば。
「…………」
瞬間、僕の脳内が活性化する。ありとあらゆる情報が駆け巡る。
揺るぎないのは、この部屋でみんながとった行動。それだけを正しいものとして、現状を整理していくと――
「あの……篠原、君?」
「……そっか」
そういうことだったのか。
気がつけば、心配そうに潮見さんがこちらを見ていた。
だが、もう大丈夫だ。
「みなさん、すべてわかりました」
その場にいる人たちに宣言するように、僕は言う。
「――今から、サラダを取り分けようと思います」
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