2.

「かんぱーい!」


 居酒屋の個室内に響くのは、陽気な声とグラスがぶつかり合う音。それが合コン開始の合図だった。


「ぷはー。久しぶりのビール、うめー」

「嘘つけよ西河にしかわ。お前この間のゼミ打ち上げでも飲んでたじゃねえか」


 僕の隣に座る男性陣――西河先輩と熊谷くまがいさんの会話で笑いに包まれる。おかげで和やかな雰囲気でのすべり出しだった。


 こうして僕が記念すべき初合コンに参加しているのは、西河先輩の誘いがあったからだ。

 大学に入学して、ボランティアサークルに入って、さあ女の子とハッピーキャンパスライフを、と息巻いていたものの、何の成果も得られず一年が経過。当たり前だ、教室の隅でミステリ小説ばっかり読んでいたような陰キャが、大学生になったからといって急に陽キャになれるわけがない。


 そんな意気消沈した僕を見かねたのか、先輩は声をかけてくれて、今日に至っていた。


「篠原君、今日が合コン初めてなんだってね。西河みたいに遊んでばかりにならないよう気をつけなよ?」


 対角線上に座る女性が亜麻色のロングヘアを揺らしながら笑う。名前はたしかルミさん。

 すかさず対面の西河先輩が「後半のは余計だろー」とツッコミを入れた。二人は昔から友達らしく、今回の合コンも二人がそれぞれメンバーを集めたとのことだった。


「でもそのわりには、ウチにはあんまり緊張してないように見えるけどなー? もしかしてウソついてたりー?」

「そっ、そんなことないですよ」


 今度は僕の斜め前からカシスオレンジ片手に揶揄からかうような声。ルミさんと同じバイトをしているという「みちょ」さんだ。この人がいちばん陽キャっぽくて僕とは縁遠い人種な気がする。金髪ショートヘアだし。


「今でもめっちゃ緊張してますってば。もし緊張してないように見えるとしたら、それは潮見しおみさんがいるおかげですよ」


 言って、僕は正面に座る女子に話を振る。

 そこにいるのは黒髪三つ編みの大人しそうな女性。名は潮見さん。


 彼女こそが僕にとって、この部屋における唯一無二の安心材料だった。


「知ってる人がいるといないじゃ大違いですし。ね、潮見さん」

「えっ? あ、うん。私も、篠原くんがいるって思わなくてびっくりしちゃった」


 彼女は僕と同じサークルに所属する同級生だった。聞けば、バイト先でルミさんに誘われ、今回の合コンに参加することになったんだとか。僕よりも内向的、というかおどおどした性格なところも、僕に余裕を生ませてくれた。


 というわけで、今日は三対三の形での合コンだった。


 ちなみに補足しておくと、緊張がほぐれたのはアルコールが入ったおかげというわけではない。僕と潮見さんが飲んでいるのはウーロン茶だ。

 まあそもそも、僕はそもそも匂いを嗅いだだけで酔ってしまうので、仮に成人しても飲めないわけだが。「この店、ドリンクも食べ物もお酒にこだわりあるのにもったいないなあ」なんて西河先輩が残念がっていたけど、致し方あるまい。たぶん潮見さんもお酒があまり得意ではないんだろう。


 ともあれ、ルミさん、みちょさんに、それから潮見さん、ね。


 僕はあらためて顔と名前、それから自己紹介で言っていた情報をインプットする。男性陣の情報? そんなにたくさん頭には入らない。せいぜい熊谷さんが西河先輩のゼミ仲間ってことくらいか。


 さてと。自己紹介も済んで、乾杯も終わった。


 あとは……サラダを取り分けるだけだ。


『手っ取り早く女子の好感度を上げる方法。それはサラダを取り分けることだよ』


 遠藤さんの言葉を脳内で反芻する。陰キャの僕が見た目やコミュ力で好感度を上げられるとは思わない。なら残された道は、アドバイスの通りにサラダを取り分ける以外にない。


「お待たせしましたあー。一品目のオリジナルサラダになりまあす」


 すると、店員が引き戸を開けてやって来る。彼は慣れた手つきでサラダの乗った大皿をテーブルの中央に置いた。


 きた!


「ええっとお、当店のサラダは食材にこだわってましてぇ、有機野菜、それからドレッシングには風味づけとしてえ――」


 店員の言う通り、サラダは彩りに富んでいた。レタスやと水菜といった葉物に加えて、パプリカやトマト。野菜だけで飽きがこないように所々に生ハムやクルトンが添えられている。

 そして大皿の隣にはドレッシングの入った器。こだわりがあるという店員の言葉通り、どこか甘さのある果実のような独特の香りが鼻腔を通り抜けた。


「では、ごゆっくりい」


 口上を終えた店員が去っていき、引き戸が閉まる。


「僕、サラダ取り分けますね」


 瞬間、僕は先手必勝とばかりに声を上げた。同時にトングへと手を伸ばす。

 やった、これでこの合コンでの勝利は約束された。


 ――はずだったのだが、


「い、いえ。私がやります」


 対面からのそんな声で、僕の動きは制止することとなった。潮見さんだった。

 大人しい彼女が自発的に言ったのには驚いたが、別におかしくはない。自分もこの中では年下だし、自分がやります――そういう意図での発言なのだろう。

 だが、


「二人ともいいって。こういうのは年上に任せておきなよ」


 次に聞こえてきたのは、ルミさんの声だった。

 そして声はそれだけに留まらなかった。


「いやいや。俺がやるからいいよ、みんな座ってて」

「その通りだ。女性陣にさせるわけにはいかないからな。というわけでここは俺が」


 熊谷さんがそう言った直後、かぶせるように西河先輩が言う。ちょっと待ってくれ。


「みんな気を遣いすぎー。ウチがいちばんサラダに近いし、ウチがやるってばー」


 仕舞いにはみちょさんまで。その状況に、僕は緊張とはまったく別の意味で身体が固まってしまう。


「な……」


 なんで全員、サラダを取り分けようとするんだ?

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