第4話 異世界の砂漠
「姉さん、お帰りなさい」
わたしの姿を見た弟は手帳から顔を上げるとニッコリ笑い、わたしも笑顔で頭を下げました。
「ただいま戻りました」
「あちらの世界の用事はお済みになりましたか?」
「済みました。ウッディとレインのようすはどうですか?」
「二人とも元気です」
「よかった。ではあとはわたしが引き継ぎます」
わたしは弟から手帳を受け取り、そこに
「砂漠地帯を見聞してください」
と書きました。
「『砂漠に行け』なんて客はなに考えてんだ?」
いつものように相棒ウッディの左肩に腰かけた妖精レインが、日傘を手にぼやきます。
「サンドドラゴン貸してもらえたのはラッキーだけど、砂漠なんて見るもんねえぞ。わざわざ書記官を派遣しなくても……おめえさっきからなに見てんだ?」
ウッディは大きな帽子をかぶり、手綱を手に全長三メートルほどの小さなドラゴンにまたがっていました。
「手帳の文字」
手帳から顔を上げずにウッディが答えます。
「たぶんお客さんが変わった」
「客が変わった?」
「うん。昨日手帳に送られてきた文字は女の人が書いてる。字がやさしいもん。今までは男だった」
「どれどれ」
とレインが手帳を覗き込もうとしたときです。
「貝殻だ」
ウッディが砂漠の砂を指さします。
白い貝殻が、砂から顔を出しています。
「なんでこんなところに貝殻が?」
「そりゃここがむかし海だったからさ」
レインはサンドドラゴンの鼻先に降り立ちました。
「貝殻だけじゃねえ。海の遺物はここらへんにたくさんある。たとえば……」
レインはそこで黙り込みました。
コーラスが聞こえたのです。
一日の始まりと終わりに聞こえるあの神秘的なコーラスと異なる、もっと魅惑的で官能的な女性のコーラスです。
「きれいだ……」
ウッディがうっとりつぶやきます。
ウッディの視線の先に、十数人の女性がいました。
全員金色の髪を長く伸ばした美しい女性です。
女性たちは地面に根をはる植物のように、砂から上半身だけ出していました。
太陽の陽射しを浴びた乳房がキラキラ輝きます。
女性たちはみんなウッディとレインに笑顔を向け、歌を歌いました。
ウッディは今にも涎を垂らしそうです。
そのとき
「な、なに!?」
ウッディは悲鳴をあげました。
突然サンドドラゴンが奇声をあげ走り出したのです。
「あれも海の遺物、人魚だ」
「人魚?」
レインの言葉を聞いたウッディが振り返ります。
するとさっきまで笑顔だった人魚たちが牙を剥き出し、鬼の形相で追ってくるではありませんか!
「あわわ」
「人魚の餌は今もむかしも人間だ」
人魚たちは砂に潜り、砂から飛びはねサンドドラゴンを追ってきました。
まさに砂漠を泳いでいるのです。
飛びはねるたび人魚の下半身、尻尾の鱗が宝石のように輝きます。
「追いつかれる! レインの魔法で追い払ってよ!」
「相手が速すぎて無理」
サンドドラゴンの尻尾に立ち、レインはあっかんべーをしました。
「やーい音痴なババアども、追いついてみろ! うわっと」
レインはひっくり返りました。
一人の人魚の舌が長く伸び、レインの小さい体に巻きついたのです。
「こんちくしょう!」
レインは必死にドラゴンの尻尾にしがみつきました。
「レイン!」
「止まるな走り続けろ!」
と叫ぶレインの全身が影に覆われました。
レインに舌を巻きつけた人魚が、砂から飛び上がったのです。
(あ~こりゃだめだ)
レインがのんきに覚悟を決めたそのとき、今度はサンドドラゴンの全身が、黒い影に覆われました。
「あれは!?」
ウッディは仰天しました。
サンドドラゴンの背後で、突如砂漠が爆発したのです。
砂の中からあらわれたのは、巨大な触手です。
触手はレインに舌を巻きつけた人魚を捕らえました。
「クラーケンだ!」
解放されたレインが叫びます。
「こいつも海の遺物だ!」
触手は捕らえた人魚を砂の中に引きずり込みました。
ほかの人魚はキーキー甲高い悲鳴をあげて逃げ惑い、それを八本の触手が逃がすまいと追いかけます。
「おい今のうちに逃げるぞ!」
「はっ!」
ウッディに発破をかけられ、サンドドラゴンは逃げ足を速めました。
「やれやれ助かった。なあウッディ! 新しいお客さん一発目から無茶な注文しすぎだぜ。今度依頼があったら断らねえか?」
「断らないよ! だっておもしろいもん!」
ウッディの顔は命がけの冒険の余韻に輝いています。
「おもしれえか。そんなら断れねえな」
レインはぼやきながら振り返りました。
クラーケンが撒き散らす血飛沫に、きれいな虹がかかっていました。
ウッディとレイン 森新児 @morisinji
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