自分信者の昼休み
@Ganonnn
自分信者の昼休み
自分信者は昼寝をしない。訳を聞いたら「教義に反しているから」らしい。「夜に寝るのは?」と聞いたら「それは教義で言及されてない」らしい。たしかに彼女が昼休みに寝ているところは見たことがない。どうやら教義をしっかり守っているらしい。
私は昼寝については記されているのに睡眠については記されていない、その不思議な教典を空想しながら一口目を頬張る。パリッと親しんだ海苔の破裂音が味を底上げする。
「ちなみに自分信者は自分を甘やかすわけではありません」
「えっー! 違うの!?」
自分信者なんてのは、自身を甘やかすための方便かと思っていたがどうやら違うらしい。驚きに立ち上がってしまい思いっきり膝を机の裏にぶつけた。一瞬、彼女の弁当が宙に浮いて、着地した。
「じゃあ教義に厳しいことが書いてあってもちゃんと守るの?」
バレるとなんだか恥ずかしいので、痛覚ではなく味覚に集中させて座り直す。そして二口目を口にする。
「もちろん。信者だからね」
ママが見てたら「口に物入れてしゃべるな」と言われるかもしれないが、気になるものは気になるので口に手を当てて質問する。
「その教典の、最初は、どんななの?」
えーっと、と斜め右上を虚ろに眺めて話し出した。
「たしか、『自分信者たる者、自分を信じろ』」
「おぉ~、かっこいい……」
ふふん、と彼女は自慢げである。
「てか今あるよ」
そう言い、リュックから取り出されたのは、授業で使ってるような見慣れたB5のノートだった。表題には『自分教』と太いマジックペンでつけられていた。
「一番厳しいやつってどれ?」
唸りながらページを捲るのを横目に、おにぎりの残りを咥える。
「これかな」
指先が示している行を目で追うと、すっと入ってくる綺麗な字でこう書かれていた。
『2の1.自分がどれだけ惨めで笑いものでクソ野郎でも、それを言い訳にしてはならない』
頬に詰めた米を飲み込む。
「つまり……どういうこと?」
「つまりは、楽するなってことだね」
「うぇ、そりゃ厳しい」
まあね~、と鼻高々に、彼女はようやくその弁当を開けた。彼女の弁当はお母さんの愛が香ってくるくらい、いつも丁寧だ。今日は、米に乗ったたまごふりかけ、栄養バランスのためのブロッコリーやひじき煮、そして眩しい卵焼きと主役と言わんばかりの春巻きが鮮やかな定食を作り上げている。
その神々しい弁当を前に、なぜか彼女の箸は固まっていた。
「どうしたの?」と聞くと震え声が返ってきた。
「ねぇ、ひじきって食べれる……?」
たぶん、その質問は、彼女がひじき煮を食べられないことに他ならない。
「えっとそれは、教義に反しない?」
彼女はそっと、開いたままのノートの、先ほど示した最も厳しい教義の下の項を指差した。
『2の2.どんな状況にあろうと、ひじき煮を食べてはならない。』
「……どれだけ惨めで笑いものでも、今日はお母さんに言いなよ」
自分信者の昼休み @Ganonnn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます