第2話 バイト青年、多妖性に気付く
色々なヒトが来ている。多様性とでも言うべきものは、今回働くブースに辿り着いてからひしひしと感じていた。
農業に関わる企業が集まっていると言えども、両隣は全く違う物を売りにしていたのだから。向かって左側では鹿や猪、珍しい所ではハクビシン(!)のジビエやその毛皮で出来た小物などを展示していた。フリー素材か何かと思われる、可愛らしくデフォルメされた動物の顔の絵が、何となく不気味で空々しかった。
そして向かって右側では、何故かワクチンとか酵素の説明がパネルに何枚も記されていて、粗品として個包装のマスクとか分子記号と思しきけったいな形のキーホルダーとかが並べられていた。
何で農業でワクチン会社が出ているんだろうか。家畜向け、若しくは作物向けのワクチンという事なのだろうか。
「ほらほらバイト君。よそ見してないで粗品を並べるのを手伝ってくれないか」
「はーい」
自分よりも五、六歳ほど年上の男の人に言われ、僕は返事をした。
池田さんもそうだけど、どうやら僕に「バイト君」というあだ名をつけて、それで呼ぶつもりらしい。中々洒落っ気のあるあだ名だと思う。というのも、僕の本名は
ともあれ男性社員と共に粗品を並べる。僕とその人が並べた粗品は、小舟とか会社のマスコットキャラクターのフィギュアだった。どれも3Dプリンターで作った物らしい。何か木材っぽいやつもあったけど。
「梅宮君」
並べたフィギュアやアクキーなどの位置を調整していた社員さんが、改めて僕に声を掛ける。3Dプリンターのフィギュアはこの人が作ったんだろうなと思いながら、僕も返事した。
「もしもさ、他のブースが気になるのなら、後で見回ってみると良いよ。そのための時間もちゃんとあるからね。昼休憩の時とかさ。その時に話を聞いたり、気になるサンプルとかを貰ったり買ったりすると良いよ」
「良いんですか」
思いがけない言葉に、僕は思わず声を上げていた。
申し込んでおいてなんだけど、結構楽で緩いバイトなんだなと、僕は思い始めていたのだ。今までのバイトでは、軽作業という名の重労働だとかキッチンの裏方作業だとか、結構こき使われていたからかもしれない。
社員さんは笑いながら頷いた。笑いをこらえているように見えたのは、きっと気のせいだ。
「良いんだよ良いんだよ。僕たちだって同じ事をやってるんだもん。ましてや君は学生だろう。だったら尚更、ただただ設営に関わるだけじゃあなくて、他のブースも見学して、農業やその周辺でどんな事をやっているのか、勉強するのは良い事だと思うよ」
但し。一度思わせぶりに言葉を切ったかと思うと、もったいぶった様子で彼は言葉を続ける。
「見学したブースに関しての報告書を、まぁ簡単に言えば感想文の類を提出してもらうけどね。何、僕たちも同じ事はやってるよ。
まぁだけど、梅宮君は学生だからさ、同じものを見ても僕らと違った視点での意見が出てくるんじゃないかな。僕らとしては、そこも期待しているっていうのはあるかな」
「そ、そうですか……」
社員さんの言葉に、僕は少しぼんやりしてしまった。最初はフワフワほのぼのとした雰囲気の場所かと思ったけれど、やはり会社は会社なのだと思い知らされた。
※
「はーい。それでは9番のくじを引かれた方はこちらのコースターが景品です」
「ありがとうお兄さん。このコースターもコルク調で落ち着いた感じがして、良いですよね」
「ええ。本当にお洒落で良いですよね」
接客対応は、特に問題なく進める事が出来た。僕が接客に慣れているというのもあるけれど、やはりお客さんもお行儀の良い人が多いからというのも大きかった。その辺は、ある意味喫茶店の接客とかとは違うのかもしれない。
お行儀の良いお客さんの相手をしているから、そう言う意味では精神的にも余裕は出来ていたのだと思う。
だからという訳じゃあないんだけど、僕はある事に気付いてしまった――お客さんの中には、何故か尻尾らしきものを生やしているヒトがいるという事に。
尻尾だけじゃあない。季節外れのマフラーかと思ったら、首周りにフワフワした羽毛が生えているように見えるヒトもいた。手指の先が鉤爪っぽく見えるヒトも、角っぽいものがあるヒトもだ。
新手のコスプレだろうかとも思いはした。しかしその割には、誰も何も言わない。当人だって涼しい顔だった。だから僕は、目の錯覚か幻覚の類なのだろうかと思った。視力には自信があるのに。
「……と君、バイト君。どうしたの、ぼうっとしちゃっているけれど」
ハッとして視線を上げると、池田さんとばっちり目が合った。彼女には尻尾も羽毛も角も鉤爪も無い。
「池田さんには、尻尾とか角とかは無くって、普通の人間なんですね」
「え?」
しまった。不思議そうに首をかしげる池田さんを見て、僕は失言してしまったのだと悟った。普通の人間なんて言い方は失礼じゃあないか。きっと派遣会社に池田さんはクレームを入れるに違いない。
そんな考えが頭の中でグルグルと渦巻く中で、当の池田さんはあっけらかんとした笑みを浮かべるだけだった。
「うん。私は普通の人間よ。ただ、最初に言ったとおり、このイベントでは色々なヒトが来ているからね。それこそ、人間じゃあないヒトもいるのよ」
人間じゃあないヒトというのは、所謂妖怪の類であるらしい。お弁当のおかずに何が入っているのかを語るかのように、池田さんはとんでもない事を口にしていた。
僕も最初は驚きはした。だけど不思議な事に納得しつつあった。会場に到着してすぐに薄茶色の獣を見たのも、お客さんに尻尾とか羽が生えているように見えたのもそのためなのだろうか、と。
もっと言えば、会場には認識をあやふやにする仕掛けとかもあるらしい。妖怪とかに詳しくない人間が入って来ても、そんなものかと思わせるようにしているそうだ。
僕が思っていた以上に、妖怪というモノは人間の傍にいるらしい。恐ろしいと思ったり驚いたりした方が良いのかもしれないけれど、そんなものなのかもしれないと、僕は思い始めていた。これはきっと、認識阻害の仕掛けのせいだろう。
魑魅魍魎の農業イベント 斑猫 @hanmyou
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