魑魅魍魎の農業イベント

斑猫

第1話 くじの景品は電農造形

 農業は人間の専売特許ではない。生物学に少し詳しい者ならば、アリがアリマキを育てている事や、ハキリアリがある種のキノコを栽培し、自身の食料にしている事を思い出すだろう。

 だが、農業を行っているのは、一部の小さな蟲たちだけではない。

 時に人の世に紛れ、時に人とは異なる挙動を見せる異形の者たちもまた、農業を嗜むのだ。


 派遣登録の単発バイトは、中々に便利な物だと思っている。その店舗や企業に縛られている普通のバイトとは違って、同じ所でずっと働き続ける必要はないからだ。後腐れなく、しかも働きたいときに働けるスタイルは、気ままな学生である僕にぴったりだった。

 それに色々な職場で働くという事も、今後の就職活動にも活きるんじゃあないかと思っている。僕はまだ大学二年生だから、就職活動まではまだ余裕があるけれど。

 ともあれ、だ。空いた予定を産めるべく申し込んだものの、会場に辿り着くと面食らってしまった。イベントの設営とスタッフという事だったのだが、会場は公園の内部だった。しかも結構大きい公園の中だ。

 半ば戸惑いつつも、僕はスマホで申し込んだバイトについて今一度調べてみた。どうやら今回のイベントは農業関連の物らしい。それなら、まぁ自然公園が会場でもおかしくはないか。それに昼食も豪華だという事だから、今までやって来たバイトの中では割の良い方だとは思う。

 今一度、顔を上げて公園の景色を眺めた。鳩が重く気だるげな声で啼いている。街でもこの頃見かける青い鳥――名前は解らないが、雀よりも大きくて、鳩よりも小さな鳥だ――が、芝生の上をトコトコと歩いている。狐とか狸とかがひょっこり顔を出してもおかしくなさそうだ。

 そんな事を思っている僕の目の前を、薄茶色の獣が横切った。犬とか猫とは違う。細長くてイタチっぽい気もしたけれど……


「おっ! 君がアルバイト君だね!」


 薄茶色の獣が何なのか考え込んでいると、明るく元気のいい声が僕の耳に飛び込んできた。

 声をした方を見れば、懐っこい笑みを浮かべた女の人が、手を振りながら僕に呼びかけていた。多分僕よりも三つ四つほど年上だろう。全体的に明るく活発で、いかにも営業マンって感じがした。

 だけど上は派手なオレンジ色のつるつるしたジャンパーに下は黒いスラックスという、ラフなのかカジュアルなのかよく解らない服装だった。

 あれこれ考えているうちに、女の人は僕に近付いてきた。互いに軽く自己紹介を行った後に、仕事内容についての説明となった。ちなみに女の人は、池田さんというらしい。


「ま、今回の仕事もそんなに難しくはないかな。なんせ接客がメインだからね。それに君も、派遣として色々とバイトをこなしているみたいだし」


 履歴書と思しき資料と僕とを交互に見やりながら池田さんは告げた。一方の僕は、彼女から受け取った紙に目を通していた。彼女の職場についての説明と、出店しているブースで何を販売し出展しているかについての説明だった。

 ド文系なので難しい事は解らない。だけど今回のバイト先は、色々な物を手広く扱っている事だけは何となく解った。食用のキノコを販売したり、野菜くずを加工して家畜の飼料や生分解性プラスチックとやらを作ったりしているらしい。

 事業の説明が終わった所で、僕がどんな事をすればいいかについての話になった。商品とか取り組みの説明は、流石に社員の人がやってくれる運びになっている。ある意味外様とも言える僕が行うのは、景品や粗品をお客さんに渡す役割だった。希望するお客さんにはくじを引いてもらい、それで景品などを渡すという事らしい。

 僕が驚いたのは、景品の中には3Dプリンターで作った小物もあった事だ。廃棄野菜で作ったポストカードやキノコのアクキーなどと違って、農業っぽさはないじゃないか。


「3Dプリンターで作った小物まで、景品として用意しているんですね」


 3Dプリンターと言えば、ともかくハイテクでデジタルの最先端といった雰囲気である。どちらかと言えばアナログで自然と縁深い農業とは結び付かなかった。

 僕が不思議に思っていると、池田さんはふふんと鼻を鳴らした。小馬鹿にされたのか、と思う間もなく彼女は言葉を続ける。


「ほらほらバイト君。うちは生分解性プラスチックも作っているって言ったでしょ。3Dプリンターに使う材料なんかも作ってるのよ。だからそれで作った小物も、景品としてうってつけなのよ。まぁ本当は、技術担当が3Dプリンターを使いたくてはしゃいでいるってのもあるんだけどね」


 説明を受け、僕はほんのりと笑った。池田さんは更に言葉を続ける。


「それに農業がアナログだなんて考えちゃ駄目。ドローンとかデータ管理とか、デジタル技術だって入り込んでいるんだから」


 池田さんは言うと、斜め向かいを見るように告げる。確かにドローンを展示している企業があった。農薬散布にでも使うのだろうか。

 僕が別のブースを見ている間に、池田さんは言葉を紡ぐ。


「特にこのイベントでは、色々なヒトが出展しているからね。バイト君が思っている以上に、色々な物が出されているのも自然な事だよ」


 色々なヒト、という部分を池田さんは強調していた。何故そこを強調したのだろう。疑問に思う僕の頭の中に、あの薄茶色の獣の姿が浮き上がって来た。

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