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夜賀千速

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 おはよう、いい朝だね。見て、星が嘘みたいに綺麗だ。まだ深夜じゃんか、なんて心で突っ込んで、ほんの少しだけ幸せだと思う。イヤホンから流れる音楽が美しかった。泣きたくなって、やっぱりあんまり泣けなくて、薄いカルピスを喉に流し込んだ。十七才だね、おめでとう。自分の心にそう言って、毛布をかぶって苦しくなった。


 それはきっと美しいことで、そして苦しいことでもあるのだと思う。まだギリギリ子供でいられる、なんて思ったりなんかして、やっぱりちょっと嬉しいかもって目を瞑った。十五も十六も子供で、十八はもう大人で、だけど十七だけは美しい響きを放っていた。光の年齢、一生に一度だけの、わたしの十七才はまだ丸ごと一年残っている。美しいものが見たかった。


 美しい絵がかけない。美しい文章がかけない。美しい写真がとれない。美しい声でうたえない。美しい顔であるけない。美しいものを知っているのに、知っているから、苦しくなった。


 生きるたびに、自分のなかの色々な感覚が是正されていくような心地がした。綺麗に、綺麗に、道が正されていくようで。感性が研ぎ澄まされて、今まで縋っていたものに執着がなくなったり、今を楽しむようになったり。昔聴いていた曲が刺さらなくなったり、そういうことはいくつもあった。美しいものは美しく思えるけれど、けれど、と何度も思う。小説が書けなくなったな、なんて一過性の感情で焦りを感じたりする。だけどその数秒後に襲ってくるのはいつだって安心で、それが幸せに近づいたからだと気づく。下ろした髪とシャンプーの香りが少しくすぐったかった。


 小説を書ける人間ではないということが、長い時間をかけて分かった。わたしはわたしを表現するためだけに、不幸のような何かを残しておくためだけに、感情を流す方法として、文字を使っているだけだった。読書も小論文も嫌いだし、小説なんてめったに読まない。感情の整理がつかないと思う、幸せなときは幸せで、うん、それは素敵なことだよ、だけどその3秒後に死にたくなるのは、どうして、苦しくなるのはどうしたら直るのですか、一生直らないのですか、綺麗に生きたい、変な文章なんて書かずとも綺麗な人生を。


 感情の波が激しい、永遠に渦巻いているこの感情はどうすればよいのですか、ぐるぐる、ぐるぐる、思考の整理がつかないと思う、テスト期間なのに勉強してなくてやばいとか、どうせならポッキーの日に生まれたかったなとか、もうすぐ修学旅行だとか、寝不足だとか、お金がないとか、耳元で流れる音楽のこととか。あたたかいごはんがたべたいとか、ノートで流す好きな曲とか、はるか昔の苦い記憶とか、夏生まれの人ばかり好きになるとか、死にたいとか生きたいとか、そういうくだらないこととか、底知れぬ不安のこととか、もっとずっと深い絶望とか、幸せだとか不幸せだとか、大好きなあなたのこととか。


 なにもわからないけれど、なにもしらないけれど、世界の全てが目の前にあるようにも思えて、すぐに心が痛くなる。世界の愛し方を忘れてはいけない、と強く思う。すぐ幸せだとか思ったり、すぐ死にたいだとか思ってしまう。感情はそのままでいいよ、どうせ美しいものでも何でもないんだから。永遠じゃないよ、全部全部、光も影も。わたしはわたしを描いていかないといけないの。


 暗い道でも、あなたが好きだと言ってくれた場所だから、歩いていきます、きっと光が降るでしょう、降らない日もあるでしょう、俯いているくらいがちょうどいいと、イヤホンから流れる音楽が言います、わたしは今日十七才になったよ。


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17 夜賀千速 @ChihayaYoruga39

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