死亡フラグ
櫻庭ぬる
このアプリ知ってる人いませんか?
――ピコン。
短い電子音と共に、スマホの画面が光る。
今日は休みだけど、一日課題をしようと机に向かっていたアイは、端に置いていたスマホに目をやった。
<11月12日 16:36 赤い服を着る。>
「ん?何これ?」
興味本位でいろんなアプリを入れるものだから、しょっちゅうよくわからない通知が来る。
今は面倒なので、通知設定をOFFにせず、とりあえずスワイプして画面から消した。
赤い服といえば、先日買ったばっかりの赤い服があるなぁとアイは思った。
目立つ色だが、黒いボトムスと合わせたらかっこいいコーディネートになると、着るのが楽しみだった。
本当だったらそれを着て夕方から出かけたかったのだが、課題が終わりそうもない。
「集中集中」
ひとりごとを言いながら課題に取り組む。
その日の夜。
寝る前にベッドで動画サイトを見ていると、タイトルにこの地域の名前が入っているニュース動画が上がっていた。
知っている街並みを背景に、“女性刺殺”の文字。
よくある事件だが、自分の生活圏だからだろうか。妙に「刺殺」の言葉が過激に思えた。
アイは少しのわくわくとドキドキと共に、サムネイルをタップする。
「本日、午後四時半頃、○○市○○町で女性が刺される事件が発生しました。犯人はすぐに取り押さえられましたが、女性とは面識がなく、誰でも良かった。目についたから狙った、と供述しています。(通報した人)突然男が、赤い服を来た女性に向かって走り出して切りつけたんですよ。まさかこんな場所でこんな事件が起きるなんて…」
現場でマイクを持つアナウンサーや、通報したおじさんが立つのはいつもアイが通る場所だ。買い物をするのも、大学に行くのもここを通る。
まさしく、「まさかこんな場所でこんな事件が起きるなんて…」である。
「16時半…赤い服…」
アイはさっきの通知を思い出した。
あれって、ニュースアプリの通知だったのかな。でも課題をし始めた時だから、事件が起きる前だったはず…。
なんのアプリだったんだろう。
気になりだしてアプリの一覧を眺めてみたが、どれだったかわからない。
こうしてみても、アイコンだけではなんのアプリかわからないものまで入っている。
通知の設定がONになっているのであれば、また通知がくるかもしれない。
その時にアプリを開いてみよう。
そうして、その日は眠った。
--------------------------
次に通知が来たのは、それから3日程経ったときだった。
――ピコン。
短い音とともに、画面の上部に簡潔な文字が表示される。
<11月15日 15:13 スーパー○○の前を通る>
これだ。とすぐにわかった。
今回はスワイプしない。
通知の左端には、赤い丸の中に黒い旗のマークが描かれている。これがアプリのアイコンなのだろう。
アイは通知をタップする。
すると、アプリが画面いっぱいに表示された。
「【死亡フラグ】…?」
アプリの上部には、そう描かれていた。
真っ黒な画面に、文字が並ぶ。
「最新のフラグ 11月15日 15:13 スーパー○○の前を通る」と、画面に大きく表示されている。その下に『過去のフラグ』とある。
文字をタップすると、〈11月12日 16:36 赤い服を着る。 回避〉と1行だけ書かれてあった。
「なにこれ…。」
アプリの名前からして、「11月12日 16:36 赤い服を着る。」は回避された、ということだろう。
そして、次のフラグが「11月15日 15:13 スーパー○○の前を通る」。
いやいや。アイは一人頭を振る。
つじつまが合うように考えればシンプルにそういうことなんだろうけど、そもそもこれはなんなのって話でしょ。
”フラグ”は適当?ランダム表示?
なぜ前回の“フラグ”は当たったの?たまたま?
今回のフラグは…?
3日前は課題をしていたから、赤い服を着てあそこを通らずに済んだ。
「誰でも良かった。目についたから狙った」という犯人の供述が頭をかすめる。
でも、もし課題が予定より早く終わっていたら…。
そう思うと、ぞっとした。
アイは、アプリ【死亡フラグ】に書かれた「スーパー○○」に行くことにした。
でも15:13は避ける。15:30頃に着くようにすれば、”何か”が起きたあとかもしれない。
時間が近づくと、アイは身支度をして家を出た。
歩きながら、周囲には細心の注意を配る。
15:13になるときは、すごくドキドキした。
刃物を振り回す人に出くわすかもしれない。
やはり外出しなければよかったかもしれない。一度は家に引き返そうかとも思ったが、15:13は何も起きずに過ぎ去った。
アプリに書かれていたスーパー○○の前に、着きたいような、着きたくないような…。
いつもよりゆっくり歩いたせいか、予定より遅くなった。
スーパーが見えてきたときに、アイは異変に気づく。
スーパーの前にパトカーが止まっており、スーパーの駐車場とその前をはしる道路との間にある歩道に、車が停まっている。
近づくと、車は歩道と車道を隔てるガードレールにぶつかっていた。
ガードレールは無惨にひしゃげている。
現場に近づくと、見物人が隣の人に、興奮気味に状況を説明している声が聞こえた。
「びっくりしたわ。急に車が駐車場から出てきてぶつかったのよ。運転手は結構高齢でね…。きっと踏み間違えたのよ」
相手はなんとも苦々しい顔をして、「でも、誰も亡くならなくて本当によかった。」と言った。
誰も亡くならなくてよかった…。
アイは血の気が引いていくのがわかった。
――もし【死亡フラグ】がなかったら、わたしはここの前を通ったかもしれない。
――わたしのスマホにこのアプリが入ってるからこういうことが起きるの?
それとも関係ない?
なんとも気味が悪いこのアプリを、アイは削除することにした。
アプリのアイコンを長押しして、「アプリ情報」にいく。
しかし、「強制終了」と「アンインストール」の文字が薄いグレーになっていてタップしてもなにも起きない。
「なんで…。消せないの…?」
『死亡フラグ アプリ』と検索する。
『死亡フラグ』がテーマのアニメのアカウントや関連サイトが出てくる。
検索ワードを『死亡フラグ アプリ 削除できない』に変えてもう一度試みる。
すると、目当ての削除方法は全然引っ掛からないが、やがて「X」のポストが引っかかっているのを見つけた。
『勝手に入ってたけど、消せんのこっわw #死亡フラグ #アプリ』4ヶ月前。
「なんか気になるからフラグ回避しちゃう。今日のはマジやばかった。 #死亡フラグ #アプリ』3ヶ月前
『フラグ回避、疲れてきた。なんか増えてきてない? #死亡フラグ #アプリ』2ヶ月前
『もーいいや!わたしは好きに生きる!#私は自由だ』2ヶ月前
ポストはそれが最後となっていた。
結局消すことはできず、無視し続けているのだろうか……。
有益な情報を得られるかもと、質問サイトにもアプリのアイコンのスクショと共に「このアプリ知ってる人いませんか?」というタイトルで投稿しておく。
アイはベッドに横になり、考える。
――このアプリは、どう行動したら死ぬかを教えてくれているわけだから、わたしを助けようとしているのではないか?
アプリの画面には、
<現在フラグはありません>と表示され、『過去のフラグ』には今日のフラグが『回避』の文字とともに追加されていた。
そうだ。これは「良いもの」であるはず。
急いで消さなくてもいいのかもしれない。
――このアプリが教えてくれるフラグを回避しながら生活していけばいいんだ。
そう方針を決めると、気持ちが楽になった。
----------------
通知が来たのは、その週末だった。
<11月23日 15:45 おもちを食べる>
これは簡単だ。おもちなんて大学に入って一人暮らしを始めてから食べていない。
それに今日は母と妹が来る日だ。
月に一度、車で食料品や日用品を持ってきてくれるのでとても助かっている。
この時間なら、ここで3人でしゃべっているはずだ。
しかし…。
昼過ぎにやってきた母は、大きな鍋を持ってきた。
「善哉をね、つくったのよ。アイは善哉好きだからと思って、一緒に食べよう。」
妹はいろいろな食品が入った袋を持っている。そのなかに、餅のパッケージが見えた。
心臓が強く脈打つ。
まるで、死にいざなわれているように感じた。
フラグのほうから近づいてくるなんて…。
「ありがとう」
アイはなんとか平静を保ちつつ、笑顔で言った。
「おかあさんの善哉、すごく好き。でもわたし、今日はおもち抜こうかな。」
15:45。
アイは母と妹とともに、温めなおした善哉を食べていた。
母と妹のお椀には餅が入っているが、アイには入っていない。
甘く炊いた小豆と一緒に食べる餅は大好きだ。
だが、今回は仕方がない。
もし食べていたら、詰まらせて死んでいたのだろうか…?
そうやって死んだら、きっと母が善哉を持ってきた自分自身を責めて立ち直れなくなっていただろう。
----------------
その後も、通知は続いた。
3日開く日もあれば、連日くることもあり、その間隔はバラバラであったが、体感的にその頻度は増えているように感じた。
1日に数回来ることもあった。
<12月18日 11:03 ○○通りを通る>
<12月22日 22:57 コンビニに行く>
<12月28日 14:41 傘を持ってでかける>
どのフラグも、避けることは容易であった。
避けたフラグは、『過去のフラグ』に『回避』の文字とともに溜まっていく。
回避したフラグは50を超えていた。
避けた後に、ニュースでその時間と場所に何かがあったことが報道されるときもある。
そのときはホッと胸をなでおろした。
逆に、結局なんだったのかわからないこともあった。
初めのうちこそ、ゲーム感覚もあって続けていたアイだったが、だんだんとアプリひとつに自分の行動が制限されていることが、煩わしく感じるようになってきた。
通知音を聞くだけで、疲れたような気持になる。
いままでだって、アプリに言われなくても生きてこられたじゃない。
みんなだって、アプリに頼らずに生きてる。
「要するに、注意深く生きればいいってことじゃない?」
その時、
――ピコン。
通知音とともに、スマホの画面の上部に時間と文字が表示された。
タップすると、大きく
<最新のフラグ 1月16日 22:01 お風呂に入る>
と書いてある。
「もういい加減にして!通知してくんな!」
アイは【死亡フラグ】のアプリの画面に向かって叫んだ。
すると、
<フラグの事前通知をオフにします。>
と画面に表示された。
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以来、ここ数日通知はまったく入ってこない。
「なんだ、あれだけでよかったのか。」
なんだか拍子抜けである。
これで自分がしたいと思ったことを、したいと思った時間にできる。
それから数日は気分よく過ごせていたが、時折、妙にアプリが気になってしまう。
ここで開いたらまた前と同じだ。
そう思って、気になる気持ちをやり過ごした。
しかし、アイはとうとうアプリを開いてしまった。
画面には大きく、
<現在フラグはありません>
と出ていた。
なんとなくホッとする。
『過去のフラグ』をタップすると、アイの知らないフラグがたくさん履歴にあり、その横には『回避』の文字があった。
意図せずにフラグを回避できていたのか…。
生きるってことは、たくさんの死亡フラグをすり抜けることみたいだ、とアイは思った。
そして結局、こうして自然にフラグを回避できていたのだ。
あんなにフラグに振り回されなくてもいい。
アイはアプリを閉じ、眠ることにした。
今後はもうアプリを開かないぞと心に決めた。
そして…。
その時、通知こそされなかったものの、アプリには新しいフラグが出ていた。
アイがアプリをもう一度開いていたら見ていたであろうそのフラグは、気づかれることなく、やがて過去の履歴に足された。
<1月22日 23:51 アプリを気にせず寝る。 回収>
死亡フラグ 櫻庭ぬる @sakuraba_null_shi
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