第7話 ​日本橋の「箱舟」

 クロサキが松岡の**「NISAネットワーク」を内部から崩壊させるプロセスを開始してから、数日が経過した。連日、経済紙やニュース番組は、横浜のパーティー会場で起きた前代未聞の事件と、それに続く大手金融機関の不審なシステム障害、そして複数の政財界要人の逮捕劇で持ちきりだった。松岡アキヒロの名は、瞬く間に「現代の悪徳金融王」として世に知れ渡り、彼の「猿山」**は、まさに泥沼の中で崩壊しつつあった。

​ しかし、コンドウの心は晴れなかった。松岡の悪事を暴き、彼を社会的に葬り去ることはできた。だが、彼が隠蔽した**「ゴーストマネー」**、すなわち、NISA制度の裏で庶民から不正に吸い上げられ、暗号化されて宙に浮いたままの巨額の資金は、まだ誰も回収できていない。

 キタガワとミサキ、そして無数の名もなき人々が犠牲になった原因となったこの金を、彼らが本当に必要とする人々の元へ届けること。それが、コンドウに残された最後の「けじめ」だった。

​「クロサキ、あのゴーストマネーは、まだどこかに眠っているはずだ。松岡は、**『誰も回収できない』**と言っていたが、本当にそうなのか?」

 コンドウは、深夜の秘密の倉庫で、PCに向かうクロサキに問いかけた。

​ クロサキは、深く刻まれた目尻を細め、画面から目を離さずに答えた。

「松岡の言葉は半分真実だ。確かに、彼のネットワークは複雑に絡み合っていて、完全に解体しない限り、金の流れを追うことは至難の業だ。しかし、彼が絶対に手を触れない領域、彼にとって**『聖域』とも呼べる場所に、その金の『箱舟』**が隠されている可能性が高い」

​「聖域…?」

​「そうだ。松岡は、自身のネットワークを二重、三重に暗号化していたが、その中でも特に強固なセキュリティを施していた場所が一つある。彼の、そして日本の金融界の歴史を象徴する、とある場所だ」

​ クロサキは、画面に一枚の地図を表示させた。そこには、東京のど真ん中、歴史ある街、日本橋が示されていた。

 松重豊似の厳格な顔つきで、クロサキは続けた。

​「彼のデータ解析を進めた結果、松岡が、その**『ゴーストマネー』**の最終的な保管場所として選んだのは、日本橋にある、ある古い金庫室だ。形式上は、休眠中の投資ファンドが所有していることになっているが、実質的には松岡が裏で支配していた」

​「日本橋…なぜ、そんな場所に?」

 ​ナオミが疑問を口にする。

​「松岡は、金融界の**『旧弊』を嫌悪しながらも、その伝統と格式には並々ならぬ執着を持っていた。特に、日本橋は、江戸時代から続く金融の中心地であり、彼にとっては、自らの『王』**としての権威を象徴する場所だったのだろう」

​「つまり、彼の**『猿山』の最も奥深くにある『宝物庫』**ということか」

 コンドウは目を閉じて、松岡の執着を読み解こうとした。

「その金庫室は、どうすれば開けられる?」

​ クロサキは、PC画面をコンドウたちに向けた。そこには、金庫室の設計図と、無数のセキュリティシステムの詳細が示されていた。

​「この金庫室は、通常の金融機関のセキュリティとは一線を画している。生体認証、多層的なパスワード、そして一定期間ごとに変更される物理的な鍵…どれか一つでも欠ければ、永久に開かないように設計されている。松岡は、自分が死んでも、この**『ゴーストマネー』**が回収されないことを、何よりも望んでいた」

​「まさに、自分が死んでもなお、**『猿山の王』**として君臨し続けようとする、彼の最後の抵抗ね」   ナオミが呟いた。

​「しかし、松岡が完全に意識を失う前に、一つだけ手がかりを残していた。**『最後のメッセージ』**だ」

 クロサキは、松岡のノートパソコンから復元した、短い音声ファイルを再生した。

​『…この国で、真の**『価値』**を持つものは、常に歴史の中に隠されている…』

​ 松岡の、弱々しくも傲慢な声が、倉庫の中に響き渡った。

​「『価値』、『歴史』…?これは何を意味するんだ?」

 コンドウは首を傾げた。

​「恐らく、金庫室を開けるための最後のヒントだ。松岡は、自分の死後も、この**『宝物庫』が解き明かされることを、一種の『ゲーム』として楽しんでいたのかもしれない。そして、その『ゲーム』の答えは、日本橋の『歴史』**の中に隠されている」

​ クロサキは、モニターに日本橋の古地図を表示させた。

​「日本橋には、江戸時代から続く老舗の店舗や、歴史的な建造物が数多く残っている。その中に、松岡が金庫室の開錠と結びつけた、何らかの**『意味』が隠されているはずだ。そして、もう一つ…『ミサキ』**だ」

​「ミサキ?」

​「ああ。ミサキは、松岡のネットワークに潜入し、キタガワを助けようとして命を落とした。彼女は、松岡の行動原理を誰よりも理解していたはずだ。もし、松岡が残した**『最後のメッセージ』**に意味があるとしたら、ミサキも、それに気づいていた可能性がある」

​ コンドウの脳裏に、ミサキの笑顔が蘇った。彼女は、常に冷静で、分析力に長けていた。

​「ミサキが残したデータの中に、何かヒントがあるかもしれない…」

​ コンドウは、クロサキとナオミに、ミサキが残した全ての情報を再調査するよう指示した。日本橋に隠された**「箱舟」、そしてミサキが残した最後のメッセージ。これらを解き明かすことが、「ゴーストマネー」**を回収し、全ての犠牲者への「けじめ」をつけるための最後の鍵となる。

​「日本橋…江戸時代から続く、この国の金融の心臓部か。松岡は、最後まで自分の**『王』**としての権威に囚われていたということだな」

​コンドウは、日本橋の地図を強く握りしめた。彼の「けじめ」を完遂するための、最後の戦いが、今、幕を開けようとしていた。

 ​コンドウたちは、日本橋の歴史の中に隠されたヒントと、ミサキの残したメッセージをどのように繋ぎ合わせて、「ゴーストマネー」の箱舟を開けるのでしょうか?

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コヨーテ・ブルース 鷹山トシキ @1982

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