クラスのS級大和撫子がどう考えても因習村出身なんだが

汐海有真(白木犀)

第1話 S級大和撫子とS級ギャル

 ――佐沼さぬま瑠璃子るりこ


 都立友山ともやま高校の一年A組に通う女子生徒だ。俗に言う姫カットに整えられた艶やかな黒の長髪と、ぱっちりとした吸い込まれてしまいそうな綺麗な黒い瞳。新雪のように混じり気のない白い肌と、ほんのりと赤く染まった唇。背が高くてスタイルも良く、まさに完璧な美貌と言って差し支えない彼女についた通り名は「S級大和撫子」だ。


 俺はそんなS級大和撫子とクラスメイトで、しかも隣の席に座っている。他の男子からはよく、羨ましい、代われ、と言われるが、俺はこの席にいることで「喜び」よりも、「疑念」や「恐怖感」を抱くことの方が多い。



 ――何故なら佐沼さんが、どう考えても因習村出身にしか感じられないからだ。



 因習村、という概念をご存知だろうか。因習村とは簡単に言ってしまうと、「古くから存在するしきたりや言い伝えが、今もしっかりと残っている村」だ。主にホラージャンルの創作物に登場することが多く、俺が因習村について知るきっかけになったのも、高校受験が終わって迎えた春休みにホラー映画鑑賞にのめり込むようになったからだ。元々怖い話が好きでインターネットでよく漁っていたのだが、ホラー映画は文字媒体とは異なる鮮烈な恐怖体験ができるのでとても良い。


 因習村が舞台となるホラー映画は沢山存在している。俺は鑑賞しながらびびりつつも、心のどこかで(でも因習村なんて現実には存在しないだろ)と高をくくっていた。


 だが、佐沼さんと出会ったことで、その思いは百八十度変化した。

 感じるのだ。佐沼さんから、〝因習村〟を。


「るりるり〜っ」


 高く澄んだ声がして、俺の意識は現実に引き戻される。右隣を見れば、笑顔の律野りつの梨香りかがお弁当箱の入った包みを掲げながら、佐沼さんに話しかけていた。


「お弁当一緒に食べよ〜っ」

「ふふっ、ぜひともご一緒しましょう」

「あざ〜っす」


 律野さんはそう言いながら、空いている佐沼さんの前の席の椅子を借りて腰かける。まだ四月の半ばで高校に入学してからそこまで日が経っていないというのに、この二人はとても仲が良かった。律野さんはウェーブがかった長髪をプラチナブロンドに染めていて、高校指定のセーラー服もかなり着崩している。佐沼さんと同じくとにかく顔が良いので、律野さんには「S級ギャル」という通り名がついていた。


 佐沼さんは赤色のお弁当箱の蓋を開けると、いつものように大きな音を立てながら五回合掌する。それから両手を謎の形に組んで、三十秒ほど目を閉じる。


 ――因習村ポイント①。食事をする前に謎の儀式が挟まる。


 佐沼さんが目を開けて「頂きます」と言うと、律野さんがおかしそうに笑った。


「るりるり、いつもそれやるよね〜。ウケる」

「ええ。絶対やらないといけないことですから」

「あーね。でも昨日おしゃカフェのドリンクの前でそれやりだしたのマジびびったわ〜」


 おしゃれなカフェでもやるんだ、その謎の儀式。

 俺が衝撃を受けていると、佐沼さんがふふっと微笑んだ。


「この儀式をやらないと、『ミグルリさま』から怒られてしまいますから」


 ――因習村ポイント②。「ミグルリさま」という謎の神様を信仰している。


「出た、ミグルリ」

「梨香さん、『ミグルリさま』ですよ。さまをつけないと、怒られてしまうかもしれませんよ」

「え〜、だってミグルリさまって六文字で長いじゃん。あ、じゃあ、ミグミグはどお?」

「ミグルリさま、果たしてあだ名は気に入ってくださるでしょうか……」


 考え込む佐沼さんに、律野さんは「絶対気に入るって〜」と笑いながら卵焼きを食べる。

 ミグルリさまがどんな神様かはよくわかっていないが、佐沼さんの下の名前の「瑠璃子」についても気になってしょうがない。さらっとミグルリさまから二文字くらい貰っている気がするのは俺だけだろうか。


「ミグミグ、めっちゃるりるりの話に出てくるから会ってみたくなるわ」

「本当ですか? ふふっ、梨香さんは相変わらず怖いもの知らずですね」

「友達の友達とは仲良くなんなきゃっしょ! どこ行ったら会えんの〜?」

「ああ……普段は、祠にいると思いますけれど」


 ――因習村ポイント③。ミグルリさまの祠がある。


「祠にいんだ。ウケる〜」

「ええ。ですが、丁重に扱わないと危険な目に遭うと思うので、お気を付けくださいね」


 ――因習村ポイント④。ミグルリさまの祠を壊したら祟られる。


「流石に雑には扱わないっしょ! え〜、いつか紹介してよ、よろしく〜」

「はい、いつかミグルリさまの元に一緒に行きましょうね。くふふ、ふふふ……」


 ――因習村ポイント⑤。外部の人間をミグルリさまの元へ連れて行こうとする。


 嬉しそうな笑い声を漏らす佐沼さんの横で、俺は頭を抱える。


 役満だ。

 どう考えても、佐沼さんは因習村出身だ……!


 頭を抱えている俺の側で、律野さんが「行く行く〜! 手土産何にしよっかな〜チョコとかでいい?」と言いながらにこにこ笑っている。行っては駄目だ、律野さん! 行ったら最後、因習村ホラー映画のような凄惨な最期が待ち受けているに違いない……!


 だが、俺がこのことを律野さんに伝えても、「は〜、どゆこと?」と一蹴されてしまうだろう。俺は律野さんとも佐沼さんとも全然話したことがないからだ。一体、どうすれば――悩んでいたら心労で胃が痛くなってきたので、俺は取り敢えず席を立ってお手洗いに向かった。

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