202410152318.m4a

@LEMON_SOAP

                       



「口は災いのもと」ってよくいうじゃないですか。うっかり何かを言ってしまうと、それがもとで災いが降りかかることもあるから、発言には十分気をつけるべきであるっていう。



俺、あの音が消えないことがわかった時に「やっちまった」って思ったんですよね。


外から聞こえてきてるはずなのに、耳の内側に無遠慮に居座ってくる、あの音。








発端は…そうですね、駅前の書店の近くを通った時でした。


急に呼び止められたんです、何かの小冊子のようなものを配っている女性に。


初めは宗教か何かの勧誘かと思いました。道端で勧誘して来るやつなんて大抵碌なもんじゃないですし、俺は基本的にそういうものは受け取らないんです。けど、その人があまりにも必死な顔で冊子を突き出してきてて、なんだか妙な気迫と押し付けがましさを感じて断り切れなくて。




結局それを受け取ってしまいました。



それでその後、電車に乗ってる時に見てみたんです、それ。さっきも言ったんですけど、小冊子でした。大きさはスマホくらいで、ポケットなんかにすっぽり収まるくらい薄い本でした。



タイトルは… すみません、よく覚えてないですが、なにかのアンケートって書いてあったと思います。




その時、変だなとは思ったんです。




だって普通、アンケートだったら回答を集めるはずですよね。


なのに俺はその人に受け取りを押し付けられて。渡した後に何をしてくるでもなかったんです。回答先の案内もありませんでした。


今思い出すと、まるで渡すところまでが義務みたいな印象でした。




それでその冊子をなんとなく開いたら、中身は全然アンケートでもなんでもなくて。その章のタイトルから察するに、音声ファイルの書き起こしを印刷したものみたいでした。



ほら、画像や動画のファイル名って、未編集だと何年何月何日の何時何分って数字の並びの時ありますよね。あんな感じでした。




どうやら話をしている人は、何人かで肝試しに行ったみたいです。その翌日に、一緒に肝試しに参加した杏って人が行方不明になった。だから参加者が1人ずつ、当時の肝試しの状況とかを誰かに説明している雰囲気でした。




それで… 3人目を読み終えたくらいだったと思いますが、音が聞こえてきたんです。



今も耳に残り続ける、あの音。





蝉の声でした。





電車の中で読んでいるはずなのに、蝉の声がどこからか聞こえてきて。



だんだん大きくなって増えていったのに、周りは誰も気にする様子もなくて。



耐えられなくて車両を変えました。


そしたらいつのまにか声は聞こえなくなっていていました。怖くなってしまったので、その本の続きも読みませんでした。




それで、家に帰ってから本の存在を思い出して、改めて見てみたんです。裏表紙に値段が書いてありました、550円とかだったと思います。




それを見た時に、嫌な気分になったのを覚えています。あの人はたくさんの本を抱えて、道行く人にこの本を押し付けてました。それでもし、何十冊も買い込んでまでして配っていたらって考えてしまって。そこまでしてこの本を読ませたがった理由はなんだろう、俺はいったい何に巻き込まれてるんだろうって。






それで…… すみません。




【音声の途切れるノイズ音。】

【録音を中断した後に再開したものと思われる。】




それで、最後まで読んだんです、その本。まぁ、だからこれを残してるんですけど。




きっと彼女も同じだったんだなと、今になって思います。いや、俺が本を受け取ってる分、彼女の方が賢かったのかもしれない。やっぱり、人間ってのは仲間を作りたい性分なんだな。



俺には、これを残さないって選択肢は無くなりましたから、彼女の気持ちはすごくよくわかります。



さっき部屋の中をまた見回って、戸締りも3度確認したんですけど、やっぱり消えなくて。蝉の声が。もう秋なのに。




それで… あ… はは…






もう、どうにもならないや…



【数十秒の不明瞭なノイズ音。微かに蝉の鳴き声のような音が確認できる】



【録音が終了される】

【本文章は、とあるスマートフォンに残されていたメッセージの書き起こしである。また、「口に関するアンケート」と書かれた小冊子の写真が保存されていることを確認したが、本音声データとの関連性は調査中である。】


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