座敷童と貧乏神

櫻庭ぬる

第1話

 昔々のことである。

 それは突然のことであった。


 小さな、五つか六つくらいの女の子は藪の中から突然現れたかと思うと、そのまま開いていた襖から家の中に上がり込んだのだ。


 冬の終わり、家の周りでは解けて消えた雪の名残のような、小さな白い花がたくさん、温かな日差しを浴びて咲いていた。


 少女はどたどたと裸足の足で走り回ったり、障子や襖をばたんばたん大きな音を立てて開け閉めしたりする。先ほどまではささやかな生活音が聞こえるのみであった家の中は、今では騒音の嵐である。


 それでさすがに、家中の者がこの小さな侵入者に気が付くこととなった。


 大人たちはこの少女を捉えて追い出すかと思いきや、意外なことに古い木箱を引っ張り出してきて、中に入っていたかつてその家の子が使っていた人形を、ある一間に集めて置いた。さらには家の者の数より多く食事を作り、それもまたその部屋に置いたりしてその少女をもてなしはじめた。


 どうやらこの少女に、できるだけ長く居てほしい様子である。思惑通り、少女はすっかりその家が気に入り、当分はそこで暮らすことにした。


 夜に置いた食事は、朝になると空の皿と椀になっている。人形の位置は、確かに置いたはずの場所とは違うところに移動している。


 少女の姿はこの家の大人たちには見えないが、その家がどんどんと豊かになっていくに従って、いよいよ家の者は確信するのであった。


――我が家に、座敷童がやってきた。


 季節がひと巡りして、座敷童は相変わらずこの家にいた。

 家の周りには昨年と同じく、小さな白い花が風に揺れている。


 座敷童は綺麗な模様の端切れを組み合わせた、お気に入りのお手玉で遊んでいるとき、「おや」と思った。

 自分の姿は誰にも見えないはずである。しかし、藪の中に立つ少年が、明らかに自分のことを見ているのであった。座敷童よりさらに五つほど上のようである。


 座敷童はうれしくなって、声をかけた。

「おぅい、こっち来て、一緒に遊ぼう。」


 少年は首を横に振って、藪の奥に身を隠してしまった。


 しかし、また数日経って、少女が地面に枝で絵を描いていると、再びあの少年が藪からこちらを見ていた。


「こっちおいでよ」


 少女はそう言うやいなや、身軽に走って行って少年が逃げる間もなくそれを捉えた。

「たくさんお人形があるよ。ごはんも美味しいよ」


 そう言って、自分のために与えられた部屋に、少年を連れて行った。


 はじめは気乗りしない様子の少年であったが、少女に次々といろんな遊びに引きづりこまれているうち、いつのまにやら一緒に遊ぶようになった。

 座敷童も、ひとりではできなかったかくれんぼやあやとり、何よりおしゃべりができてとても楽しい日々を過ごすようになった。


 しかし、それからほどなく、座敷童は面白くなさそうな口調で言った。

「ごはんが寂しくなったね。」


 豪華だった座敷童の食事が、また最初のころのようになってしまっていた。

 それでも、手を抜いているような感じではなく、精一杯なのも伝わってくる。


 けれど少女は、その理由を考えることまではしなかった。

 自分のためのごはんが出るのは、それだけでうれしいことである。

 

 少年と分けると減ってしまうが、それは些末なことだった。

 少年と過ごす時間は、今までで一番楽しい。


 しかしやがて、その食事すらも出されなくなり、部屋の掃除もされなくなった。


 この家は明らかに貧しくなっていた。そして家の者たちは、いよいよ座敷童が去ったのだと考えた。


 少女はこの家が気に入っていただけに落ち込んでいた。しかし、もうここに居ても仕方がない。


 また別の家に行こう、と少年と連れ立って、家を出た。寒い冬の足音が忍び寄る頃のことであった。


 元気のない少女に、少年は迷った末に口を開く。

「君のせいじゃないよ。これは僕のせいなんだ。」


 少年を見上げる少女に、少年は続ける。

「僕は貧乏神なんだ。神だから、僕の力は君より強い。僕が住み着いたから、あの家は貧しくなったんだ。」


 少年は悲しげに言った。


「そんなら私たち、どこのお家にも行かずに一緒に暮らしましょうよ。きっと楽しいよ。」

 少年が自分より悲しそうなものだから、座敷童は明るく言った。それに、その提案は自分でも素敵だと思えたのだ。


 少年は戸惑ったものの、その提案がとてもうれしくて受け入れた。


 使われていない小屋をみつけ、そこで暮らすことにした。


 冬枯れの斜面に、小さな白い花が咲いていた。花の真ん中には、太陽のように温かで鮮やかな黄色があった。家の周りに咲いていたのとは同じように白いけれど、全く違う花だ。あの花にはそういう黄色はなかった。

 どちらの花も好きだ。座敷童はその黄色が気に入り、毎日その花を摘んで来て少年に渡した。


少年は竹の節で作った花入にそれを入れ、大切に飾った。

また、少年は何日もかけて木を削り、細かい花の細工の簪を作って座敷童に贈った。


 そのように初めのうちは二人で楽しく暮らしていたが、やがて、それぞれ少しずつ元気がなくなっていった。


「それぞれの役割を果たしていないからだよ」

 貧乏神の少年が言った。


「それなら、またどこかのお家にいけばいいわ。」


 二人はしばしの間別れて、それぞれ別の家に住み着き、やがて元気になった頃会う約束をした。


 冬が終わり、草花が小さな蕾をつけ始めた頃、二人は約束通り、暮らしていた小屋に戻ってきた。


 座敷童はすっかり元気になって、待ちわびていた少年との再会の日を迎えたが、いざ少年に会ってその姿に驚いた。

 

 少年は前よりもさらに元気がなくなって、消えかかっていたのだ。


「どうして。ちゃんと役割を果たしたのでしょ?」

 座敷童が言うと、少年は首を振った。


「ずっとここに居たんだ。」

 何故、と問う座敷童に少年は微笑み、その頭を撫でた。


「僕はね、君と過ごしている間、とても気持ちが豊かだった。そして豊かであることがどんなに幸福かを知ったんだ。僕はもう自分の役割を果たすことがすっかり嫌になっちゃったんだよ。」


 少年の姿は、そうしている間にもどんどん薄らいでいった。

「この日まで、もってよかった。」

 そういって笑った。


「僕を豊かにしてくれてありがとう」


 その声とともに、少年の姿は消え去り、辺りには風が草木を揺らす音が聞こえるばかりであった。


 少女は今日もどこかの家に憑いて、そこを豊かにしているだろう。しかしその心は、ずっと欠けたままであった。少女の髪にはあの簪が刺さっている。


 それは、少年が誰かに何かを与えた、唯一のものであった。

 風が、冬の名残のように咲く小さな白い春の花々を揺らした。



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座敷童と貧乏神 櫻庭ぬる @sakuraba_null_shi

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