第8話 仏の御石の鉢(後編)

 山の頂に近づくにつれ、残雪と雲海が交じり合っていく。何処からが地で何処からが天なのか、その境界は曖昧だった。

 空気は張り詰め、肺の奥まで突き刺すような冷たさで満ちている。麓の景色とはまるで違う。そこは、神の領域なのだ。

 吹き抜ける風は残雪を舞い上げ、俗世からの来訪者を清め不浄な物を洗い流すような――そんな風だった。

 私とはるあきは口を開かぬまま、荒い呼吸音とざくざくと雪を踏みしめる音だけが聞こえる。洞穴を出て随分歩いた気がする。冷気は容赦なく肌を刺すが、体は暑く額にじんわりと汗が滲む。

 突然、風がぴたりと止んだ。揺蕩う雲も動きを止め、まるで世界が動きを止めたようだった。

  刹那、一陣の風が吹き抜ける。後ろに倒れてしまわないように前屈し、ギュッと目を瞑った。呼吸もままならず、顔を庇うように腕で風を遮る。

 風が止み、恐る恐る目を開ける。そこには、しなやかな四肢は人に似ていながら、骨格は僅かに歪み影を裂くような鋭い輪郭をしている人ならざる者が立って居た。

 蒼白い肌には、まるで長い年月の嘆きを刻むかのように細いひびが走り、その隙間から淡い光が零れている。

 それは炎ではなく、魂の残滓ざんしが漏れ出しているかのようだった。

「夜叉――」

 はるあきは目の前に現れたに視線を向けたまま呟いた。

「お前らは何用で参った? ここは人が来ていい場所ではない。今すぐ帰れ」

 地を震わせ、足元から振動が伝わってくる声だった。低く、それでいて悲哀に満ちた声。

「ここにある『仏の御石の鉢』を求めて旅をしてきた。そこを通して貰えないだろうか」

 はるあきがそう夜叉に伝えると、周囲の空気が震え、気温が一段低くなった。黒い髪は風のない場所で生き物のように揺らぎ、影と混ざり合って形を曖昧にする。

 今この場にいる全ての命が、次の鼓動を許されるかどうか夜叉に委ねられたかのようだった。

「人の分際で、仏が残した神聖な鉢を手にしようとするとは愚かな」

 夜叉は私にも分かる程の殺気を放っている。鉢を守っている番人がこの夜叉なのだとこの時悟った。

「お願いです。どうしてもその鉢が必要なんです。決して悪事には利用しません。どうか、譲っては下さいませんか?」

 声が震えている。夜叉の凄まじい殺気を感じ、息が詰まる。なんとか言葉を絞り出し懇願する。

「まだ言うか! 人の言葉など――信用出来るものか。口では何とでも言える」

 夜叉は聞く耳を持ってはくれない。けれど、私も引くことは出来ない。何としてでも鉢を手に入れなければ、月に戻されてしまう。やっと、この時代にも慣れてきて竹ちゃんやはるあきとも出会えた。2人と別れるのは嫌だ。

「仕方がない。こうなれば無理矢理突破するしかないか」

 できるなら穏便に済ませたかったのだが、そんなに簡単に宝が手に入るはずもなかった。

「面白い。人ごときが私に勝てると思っているのか。舐められたものだ」

 夜叉は鋭い牙を覗かせながら、にやりと笑った。

 はるあきがガリっと親指を噛み、懐から取り出した符にその指を強く押し当てる。符が千切れ、風に舞うと同時に八方から狐火が灯る。炎の中から式が姿を現す。

「火の眷属、神使騰蛇、顕現せよ――」

 はるあきの声に呼応して、火が蛇のように走り、夜叉の腕を絡め取った。今まで見てきた騰蛇の姿ではなく、更に大きく炎を纏っていた。

 逃れようとする夜叉を容赦なく締め上げる。その間、はるあきは九字を切り、符を1枚夜叉に向けた。符は意思を持って夜叉の眼前に飛んで行き、そしてぴたりと止る。

「名を告げよ、夜叉。汝が真名を以て我は縛る」

 はるあきがそう告げると、夜叉は鋭い牙を覗かせてニタリと笑った。しかし、顔は直ぐに強張った。口をぱくぱくと開け苦悶の表情になる。

 どうやら、思うように声が出せないらしい。

「夜叉、名を告げよ」

 はるあきが再度夜叉に告げた。夜叉の殺気は更に強くなる。締め上げていた騰蛇の体がゆっくりと夜叉から剥ぎ取られていく。夜叉の口から聞こえてくるのは呻き声のみで今だ言葉を発する事が出来ないようだ。

「まずい、このままでは騰蛇が押し負ける」

 騰蛇も負けじと夜叉に食らいつくが、ゆっくりと、しかし確実に夜叉の体が自由になっていく。

 夜叉が解き放たれたら、はるあきや私はやられてしまう。何か手はないかと逡巡する。

「ねぇ、夜叉って邪悪な存在だよね?」

 私ははるあきに確認する。はるあきはそれどころではないらしく「あぁ」とだけ返事した。邪悪な存在、穢れた魂――それなら、これが通じるかもしれない。

 私は、臍の下辺りに手を置き目を瞑った。そこから、光を全身に巡らせるようにイメージした。徐々に私の体が光に包まれていく。

(よし、成功した。後はこれをもっと開放するイメージで――)

 はるあきも私の異変に気がついたらしく、こちらを振り返った。それと同時に竹ちゃんも元気になり、私に力を貸してくれる。

「かぐや、もう少しだ。大分夜叉の力が弱まってるよ」

 竹ちゃんの声で一気に力を解放した。辺り一面光に包まれ、夜叉も力が弱まったようで、抵抗していた口から「……つ、つ……ば……き」と漏れ聞こえた。

 夜叉の正体は人間だった。名前からして女性だったのだろう。

「はるあき! 夜叉の名前! つばき! 何をするのか知んないけど、早くしないと」

 呆気に取られていたはるあきに私は微かに聞こえた名をはるあきに伝える。

「あ、あぁ――。ありがと」

 はるあきは言うと、懐から短刀を取り出し人差し指に刃をあてる。真っ赤な血が皮膚の切れ間から流れ出し、はるあきは刀印を結びながら符に『つばき』と記した。

「『つばき』この真名を以て汝を縛る! ――縛!」

 騰蛇は夜叉の体から離れ、狐火と共に消えた。騰蛇が夜叉の体から離れたが、夜叉は動けないようで身じろぎ一つしない。ただ、血のように真っ赤な双眸を睨むようにしてはるあきに向けている。

「藍、さっきの何? これ終わったらちゃんと説明して貰うからな」

 特段、秘密にしている訳でもなかったのだが――今まで言うタイミングが無かったのではるあきには詳しい事情は話していなかった。まぁ……でも、ずっと一緒に旅してきたのに、体から光を出す得体のしれない奴だったんだから驚くのは当たり前だ。はるあきが納得するまでしっかりと説明しようとは思うが、何分自分自身もよく分かっていない事の方が多いので、はるあきが納得する説明が出来るのか不安だ。

 夜叉は尚も不動のままそこに居る。はるあきの顔には疲れが見えていた。夜叉が現れてから術を使い続けているせいだ。

 しかし、私ははるあきが無事でいて欲しいと祈る事しかできない。自分の不甲斐なさに嫌気がさしてくる。もっと自分の力について知らなければならない。今まで何となく使ってきた天上人としての力と向き合おうとこの時強く思った。

 胸の前で両手を組み、ギュッと目を瞑ってはるあきの無事を祈る。すると、ポウッと体に熱が篭る感覚がした。そして、その熱は1点に集中し外に向かって抜けていく。

 何が起こっているのかと目を開けた。すると、私から出た一筋の光がはるあきに向かって放たれている。

 はるあきの体が淡く光り、その光ははるあきの体内へ消えていく。

「なんだこれ? 疲れが取れて、力がみなぎってくる……。藍、お前何した」

 はるあきは困惑した表情で振り返った。私は首を大袈裟に横に振る。

「わかんない。ただ、はるあきが怪我しないようにって思ってたら――」

 今、私もただ驚くばかりだ。今まで、竹ちゃんが弱っている時に掌に乗せて体から光を出すと、竹ちゃんの体調がよくなったり、はるあきの手を取って寝ているはるあきの疲れは癒していたが、まさか遠隔操作ではるあきに霊力を送る事ができるなんて。この時初めて知った。

「いや、でも助かった。これであの術が使える」

 はるあきは夜叉に向き直ると、符を4枚夜叉を囲むように飛ばす。符ははるあきの手を離れ、落ちる事無く刃のような鋭さを帯びて宙に静止する。

 刻まれた朱の文字が脈打つ度、符の周囲に歪みが生まれ、見えぬ力が集結していくのをはっきりと感じた。印を結び「天符返命! 彼の魂、今一度この世に還せ!」はるあきがそう告げると、光の輪が山頂を包み、天地が反転した。夜叉の瞳に人の涙が宿る。

 ひび割れた夜叉の頬に涙が伝うと、ぽろぽろと蒼白い肌が剥がれ落ちていく。ひび割れた肌から現れたのはやせ細った少女だった。

 口から覗く鋭い牙も消え、空を切り裂くような爪もなく、そこにいるのはただの儚げな少女だ。

 それと同時に私の視界がぐにゃりと歪んだ。立っていられなくなり、その場に頽れた。遠くではるあきの声が聞こえる。そのまま私の眼には何も映らなくなった――。


 次に目を開けると、吹き荒ぶ雪の中に居た。眼前には大きな大人の男の背が見える。足が雪に取られて思うように前に進めない。

「ほら、さっさと歩け!」

 後ろから濁声が降ってきた。振り返ると、見覚えのある顔があった。洞穴にやってきた1人、ぐったりとして意識のなかった友蔵の顔がそこにあった。

 洞穴で見た顔ではなく、しっかりと目が開いており顔色もいい。何より、自分の足で歩いてきちんといる。後ろに友蔵がいるということは、前に見える背中は孫次郎だろう。

 しかし、洞穴で見た2人より体が大きく感じられる。友蔵の顔を仰ぐようにして見ている。2人が大きくなったというよりは、私が小さくなったのだ。

 指先の感覚も足の感覚もない。私の小さな手は紫色に変色していた。吐く息で指を温めようと口の前に持っていくが、吐く息も凍っている。

「ねぇ、どこまで行くの? ここに獣はいそうにないよ? 食べられそうな野草も実がなってそうな木もないよ」

 私の口が勝手に動いて、2人の男にそう訴えている。

「今日はここに獣を狩りに来たんじゃねぇ。山の神さんにお祈りしに来たんだ。山の神さんは子供好きで、子供が祈ると願いを聞いてくださるそうだ。だから、儂らは神さんが居る、頂上まで行かなきゃならねぇ。だからさっさと歩け。じきに陽が暮れちまうぞ」

 風は勢いを増し、容赦なく降る雪が顔を打ってくる。振り返り、そう言った孫次郎の声も風の音に搔き消されそうになる。

「お祈りしたら、おっとうやおっかあ、姉弟に村の皆も助かる?」

 幼い声の私が問う。

 これは、夜叉になってしまったの記憶だ。恐らく、死ぬ直前の記憶らしい。

「あぁ、そうじゃ。ほんじゃから、つばきは頂上まで行ってお祈りをせにゃな。皆つばきにありがとうって言うてくれるわ」

 友蔵が後ろから声掛けてくる。

「そうかぁ。じゃぁ、私いっぱいお祈りする。辛くても頑張って歩く」

 椿の体力はもう限界に達しようとしていた。体は重く、今にも倒れてしまいそうになる。容赦なく吹き荒ぶ風は椿の体温を奪っていく。喉はからからになり、お腹も空いていた。まともなご飯はずっと食べていない。

 気を張っていないと、今にも倒れてしまいそうだった。

 悪天候の中、ひたすら歩いてやっと山の火口に辿りついた。

「着いた。ここじゃな」

 孫次郎が言う。その言葉を聞くと一気に気が抜けてその場に跪く。やっと辿り着いた椿は達成感で胸がいっぱいになっていた。

「よう頑張ったな。喉が渇いたじゃろう? ほれ、水じゃ」

 孫次郎は椿の眼前に水の入った竹筒を差し出した。

「これ、飲んでいいの?」

 椿は遠慮がちに聞く。

「あぁ、全部飲んでもええ。帰りの分はちゃんと取ってあるけぇな」

 孫次郎のその言葉を聞くと、椿は半ばひったくる様にして竹筒の中にあった水をすぐに飲みほした。

 飲み干して暫く経つと、体が痺れたように動けなくなった。立っているのも儘ならず、その場にうつ伏せに倒れる。

「やっと薬が効いてきたな。悪ぃな椿。これも村の為じゃ。堪忍な。俺が悪ぃんじゃねぇ。恨むなら自分の親を怨め。ほんのばかしの食料と引き換えにお前を差し出してきたんじゃ」

 孫次郎は言いながら椿の体を仰向けになるように体勢を変える。

「なぁ、これ本間に痛みとかはないんじゃろうか? 椿は苦しまんのじゃろうか? こんな小さな子供を……。わし等に罰が当たったりせんじゃろうか?」

 友蔵は孫次郎と違い、肝の小さい男であった。孫次郎が椿の体を動かしている間もずっと友蔵の後ろでそんなことを言っていた。

「わしが知る訳なかろう。飲んだこともねぇのに。そんなことより、おめぇも手伝え! 袋ん中から包丁を取り出せ」

 友蔵は言われたまま、荷物の中から刃渡り30センチほどの包丁を取り出した。包丁と言っても、研がれておらず刃毀れしていてところどころには錆が浮いている。

 その間、椿はやむことなくとめどなく降ってくる雪を眺めている。声を出そうにも喉が痺れて声が出ない。

 すると、急に孫次郎の顔が見えた。動けない自分に気づいてくれたのだと、安堵した。『早くみんなの為に神様にお祈りをしないといけないのに、寝ている場合じゃないのに』そんな思いが椿の胸の内を占めていた。

「すまんな。椿。儂を怨むなよ」

 孫次郎が言うと、激痛が椿を襲った。痛くて泣き叫びたいが言葉にならずうめき声だけが漏れる。

 刃毀れしているせいで、傷口は切れにきれず皮膚が引き攣れたように千切れる。孫次郎の手は真っ赤に染まり、目は血走っている。口角は上がり、残虐な行為を楽しんでいるようでもあった。

『やめて! 痛い!」

 椿は何度心の内で叫んだだろう。届かない祈りだと悟った椿は憎しみに支配された。酷いことをする孫次郎も、食料の為に椿を売った両親も、村の者全員を呪った。

 痛みで意識を失いそうだったが、孫次郎の顔を脳裏に焼き付ける。

『無事に村に返すものか……。自分と同じようにお前もここで息絶えろ。村人全員が飢餓により息絶えろ。村ごと滅んでしまえ――』

 椿の心臓は生きながらに孫次郎の手によって抉り取られた。目からは血の涙が零れていた。

 洞穴で見た2人の男の遺体――あの男にこの少女は生贄としてここに連れて来られたのだ。生贄だという事は伏せ、村の為に力を貸してくれと言われ少女はここに来た。

 山は椿を夜叉に変え、『仏の御石の鉢』を守る番人にしたのだ。憎しみと悲しみのあまり、成仏も出来なかった。

 椿のあまりにも過酷な運命に涙が止まらなかった。私は気が付けば声を上げて泣いていた。椿が私の体を使って泣いている。泣くことも声を出す事も出来なかった少女はそれを取り戻すかの様に――。

 椿は足元から雪へと溶けていく。泣きながら笑っている様な表情で私達を見つめたまま「ありがとう」と鈴が鳴る様な声が聞こえ、姿が見えなくなった。

 少女が立っていた場所に祠が現れた。随分古い石造りの祠で、木で出来た観音開きの扉がある。私は、扉に手を掛けゆっくりと開いていく。ギギギと軋む音を出し、扉の隙間から光が漏れ出してくる。最後まで開くと、中には神々しく光る器が入っていた。

 黄金とも他の鉱石とも違う、白い清らかな光を放つ不思議な器だった。

「はるあき……本当にあった。これが仏の御石の鉢――。綺麗」

 私は手に取り、はるあきに見せた。

「驚いた。本当にあったんだな。天竺にあると話には聞いていたのに、こんな場所にあるなんて」

 私もはるあきも暫く目を奪われた。鉢が放つ光は疲れた体を癒してくれ、嘘のように呼吸も楽になった。

「こんな物、人の目に触れさせたらダメな気がする。だけど、この光どうしよう。こんなに神々しく光ってたらバレちゃうよね」

 持っていた布に包んでみたが、光が漏れ出ている。

「んーじゃあさ、かぐやがその光を取り込んでみたら?」

 竹ちゃんが、そう提案してきた。「取り込む?」私は、意味が理解出来ずオウム返しになる。

「そう! かぐやが自分の光を隠したようにさ、この鉢を手に持って同じように『中に入ってー』って感じでしてみるの。なんか出来そうじゃない?」

 竹ちゃんは呑気に言ってくれるが、仏の光を吸収するなんて出来るはずがない。

「え……絶対無理じゃん。明らかに何かこの光って仏様や神の光って感じだし」

 私と竹ちゃんのやり取りをはるあきは、ただ黙って見ている。

「僕はいけると思うなー。だって、この光とかぐやの光って似てるもん」

 渋っている私に対し、理解してるのかしていないのか――はるあきが口を開く。

「とりあえず、竹之丞が言う通りやってみたら? 他に方法思いつかないし」

 こう言われ、困惑しつつやってみる事にした。鉢を両手で持ち、ぎゅっと目を瞑る。自分の光を腹の下辺りの一点に貯めるのと同じイメージで試した。

 すると鉢に触れている掌が温かくなり、その熱が掌から腕を通り、胸から腹へと伝う。

「やっぱり! 僕の言う通りだったでしょ?」

 竹ちゃんの弾むような声が聞こえる。

「まじか。本当、藍って何者だよ……」

 困惑するはるあきの声を聞き、私は薄っすらと目を開けた。すると、先程まで眩いほど光輝いていた鉢がただのみすぼらしい鉢に変わっていた。

「何この鉢? 誰か私が目を瞑っている隙に取り換えた?」

 どう見ても先程の鉢とは似ても似つかないその鉢を見て、2人で私を騙しているのだと思った。

「誰もそんな事してないよ! そんなに信じられないなら、またその鉢に取り込んだ光を戻してみるといいよ」

 竹ちゃんが言うので、私はまた先程とは逆の事をした。すると、みすぼらしかった鉢が神々しい鉢になり、また光を取り込むと、みすぼらしい鉢に姿を変えた。

「うそ……。まじなやつだ」

 自分でしておきながら目を疑った。私は結局何者なんだろう。益々かぐや姫である自分の存在が分からなくなった。はるあきは鉢を持ったまま狼狽えている私の手から鉢を取り上げると、先程の布で包んで私が持っていた袋の中に入れてくれた。

「で? いつになったら説明してくれんの? この状況」

 そうだった。ちゃんと話すとはるあきと約束していたのを失念していた。

「分かった。でも、信じてくれないかも……。自分でも、信じられなかったから――」

 自信なげに言う私に、はるあきは太々しい態度で

「それは、話して貰わなきゃ信じるも信じないもないだろ。いいから、全部話せ」

 はるあきがそう言うので、私が今とは違う時代で殺されて、目を開けたら赤ん坊の姿で竹の筒の中にいた事。その後、翁に拾われて育てて貰い、時が来たら月に帰らないといけない事――そして以前、自身の体が光を放っており、その光に不思議な力が宿っている事などを話した。

 どこまで信じて貰えるか分からない。きっと、「出鱈目を言うな」と怒られてしまうだろう。はるあきがどんな反応をするのか怖かった。

 自分の着物の裾をぎゅっと力を込めて握っていた。怖くてはるあきの顔が見れない。心臓がどくんどくんと大きな音を立て脈打っている。耳のすぐ傍までせり上がってきている様だった。

「月に帰るって事は、藍の両親は天上界に住んでるって事なのか? 前世って此処とは違う世界なのか? それとも未来から来たのか? 前住んでた所はどんな場所だったんだ。もう元の世界には帰れないのか?」

 はるあきは目を輝かせて質問攻めしてきた。まさか、こんなにあっさり信じて貰えると思っていなかったので、私の方が面食らう。

「私の両親が天上界に居るかどうかは分からない。それに、恐らくだけど未来から来たって感じになるのかなー? 多分……。同じ日本だし。前住んでた時代は、すごく便利になってるよ。車とか電車、飛行機があって、1,000km以上離れた場所でも一刻もかからず行けるんだよ」

 はるあきの質問に大まかにだが答える。この時代では到底考えられないだろうと思うが、私もどこから話していいものか図り兼ねた。

「1,000kmの場所まで一刻もかからず行けるのか! なんて便利な世界なんだ。そうか……。この目で見てみたいな。藍はそんな凄い場所からやって来たんだな。だから、女1人で旅に出ようとしてたのか。なんか、納得だわ」

 はるあきはそう言って相好を崩した。いつもは飄々としていて大人っぽいが、興奮するとただの年相応の男の子に見える。

(乗り物に興味を示すとか、やっぱり男の子なんだなー)

「藍が住んでた時代の話しをもっと聞かせてくれ」

 そうせがまれて、はるあきに元の世界の話しを語った。

(もしかして、次の目的地までずっと話さなきゃいけない感じなのか? まぁ、でも信じてくれて良かった)

 はるあきが私の時代に興味を持ってくれて嬉しかった。ただ、物珍しいだけだったとしても、私に興味を持ってくれているみたいで胸がじんわりと温かくなる。

私は、はるあきに前世の話を聞かせながら軽い足取りで、次の目的地に向かう為、下山した。

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平安月影記譚――転生かぐやと新米陰陽師怪異録―― 海月 @hacchi0624

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