第4話 報恩謝徳(後編)

 滞在3日目、その日は朝から雨が降っていた。午前中は降ったり止んだりを繰り返していたが、午後になると本格的に降ってきた。

「ついに本格的に降り出したな」

 はるあきはじっと外を眺めている。風も強く、煽られた雨が廊下にまで入り込んできていた。雨足はますます激しくなり、初夏だというのに肌寒い。日中だというのに薄暗く、曇天に覆われた空はどことなく気味が悪い。

 昼食の時間にはいつも領主家族と一緒に食べていたが、その日は朝から妻の姿が見当たらない。

 昼食時に領主に訊ねてみると末娘を亡くしてからは雨の日になると寝込んでしまうようになったらしい。特に体のどこが悪い訳ではないのだが、気持ちが塞ぎ込んでしまうのだと言っていた。

「領主さんの奥さん体調大丈夫かな。子供たちもどことなく気分が優れない様子だったけど……」

 子供とは云え、私達と然程年齢は変わらない。初日に長男は13歳で、長女は11歳だと領主が紹介してくれた。

「まぁ、無理もないだろう。末娘が亡くなってからまだ半年程しか経ってないんだ」

 私は転生前もまだ高校生だったので、子を不慮の事故で亡くしてしまった親の気持ちを100%理解できないながら、どれ程辛いか想像する事は出来る。しかし、きっと私が想像しているより遥かに辛いのかもしれない。

「これからちょっと出掛けるぞ」

 私が曇天を仰ぎ見ながら物思いに耽っていると、先程から荷物をゴソゴソと漁っていたはるあきがふいにそんな事を言い出した。

「え? 出掛けるってこの雨の中⁉ 雨の日に外に出ていると川が氾濫して危険なんじゃ……」

 私は全く雨足が弱まる気配のない空を指差しながら反対した。

「大丈夫だ。町人でなければ流されても助かるらしいから。領主だって言ってただろう? 死ぬのは何故か町人だけだって」

 何をもってして大丈夫だとはるあきは豪語するのか。流されたら、死なないにしても息が出来ず苦しいし、泥水を大量に飲み込んでしまうではないか。助かっても気を失いそうだ。

「怖いんだったら、竹の精霊と留守番しといてもいいぞ」

 はるあきは必要な物だけを持って、部屋を出て行こうとする。

「え……。待ってよ! 私も一緒に行くから!」

 半ばやけくそ気味に、はるあきの後を追いかけた。領主の自宅を出る際に使用人にも止められたのだが、歩みを緩めるでもなく「大丈夫です。心配ありがとうございます」と言いながら真っすぐ前だけを見つめてスタスタと外に出て行った。

 私が玄関を出ようとした際に「せめてこれだけでも」と藁笠を2つ貸してくれた。しかし、横殴りの雨では藁笠では役に立たず、容赦なく着物を濡らしていく。藁笠で顔を覆っていたのだが、顔すらも濡れて雫が滴ってくる。

 濡れた着物が肌にぴったりと張り付き気持ち悪い。伸縮性のない生地なので、張り付くととても動きづらかった。

 そして、濡れた着物が容赦なく体温を奪っていく。体がどんどん冷えていき川に辿り着いた時には寒さで体が震えていた。はるあきは寒さを感じないのか平然としている。

 橋の側まで来ると、はるあきがピタリと止まった。俯き加減ではるあきの背中を追っていたので、ぶつかりそうになり慌てて私も足を止めた。

 はるあきの顔を覗き込むと、橋の対岸に視線を集中させている。はるあきの視線を追っていくと、この大雨の中、笠も被らず川面を眺めている少女の姿があった。少女は無表情でずっと川面だけを見ている。

「あの子……なんでこんな雨の中。てか、あの子の危ないんじゃない? 助けてあげないと!」

 私ははるあきにそう言い、「ねぇ! あなた、そこに居たら危ないよ!」私は雨音にかき消されない様、腹の底から大声で叫んだ。すると、少女は川面に落としていた視線をゆっくりと上げ、私たち2人に視線を合わせた。どうやら、私の声は無事に届いたらしい。少女は私達を見ると、両方の口角を上げニタリと笑った。子供らしくない、不気味な笑顔だった。

 全身が粟立ち、本能が行くなと警告している様な感覚に襲われる。けれど、幼い子を見殺しにする事は出来ない。私はその子の許へ行こうと橋を渡る。「駄目だ! 戻って来い!」はるあきがそう叫ぶと同時に、川面が一際大きくうねり私に襲い掛かった。私が波に気付いた時には既に遅く、為す術がなく呑み込まれてしまった。

 息を吸い込もうと口を開けると、大量の泥水が口の中に入ってくる。橋からどんどんと離されていく。息をしようと川面に顔を出すが、すぐに波に襲われ息をするのもままならない。苦しくて、このまま死んでしまうかと思ったその時、真っ白に光輝く大蛇が現れた。私の何十倍もの大きさの大蛇だったが、不思議と恐怖は感じなかった。反対に大蛇の姿を見つけると安堵した。

 大蛇は私を背に乗せると、川から身を出し橋へ戻ってくれた。

謄蛇とうだよくやった」

 はるあきが大蛇に触れると、大蛇は私を岸に降すとふっと姿を消した。岸に着くと、いつの間にか先程まで姿のなかった領主もはるあきの傍に立っていた。危険を顧みず、心配で様子を見に来てくれたのだろう。人の上に立つにはあまりにも心根が優し過ぎる。

少女はいつ橋を渡ってきたのか、気付くと私達3人のすぐ傍に来ていた。

「ねぇ、この橋――無くなったら困るでしょ?」

 少女はあどけない顔で訊いてきた。

「そうだな。町人にとっては無くてはならない橋だ」

 はるあきは少女に臆する事なく強い口調で言う。少女ははるあきや私ではなく、領主に視線を向けている。

「そうだよね? 無いと困るよね? この橋はね、生贄が必要なんだって。町のおじちゃん達がそう言ってた。だからね、私、この橋を守る為にずっと生贄を用意しなきゃなの。な……な、の、に……な、なんで……じゃ、じゃます、する、の」

 あどけない声から、急に壊れたラジカセのようにノイズが入り混じった耳障りな太い声になる。

 少女の顔がみるみる赤紫色に変色し、鼻や目、耳からも血が溢れ出てくる。少女が口を動かす度に血飛沫ちしぶきが飛んでくる。目を覆いたくなるような酷い顔だった。

 領主は私とはるあきの後ろで腰を抜かしながら、「ごめん……ごめんな。どうか許しておくれ。君を守ってやれなかった」そんな事をずっと経のように呟いている。

「そうか……君がこの橋を作る時に人柱となったんだね」

 はるあきが少女にそう声を掛けた。そうか……この子があんな惨い殺され方をしたのか。領主が見たと云う死に顔が今のこの顔だったんだ。そう思うと、不思議と先程までの恐怖は無くなっていた。

 少女に近づき、私は少女を抱き締めた。

「ごめんね。怖かったよね。苦しかったよね。辛かったよね……。ずっと橋を守ってくれてありがとう」

 そんな言葉が口を突いて出た。私は一層つよく少女の体を抱いた。少女の顔から徐々に血が消えていく。顔色も赤紫から普通の顔色に戻っていた。

「うん……。領主様が呼んでるからって町のおじちゃんに言われて、ここまで来たら手と足を縄でくくられて。皆で私が入っている穴に石を投げ入れてきたの。怖くて、痛くて、苦しくて……。私、ずっと『助けて』って、『やめて』って叫んだ。でも、『皆の役に立つから、領主様も喜んでくれるから』って言われて助けてくれなかった」

 少女は大声で泣き始めた。少女の感情を反映しているか如く雨が烈しさを増した。

「皆にありがとうって言って貰いたかった。私を忘れないでいて欲しかった」

 少女は自分を殺した町人を恨んでいる訳ではなかったのだ。確かに、苦しくて辛かったが、ではなくて、その後の町人の態度が少女をこうさせてしまったのだ。少女は町の人の役に立つならと死は受け入れた。けれど、皆が少女を忘れようと、忘れる事で自分の罪から逃れようとする町人に対して絶望と憤怒の情が沸いたらしかった。

 腰を抜かしていた領主は、泣きわめく少女を強く腕に抱いた。

「守ってやれなくてすまなかった。ずっと、1人にさせて悪かった。辛い思いをさせてすまなかった。ありがとうな。本当にありがとう」

 領主の気持ちが少女に届いたのか、領主に抱かれている少女の顔は穏やかだった。そして、穏やかな笑顔のまま少女は姿を消した。


 翌日は、昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。「邪気が払われて、空気が澄んだでいるから戻ってきた」と山に避難していた竹ちゃんも昨晩からこの町に戻ってきた。

 私とはるあきはまた橋へと赴いた。川の流れは穏やかで、水も澄んでいた。昨日、川底が見えないほどの泥水が流れていたとは思えない。

 橋のすぐ傍の松の木の辺りに町人が皆集まっているのが見えた。

「おはようございます。皆さん集まって何をされているのですか?」

 はるあきが領主に声を掛けた。

「これはこれは、昨日はありがとうございました。風邪は引かれませんでしたか? あの雨の中ずっと外にいらしたので、体も冷えたでしょう?」

 昨日、少女の姿が消えてから領主は川に流された私を心配して、すぐに温かい風呂と食事を用意してくれた。その甲斐があって、熱も出ず風邪も引かなかった。

「ありがとうございます。お陰様でこの通りぴんぴんしてます」

 私は領主に礼を言うと、領主ははるあきの問いに答えた。

「昨晩、町の男衆で寄合を開いたのです。男衆でも人柱の事を知らない者もいましたから、そこで一昨年に自分達が何をしたかを包み隠さず話した後、昨日ここで何があったかを説明したのです。

 そして、女衆にもその事実を知って貰ったほうがいいという話しになりました。そして、ここに少女を祀った祠を立ようと決めたのです。犠牲になった少女を忘れない為に町民皆で祠を拝もうと。それで罪が消える訳ではありませんが、少しでもあの子に感謝の気持ちが伝わればいいと思っています」

 領主の話しを聞きながら、ふと松の木に視線を転じた。すると、はっきりと人の顔だと分かる瘤だった物が、数個小さな普通の瘤に変わっていた。

 祠を作っていた町人の1人が、大きな声で領主を呼ぶ。

「領主様! ちょっと、これを見て下さい!」

 松の木の根元から人骨が覗いていた。急いで掘り返してみると、今まで川に流され行方不明となった町人の遺骨が見つかった。

 不思議と肉が付いている遺体はなく、全てが肉だけがなくなり骨だけになっていた。骨だけになのに、何故行方不明の町人だと分かったかというと……。失踪当時に着ていた着物が遺骨と一緒に見つかったからだった。

「松の木が人の遺体を養分として成長していたのだろう」はるあきがぼそりと教えてくれた。

 それを裏付けるかのように、全ての遺骨を掘り返すと松の木はみるみる間に枯れていき、ぼろぼろに朽ちてしまった。

 これで、この事件は一件落着となった。

「本当にありがとうございました。貴方様方が居られなければ、ずっと川は氾濫したままで犠牲者ももっと出ていたと思います。あの、これは今回のお礼です。あまり多くはないですが……」

 領主はそう言って、町人に持って来させた米俵一俵を差し出してきた。

「こんな貴重な物をこんなに頂いていいのですか?」

 この時代、白米はかなり貴重で高価な代物だった。一俵もの米を用意するのに、どれだけ大変だっただろう。そして、物々交換が当たり前のこの時代で白米はかなり有難かった。

 けれど、一俵もの米をどうやって運ぶつもりなのだろう……。当然私では持ち上げる事すら出来ないし、それははるあきも同様なはずだ。

「白虎!」

 はるあきがそう言うと、今度は白く輝く大きな虎が姿を現した。

「すまない。申し訳ないが、これを背負ってくれるか?」

 はるあきは白く輝く虎に指示をだした。虎は口に咥え、軽々と俵を上に投げ器用に背中に乗せた。白虎の姿は町の人にも視えたらしく、虎から距離を取ろうと後退る。

「大丈夫だ。こいつは私の式神で私の指示無しに人を襲ったりはしない」

 大丈夫だと言われても、やはり急にこんな大きな虎が目の前に現れたら怖いに決まっている。

 祠が出来上がると、はるあきは祠の前までゆっくりと歩を進めると、少女の霊を鎮魂する為に『御霊』として神に祀りあげた。

「感謝の念を絶やさぬよう、この祠を拝み大事にして下さい」

 はるあきは、町人皆の前でそう言うと白虎を連れてこの町を後にした。

「なんかどっと疲れがきたー! 泥水飲んだから、昨日から胃腸が絶不調だし。それにしても、人柱って現実にあるんだね……。現実味ないけどさー。霊よりも妖怪よりも人間が1番残酷な気がする」

 今回の事件を回顧しながら歩く。昨日川に流されて、大変な目にあっているのに全て夢の出来事ではないかという気になる。

「藍の言う通り、人間が1番残酷だと俺も思うよ。突き詰めれば、人間が発端だったりが多いし」

 はるあきは陰陽師だから、今回みたいな事件を沢山見て来たのかもしれない。だから、年齢よりも大人びて見えるのだろう。

「それにしても……いい加減、昨日の大蛇や今ここにいる白虎の説明をしてくれないかな? 気になって仕方ないんだけど」

 至極当然のように、白虎を連れ歩いているがどう考えてもそれらが普通の蛇や虎ではない。大きさもさることながら、獣や爬虫類が人間の言うことを大人しくはずがない。

「あぁ、説明いった?」

 はるあきは飄々とした顔で言ってきた。

「いや、いるでしょ! こんな大きな虎とか見た事ないし、しかも急に現れたし」

 説明不要だと思っているはるあきに対して驚きを隠せない。誰であってもこの状況に説明は必要だと思われる。

「こいつは『白虎』で、昨日の大蛇は『謄蛇』。俺の式神だ。簡単に言うと神獣……かな。まぁ、詳しい話しをした所で多分、藍には理解出来ないだろうからそこは割愛する。竹之丞は理解してると思うけど」

 私には端から説明する気がない態度に聊か腹も立ったが、その類の話には明るくないのできっと説明されても理解が出来ない。悔しいがはるあきは人をよく観察していると思う。

 町を出て、行けども広がるのは田ばかりで休憩したくてもそれもままならない。

「ねぇ、私喉がカラカラなんだけど……。この辺りで水飲める場所ってないかな?」

 容赦なく太陽に照り付けられ、脱水症状を起こしそうだ。横目ではるあきを盗み見ると涼しい顔をしている。

「はるあきってさ……喉乾いたり、お腹空いたりしないの? あんまり言わないよね。もしかして、食べなくても平気な人?」

 ここまで一緒に旅をしてきたが、いつも先に私が喉乾いたとかお腹空いたと言っている気がする。

「食べなくても平気な人なんていない。けど、藍が我慢出来なさ過ぎだと思うぞ。朝食あれだけ食っといて、もう我慢できないのかよ」

 心底呆れたと言わんばかりだ。

「いや、今はさすがにまだお腹はそんなに空いてないから。ただ、喉が渇いただけで。そもそも、この時代って水筒ないの? 皆どうやって旅してんだろ」

 これはシンプルに謎だった。簡単に旅に出たはいいが、足りない物ばかりで快適な旅とは程遠かった。水筒も食べる物も、移動だって徒歩のみなのだ。もっと馬車を使ったり、馬に乗ったり手軽に出来ると思っていたので正直、簡単に旅に出ようと思ったあの時の自分を呪っている。

「かぐや! あっちに川があったよ。そこで水は飲めるから。もう少し頑張って!」

 竹ちゃんは竹の精霊だけあって、綺麗な水がある場所が分かるらしかった。凄くありがたい。はるあきの様に皮肉を言ったり、憎まれ口を叩いたりしないので、とても可愛くて、私にとって癒しだった。

 竹ちゃんの案内で森へと差し掛かった。ギラついていた太陽は森に入った瞬間、木々の梢に遮られ、淡く優しい光に変わった。光は風に揺らめく度尾を引き、まるで森が大きく息をしている様だった。

「ちょっと待て」

 森の美しさに目を奪われていると、はるあきが立ち止まり私達を呼び止めた。振り返ると、はるあきが手招きをしてくる。私は、はるあきの側に戻る。

「どうしたの?」

 はるあきの側まで引き返した私は、そう訊ねた。

「この山に入る前にやるべき事がある」

 そう言うと、はるあきは山に向かって印を結ぶ

「何してるの?」

 そう問いかけた私にはるあきは「今から俺と同じ事を山に向かってしろ」とだけ言うと、はるあきは手で印を結ぶ。

三山神三魂さんざんじんさんごんを守り通して、山精三軍狗賓さんせいさんぐんぐひん去る』

 と奉唱し、天の気を三度吞み込み、その気を腹中に納めて後、山に向けて強く吹き出した。

 はるあき曰く、これを入山前に行う事で山中の霊界妖神に遭わず、山神の祟りを受ける事がないのだそうだ。そして、山での奇禍も基本的に避けられる。万一不測の事態に見舞われても無傷か、怪我をしたとしても軽傷で済むと云う有難い儀式らしい。

 この時代、山はあの世とこの世の境目があやふやになっている箇所が少なくない。間違えて迷い込んでしまうと帰ってこられなくなるという。謂わば『神隠し』だ。

 はるあきと共に儀式を終えると、気を取り直してまた森に分け入った。

 遠くで囁くような水音が聞こえる。流れを探して視線を彷徨わせると、1本の銀糸の様な小川が森を縫っており、その川面には木々の切れ間から陽光が降り注ぎ、淡い光が漂っていた。

「やっとあったー!」

 私は駆け寄り、小川の脇に座り込んだ。ひんやりとした水が差し込んだ手を冷やしてくれる。そのまま、両手で水を掬うとまずは顔を冷やす。

「きゃー! 冷たい! 気持ちいい」

 私は思わず大きな声を出し、はしゃいでしまった。はるあきは私の横にしゃがみ込むと、私と同様に顔を洗った。

「生き返るな」

 はるあきも珍しく笑顔だった。普段は大人っぽい冷たい表情だが、笑うととても可愛らしい顔になる。

 喉を潤すと、はるあきは懐から竹筒を取り出した。

「これに水を入れとくか」

 はるあきは川にそれを突っ込み、水を汲む。

「それって水筒?」

 上下に節を残し、上側にだけ小さな穴が空けられていて、そこを小さな竹の棒で蓋をして零れないようにしてある。

「水筒……って言うのか? まぁ、水を汲んで持ち運べるようにしてあるんだよ」

 そんな物があるのなら早く教えて欲しかった。そうすれば、私の分を作れたのにと思ったのだ。生憎、この山には竹が生えてそうにない。

「次、竹を見つけたら藍の分も作ってやるよ」

 意外にも優しい言葉が返ってきたので、胸がキュゥッと締め付けられた。息苦しく、心拍数も上がっている。熱い何かが全身に広がっていく感覚がした。

 初めて感じる異変に、戸惑った。何かの病気なのかもしれない――けれど、それはすぐに治まり何事も無かったかのように落ち着いた。暑い中を歩いきたので、軽い熱中症だったのだろう。自分の中でそう結論付けた。

 小川の横にある岩に適当に座り、昼食を摂る事にした。領主の屋敷を出る時に貰った雑穀の握り飯を頬張る。塩味もないパサついた握り飯だったが、小川のせせらぎと鳥の囀りを聞きながら食べる握り飯はとても美味しかった。

「よし! 腹ごしらえもしたし、もう少し進むぞ。陽が落ちる前に泊れる場所を確保できるといいんだが……」

 私とはるあきは、更に森の奥へと分け入って行く。

 

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