第4話


「あ、やっときた! もぅ遅かったじゃん」

「あぁ、ごめんごめん」


 翌日、なにもやる気が出なかった私は、時間を気にせずゆっくり家を出た。

 待ち合わせの時間はあるけれど、どうせ彼女もいつも遅れてくるのだから、気にすることもないと思ったのだ。

 そのせいで今日は、さすがに私の方が遅かったらしい。先に来ていた彼女は、いつもとは逆の立場になったことが嬉しかったのか、ニヤニヤしながら責めてくる。

 そんな彼女に、私は適当に謝っておいた。

 いつもの彼女がそうだったから。


 そんな私の反応に、彼女は見るからに不満そうだった。

 でも、私も彼女の反応なんて気にしない。もう彼女に気を使う必要性を感じないから。

 気にすることなく歩き出せば、彼女も慌てたように着いて来た。


「いやぁ〜昨日のライブ、マジでサイコーだったよ!」

「よかったじゃん」

「遊園地行けなかったのはごめんね、今日はふたりで楽しもうよ!」

「あぁ、あれはもう大丈夫だから別にいいよ」

「え? なんで?」

「昨日別の友達と行ったの。私の誕生日は昨日だけだし」


 私は嘘をついた。

 強がりってわけじゃなくて、もう彼女と一緒に行きたいと思えなくて、すでにチケットを捨てしまったからだ。

 さすがに約束を破られて傷ついたから捨てた。なんて面倒なことを言うつもりはない。こう言っておけば、私も楽しんだとならと、彼女も気に病まないだろうと思ったのだ。けれど、

 

「そ、そうなんだ」


 尻すぼみに短く答える彼女が寂しそうに見えた。

 でもすぐに、そんなわけないかと考え直す。

 だってこの人は、私の誕生日に出かける約束を、どうでもいいと思ってる人だから。

 ドタキャンして他の場所に遊びに行った人が、普通に考えて寂しそうにするはずなんてないから。




 教室に着くと、彼女はいつものように友達に囲まれていた。

 いつもはそんな彼女を眺めていたけれど、今日は特に気にすることなく自分の席に向かう。


「おはよう委員長」

「委員長、今日の宿題なんだけど」


 私のところにも、いつものメンバーが集まってくる。

 その中に、いつもは直前になってからやってくる彼女が何故か当然のように混じっていた。


「私にも宿題教えて! いつも見せてもらってばかりだからさ、今日はちゃんとやるよ!」


 そう言って抱えているノートと教科書を見せてくる。

 どうしたのだろう? 明らかに昨日までとは様子が違う。

 今まで一度だってそんなこと言ったことはないのに。

 ただ、そんな彼女の変化も、もう私にはどうでもよかった。

 彼女に必要とされたいと思っていた私はもういないから。

 それに、昨日は私も宿題なんて手につかなかったし。


「ごめん。今日は私もやってきてないから無理。みんなもごめんね」

「え、そうなんだ」


 みんなは珍しいねと言って散っていく。けれど何故か彼女だけは残っていて「じゃあさ、よかったら一緒にやろうよ! ふたりなら早く終わるでしょ?」なんて提案してきた。


「そもそもやらなくていいかと思って、私なら当てられてもその場で答えられるし」

「そ、そっか、頭いいもんね」

「それなりだよ」


 手短に答えると、彼女はあからさまに肩を落として戻っていく。

 その後ろ姿は見るからに寂しげで、だいぶ様子がおかしかった。

 そして、そんな彼女の変調は、朝だけでは終わらなかった。

 いつもは部活の友達と一緒にいて、私のところには、宿題を写しに来るだけだった彼女。そのはずだった彼女は、今日はどうしてか私によく絡んできた。


「お〜い、久しぶりに一緒にお昼食べない?」

「え、急にそんなこと言われても、隣のクラスの子たちと約束してるんだけど」

「そ、そっか、残念だなぁ」


「ねぇねぇ、土曜か日曜遊びに行かない? この前の埋め合わせするよ!」

「気にしなくていいいってば、私は楽しんだし、それに休日は他の友達と遊ぶ約束してるんだ」

「あ、あちゃ~、一足遅かったかぁ」


「ねぇねぇ、今日は一緒に帰らない? 部活休みなんだよね!」

「そっちは休みでも、私は委員会あるから無理だよ」

「そうなんだ。えっと、頑張ってね」


 こんなに彼女から私に話しかけてくるのは、いつ以来だろう。

 そう驚くくらい彼女の方からやってくる。

 けれど私は、彼女の誘い、そのすべてを断った。

 別に仕返しをしてるわけじゃなくて、単にもう、彼女に自分の時間を使いたくなかったから。


 とぼとぼとした足取りで戻っていく彼女。その表情には、いつものような元気がまったくない。

 そんな姿に既視感を感じてよくよく考えてみると、まるで昔の彼女に戻ったかのように、あの頃とそっくりだった。

 あの頃の、私を必要としてくれていた彼女に。


「あぁ、そっか」


 思わず私は呟いていた。

 理解したからだ。

 私が必要としていたのは、私を必要としてくれる昔の彼女だと。


 部活の仲間たちの元で笑っている彼女。けれどその表情には影があった。

 あの頃の、自信なさげな顔が重なってみえる。

 彼女がああなってしまったのは、私が彼女の誘いをことごとく断ったからなのかもしれない。

 なら、もっと彼女に冷たくすれば、もしかしたら昔のような姿に戻ってくれるのではないだろうか。

 でも、そんなことをしたら本当に嫌われてしまうかもしれない。

 いや、そうなるなら、それでもよかった。

 どうせ今の彼女、明るくて友達が沢山いる彼女は、私には必要ないのだから。

 彼女がまた昔のように、私だけに笑いかけてくれる日が来るなら、試してみるのも悪くない。


「また昔のように戻ってくれるなら、やってみようかな」

 

 どうせ一度は捨てた想いだ。

 失敗してどうなろうと、私は構わないと思った。

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幼馴染と疎遠になって自分が本当に必要なものに気が付いた百合 美濃由乃 @35sat68

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