夜に働く、再び

大隅 スミヲ

第1話

 夜王よるのおうが再び降臨する時、昼従者ひるのじゅうしゃは鳴りを潜めるだろう(黙示録、第四七章)



 1年前の10月、私は人事異動で他部署へと異動した。

 入社以来ずっと続けてきた夜勤が終わり、日勤中心の部署への異動だった。


 ある日の午後、私は三階級上の上司から呼び出された。

「ちょっと、いいか?」

 そんな軽い呼び出しだった。なにかやらかしたっけ?そんなことを思いながら、私は上司の元へと赴く。


「なんでしょうか?」

 内心ドキドキしながら私は上司に尋ねる。


 ここ数日、トラブルは発生していないはずだ。怒られるような案件はなかったはずだ。私は上司に尋ねながらも頭の中で、ここ数日のことを必死に思い出す。

 こう見えて私も中間管理職であり、少ないが部下もいたりする立場にある。もしかして、自分ではなく部下が何かやったのか。それとも、部下がパワハラされたとか上司に訴えでたのか。いや、そんな覚えはないぞ。なんなんだよ、一体。

 漫画で描けば、頭から吹き出しが出ていて、こんな文字がたくさん湧き出しているところだろう。


「ちょっと、上の階へ行こうか」

「はい?」


 上司の誘い。しかも、職場のあるフロアではなく別の階へ移動させられる。これは内密の話だ。何か密命が下るとでもいうのだろうか。しかし、なぜ上の階なのだ。密談であれば、会議室でも可能なはずだ。上の階……。我が社では、一番上の階には社長室や取締役室などがある。そう、会社の偉い人たちがいる場所なのだ。


 そして、階段を登り始めたところで上司が口を開いた。


「異動だから」

「あ、はい……。え? 私の話ですか」

「もちろん。お前以外に誰がいる」

「いやでも……」

「いまから、取締役室に行きます」

「え、あ、はい……」


 なんで、なんで、俺、異動なの。しかも、なんで取締役室なの。だって、異動って直属の上司が内示を通達するだけじゃないの。なんかおかしいぞ。


 上司の宣言通り、取締室へと連れてこられた、私。

 このフロアだけ警備員が常駐していて、ドアも自動ドアだったりする。

 そして、取締役の部屋へと通された。


「やあ、来たね。キミは来月からジョブローテーションで違う部門へと異動してもらう」

「ジョブローテーションですか?」

「そう。我が社も、そういった仕組みを取り入れるために、まずはお試しということでキミに白羽の矢が立ったというわけだよ。じゃあ、向こうの上司に紹介するからついてきて」


 そんなこんなで、私のジョブローテーションによる異動は決まったのだった。


 そもそも、ジョブローテーションって何よ?

 そこから調べる必要があった。


『ジョブローテーションとは、従業員の能力開発のために、定期的に異なる部署や業務へ配置転換を行う制度です。目的は、複数の業務経験を積ませて多様なスキルを身につけさせたり、会社全体の業務を理解させたりすることです。メリットは多岐にわたるスキル習得、業務の相互理解の深化、属人化の防止などですが、デメリットとしてスペシャリスト育成の遅れや、異動直後のパフォーマンス低下、教育コストの増大などが挙げられます』


 上記は、AIに聞いてみた。


 我が社のルールとしてはジョブローテーションは1年間実施する。1年後は必ず元の部署に戻す。というのが最低限のルールだった。

 本来ジョブローテーションの対象となるのは、若手社員なのだが、今回はお試しで実施するということでなぜか、おじさんが選ばれたのだった。


 取締役からは、まあ「人脈を増やしてよ」とすごく曖昧な指示を受けていた。

 なにそれ。どういうこと。仕事的なアドバイスとか無しなの。

 困惑しながらも、私のジョブローテーションは始まるのであった。


 私の異動先、それはDXを推進しているデジタル部門と呼ばれる部署だった。

 そこの部署で私は社内のデジタル推進を進めるシステム部門という、なんとも未知なる世界だった。

 私はシステム屋だけれども、まったく違った独自のシステムを開発している部門の中間管理職だったのだ。


 そして、昨年の10月から私は夜勤ではなく常時日勤のデジタル部門の情報システム担当となった……。


 1年間、何をやってきたか。そこは省こう。仕事の話なんて面白くもない。

 簡単に触れておくと、社内のデジタル化を進めるために、色々な部署の人間と会い、デジタル技術はこんなに簡単に使えるんですよみたいな話をして回ったり、開発してあげたりとやってきたわけだ。まあ、人脈は増えたか。


 私は、毎日日勤を続け、いろいろな人と出会い、そして飲み歩いた。

 日勤のいいところ、それは夜が空くということだ。残業ばかりしている時もあったが、暇になれば夜は長い。

 終電まで飲み歩き、飲み仲間もできた。


 会社の思惑とは違い、私は飲み歩くという新たな特技を手に入れたのだ。

 多い時は1週間で5日出勤中で4日飲みに行っていた。


 三ヶ月に一回は人事部長との面談もあった。

 これはジョブローテーションの手応えを人事部長が知るためにやっていることのようだ。もし不満などがあれば、人事部が動くということなのだろう。

 人事部長との面談で、私は衝撃的なことを知った。

 人事部長は各部門がどのような仕事をしているか知らないのだ。

 同じシステム屋でも元いた部署の仕事とデジタル部門のシステムの仕事が全然違うということもわかっていなかった。

 だから、こんな簡単にシステム屋を異動させてしまうのだよ……。

 私は人事部長に、システム屋の異動というのは、よっぽどのことがない限りはやめた方が良いと進言した。

 なぜならば、システム屋がその場からいなくなると、それまでその人間が担当していた業務を別の誰かが引き継がなければならず、それだけでも大変なこととなるのだ。

 それに新しい技術をシステム屋が身につけると起こることがある。それは「あれ? 別のところでもやっていけるんじゃないか?」という転職野望が沸き起こるのだ。

 そのため、システム屋は異動させてはならない。そんな話を人事部長には1時間近くしてあげた。


 なぜか、それが人事部長の中で私の評価をあげたらしく、元の上司に「いやー、彼はいい人材ですわ」みたいな話をしていたらしい。

 私の話、聞いていました? やっちゃダメなことを言っているんですよ。という感じなのだが……。


 そして、1年が経った。

 私の飲み歩きはそこで終了した。

 送別会では、飲み仲間たちと終電ギリギリまで飲み歩き、固い握手を交わした。


 1年ぶりに元の部署に帰ってきたわけだが、初日から仕事がガンガン回される。

 いや、1年のブランクって長いから。そう言いながらも、仕事を捌かざる得ない状況。そう、私の部署は人が足りないのだ。

 そして、部員がインフルエンザに罹ったたために、復帰2日目にして夜勤。全然体がついて行かない。そんなことを言いながらも、体は覚えているのだ。難なく夜勤を終える。でも、やっぱりしんどい。


 そんなこんなで1ヶ月が経過し、夜勤をやっても体がすぐに回復する状態に戻った。人間の体って不思議。環境に適用しちゃうのよね。

 ただ酒の量は減りましたよ。夜勤やっていると飲み歩くことはなくなりますから。


 というわけで、おじさんの夜勤ライフは再びはじまったのだった。



(番外編)

 小説を書くという点では、面白い変化があった。

 毎日規則正しい時間に起きて、満員の通勤電車で移動してとやっていると、しんどいのだが、その分色々と脳みそが活性化されるのか、アイデアがどんどん湧いてくる。きっと規則正しい生活が脳機能を向上させたのだろうと勝手に思い込んでいる。

 ただ、夜勤の方が考える時間を多く取れるという利点がある。

 どっちも一長一短だ。

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夜に働く、再び 大隅 スミヲ @smee

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