21
冷たいシャワーを浴びた。
髪の毛洗って、顔も体も髪の毛もきれいにした。全身ピカピカにしたよ。これ以上どうしようもないくらい、全部きれいに洗った。
でもどんなに洗っても、俺が今までやってきた事だけはきれいに出来ひん。聖水浴びようが、地獄で焼かれようが、何したってこれだけはなかった事には出来ひんねん。
分かってる。
ダンテはちゃうって言うてくれたけど、やっぱり俺はどうしようもないクソ野郎やねん。腐った生ゴミで、使い古したぞうきんで、汚れ切ってて捨てる事しか出来ひんねん。
姉ちゃんが言うように、いくら俺にその気がなくても、今までそういう事してきたんやからしゃーない。ゆりに適当に遊ばれて、ぽいってその辺に捨てられたって文句言われへん。
だって、自分が散々そういう事してきたんやから。
今更それを後悔して泣いたって、どうする事も出来ひん。全部俺が悪いんや。
姉ちゃんはなんも間違った事は言うてないんや。ゆりの事、友達やと思ってるからこそ、俺みたいな奴と一緒におってほしくない事も分かる。俺かて、ダンテが俺みたいなどうしようもない女連れて来て、好きとか言い出したら止める。
やっぱりゆりの事を思うんやったら、とっとと諦めた方がええよな。俺みたいなんやなくて、もっといい人とおった方がゆりは幸せな筈や。いくら一緒におりたくても、俺はゆりの事を不幸にしてまう。
泣くだけ泣いてすっきりしてから、俺は服を着替えて風呂を出た。髪の毛を乾かすのも面倒で、濡れたままの頭を放置して出た。
部屋にはゆりと姉ちゃん、それにダンテもおった。
三人は揃って俺の事待ってたみたいで、俺の事見るなりほっとした顔をした。
「ルノ、大丈夫か?」
ゆりに言われて、俺は黙って頷いた。脱いだ服をスーツケースの上に置くと、ベッドに座る。ムーランとギャレットを抱くと、黙って布団に引っ込んだ。
枕のところにおったアリーヌちゃんを自分の横に寝かせると、ギャレットもそこに一緒に並べた。布団を頭まですっぽりかぶると、ムーランにしがみつく。
「ちょっと、もう寝んの?」
「おやすみ」
俺はみんなに背中を向けると、とっとと目を閉じた。思いっきり泣きたいけど、そんな情けない事はしたくない。せめてもうちょっとだけでええから意地張ってたい。
そしたらダンテがオレの横に座った。
「今日はオレの部屋来ぇへん?」
「ごめん」
「オレ、ルノと一緒がええな」
なんでこんなに優しいんやろ?
めちゃくちゃ我慢してたのに、泣かへんように必死やのに、そんな優しい事言われたら泣いてまう。ゆりの前で泣きたくないのに。
ゆりが言うた。
「うちがルノと寝たかったのに」
「それだけはうちが許さんからな」
クソジジがそう言うて、ゆりに俺の悪口を言いまくる。俺がパリでいかにクソやったか、わざわざ聞かせんでもええと思うんやけど、思いつく限り全部言うてるみたい。俺も忘れてたような事まで話すんやもん。自分でも聞いててクソやなって思う。俺がやった事やのに。
楽しそうに俺の悪口を言い続けてた姉ちゃんに、ダンテが言うた。
「二人でお茶買って来てぇや。オレ喉乾いたな」
「お茶?」
「うん。なんでもいいから、ルノと二人の分も買うて来てぇや」
ダンテはそう言うと、上手に二人を部屋から追い出した。二人っきりになった途端、ダンテが俺の肩を掴んだ。思いっきり引っ張られて、俺はダンテの方を向いた。
「ルノ、大丈夫? しんどい?」
顔を覗き込まれて、めちゃくちゃ心配そうな顔された。
「しんどい」
ダンテに正直に言うと、我慢してたのが一気に出てきた。ダラダラ涙が出てきて、止められへんねん。もうどうしようもないと思う。
ダンテは俺の肩をさすると、優しい声で言うた。
「やっぱり、オレの部屋おいでぇや。な?」
俺は起き上がると、ダンテにしがみついた。どうしようもないくらい泣いてる俺の事、ダンテは撫でながら優しく言う。
「今のうちや。立って」
ダンテはそう言うと、ギャレットとアリーヌちゃんを持ち上げると、俺にムーランを持たせて引っ張った。大人しく立ち上がってスリッパを履いたら、ゆっくり二人で部屋を出る。二つ横の部屋まで行くと、ダンテは俺をベッドに座らせてから言うた。
「ちょっと待っててや。すぐ戻るから」
ダンテは急いで部屋を出て行った。
座ってる方のベッドは全然使ってなさそうで、俺の横にはギャレットとアリーヌちゃんがおった。
抱いたまんまやったムーランをそばに寝かせると、俺は枕元にあったティッシュを掴む。思いっきり鼻水をかんで、ついでに自分のぐしゃぐしゃの顔も拭いた。
あっという間に山盛りになったティッシュを足元のゴミ箱に入れながら思った。俺もこうやって捨てられるんやろなって。俺みたいな奴、大事になんてされる訳ないんやから。
しばらくそうやって泣いてた。
かなり泣いたと思うんやけど、なんで止まらへんねやろ。いい加減、体中の水分全部を目から出したと思うんやけど。でも全然止まりそうにない。
ぼんやりしてたら、ダンテが戻ってきた。ペットボトルを二本持ってて、それを俺の前のベッドに置いた。そっちはダンテが寝てたんやと思う。布団がぐしゃぐしゃになったままやった。
ダンテは俺の横に座ると、背中を撫でてくれた。
「ルノはクソ野郎ちゃうで。気にしたらあかん」
「俺がどうしようもないの、ホンマやから」
「でもオレはルノがいい子なんよぅ知ってんで。それにゆりちゃんは他の人とは別なんやろ?」
めちゃくちゃ優しい親友に言われて、俺は大人しく頷いた。そしたら頭を撫でられた。
「ジジはそれ知らんから、あんな酷い事言うたんやで。オレがルノのそばにおるから、今日はもう寝よ」
ダンテはそう言うと、ムーランとギャレットを最初に枕の方に並べた。それからアリーヌちゃんを持ち上げると、こっちを見た。
「この子、誰?」
「アリーヌちゃん。ミランダがくれた」
「アリーヌか、可愛いやん」
「垂れ耳のウサギさんほしいって言うたら、目の前で作ってくれた」
アリーヌちゃんをじーっと眺めて、ダンテは笑った。
「いいやん。また枕元が賑やかになるな」
賑やかすぎて、寝るところホンマになくなりそうやけど。でももらった時はめちゃくちゃ嬉しかった。絶対そばで寝てもらうんや。
ダンテはニコニコしながら俺をあいてるベッドに寝かせると、自分の服を見て言うた。
「あっ、オレお風呂まだや」
パジャマみたいなカッコしてるくせに、ダンテはそう言うと俺を覗き込んできた。
「ちょっと入ってくる。お茶飲んで待ってて」
それからペットボトルを俺に渡すと、バタバタと服を脱ぎ出した。ちゃんと服を部屋の隅っこに置くと、バスタオルを持ってお風呂場に入っていった。
心配してくれてんのか、ドア開けっ放しで入ってるから、シャワーの音がよく聞こえてくる。姉ちゃんがいてへんからか、めちゃくちゃ落ち着く。
どうせ今頃、姉ちゃんはゆりに俺が最悪やって話を聞かせてる筈や。きっとそれ聞いて、ゆりは俺なんか嫌いになる筈やのに。
緑茶をゆっくり飲んでたら、ちょっとだけ落ち着いた。
俺みたいな奴に、ゆりみたいなのはあわんかったんよ。クソ野郎に引っかかるべきやない。もっと真面目でちゃんとした人に、大事にしてもらうべきなんよ。
俺みたいなクソ野郎には、クソみたいな女がお似合いやねん。遊んで遊ばれて、どうしようもない付き合いしか出来ひん、所詮はそういうぞうきんみたいな生ゴミ野郎やねん。
すっぱり諦めよう。諦めた方がゆりのためや。俺みたいなどうしようもない奴となんか、いてるべきやない。
今日のは全部幻で、俺は夢でも見てたんや。
最高にいい夢やった。
気持ちいいキスしてもらって、好きって言ってもらえて、そばにおってもらえた。抱きしめてもらった時の体温も、柔らかかった口唇も、優しい匂いも、全部いい思い出にしてしまおう。きっと一生忘れへんと思う。
でも諦めやなあかんの、めちゃくちゃつらい。しんどくて苦しくて、ちょっと悔しい。友達に戻りたくないのは、俺が女々しいからや。ゆりのためには諦めやなあかんの分かってるけど、俺がそばにおりたかった。
俺、ゆりが他のいい人と歩いてんの見て、平気でいられる自信ない。そいつがどんなにいい奴やったとしても、俺は応援出来ひんと思う。
ただの友達に戻れるやろか?
全然自信ない。
でも明日には何もなかったような顔して、ゆりの友達に戻らんなあかんねん。そうせな、友達ですらおられへんようになってまう。せめて友達としてでええから、そばにおりたい。完全に俺のわがままやけど。
ぼうっとしてたら、ダンテが風呂を出てきた。髪の毛を拭きながら、素っ裸のままベッドに座る。
「暑い。寒いからって、熱いお湯浴びすぎた」
ダンテはパンツも履かんとベッドに転がった。
「扇風機ほしい。暑すぎる」
真冬やっていうのに、ダンテはアホな事を言うてる。せめてパンツくらいは履いたらどないやねん。でも今はそれくらいの方がちょっと落ち着く。
ちょっとだけそれ見て笑ってたら、何故かドアが開いた。ズカズカ部屋に入ってきたのはゆりで、後ろを姉ちゃんがなんか言いながら追いかけてきてる。
ぎょっとした顔のダンテが、慌てた様子で布団をかぶった。そらそうや、ノーパンやぞ。フルチンやフルチン。そこにゆりと姉ちゃんが入ってきたんやから、ビビったんやろ。姉ちゃんだけならともかく、ゆりがおったら俺かてビビる。
「ちょっとゆりちゃん?」
ダンテが布団をかぶってバタバタ暴れてる。
「ごめん、ダンテ。でもルノに話がある」
ゆりはそう言うと、スリッパを脱いで俺のおる方のベッドに上がってきた。持ってたペットボトルを取り上げられて、サイドボードに置く。俺の横におったムーランを押しのけると、俺の足の上にのっかってきた。
逃げたいのに逃げられへん。
当然、フルチンのダンテは動かれへん。
自力でどうにかせなあかんのに、ゆりが怒った顔でこっちを見てる。どうしよう、めちゃくちゃ怖い。動かれへんようになって、手が震えてきた。
ゆりは俺の服を掴むと怒鳴った。
「そんなにうちが信用出来ひんの?」
なんにも言われへん俺の事を睨んで、めちゃくちゃ怖い声で言う。
「好きって言うてるやんか。ジジに何言われても、ルノの事捨てへんって、なんで信じてくれへんの?」
あかんのに。
諦めるって決めたのに、なんでゆりはこんな事言うん? 俺みたいな奴がおったら、ゆりは不幸になる。諦めやなあかんのに、なんでそんな事言うん?
嬉しいけど、喜んだらあかんのに……。
俺なんかが、ゆりの事好きでおったらあかんねん。俺みたいな生ゴミのぞうきんクソ野郎と、一緒におったらあかんねん。
泣きたくなくて、必死で我慢した。
でも心臓をぞうきん絞りされてるみたい。きっと俺がぞうきん野郎やから、神様が心臓絞ってんねん。痛くて苦しくて、どうにかなりそう。刺された時よりよっぽど痛い。めちゃくちゃしんどい。
ダンテが布団をかぶったまま、ゆりに言うた。
「ちょっとゆりちゃん、落ち着いて」
「ゆりちゃん、ルノの事はホンマにやめって言うてるやんか」
姉ちゃんもゆりの肩を掴んで言う。
ゆりはそんな二人を睨みつけて怒鳴った。
「黙ってて」
それから俺を見つめた。
「正直に言うて。うちが嫌いなら嫌いってはっきり言うて」
嫌いって言わなあかんの分かってる。
俺みたいなんが、ゆりの事好きでおったら迷惑なんやから。どんなに好きでも、諦めやんなあかんって、自分が一番よぅ分かってる。今回ばっかりは姉ちゃんが正しいんやから。
でもどうしても嫌いって言われへんねん。好きで好きで、どうしようもないくらい好きで、そばにおってほしくてたまらんねん。
捨てんといてほしい。
なんでもする。どんな事でもするから、俺の事そばに置いててほしい。ゆりが望むんやったら何されたって文句言わん。ホンマに、なんだってやんのに。
でも俺はパリの悪魔なんて呼ばれたとんでもない不良で、パトカー燃やしたり、ポリ公に追い回されたり、学校でハシシを売って停学食らったりしてきた。中学の頃には酒飲んで、ありとあらゆる女と寝て、ジャメルと二人で散々めちゃくちゃしてきた奴やねん。ぞうきんなんかよりよっぽど汚くて、生ゴミより腐ってて、クソなんて言葉じゃ足りんくらいのクソ野郎やねん。
顔以外になんもない。
ゆりに何もしてあげられへんような、こんな俺が好きって言うていい相手やない。好きでおっていい筈ない。
だから、俺は下を向いた。
「俺が好きでおったら、迷惑やから」
「は?」
「俺みたいなんと一緒におらへん方がいい」
どうにかそう言うたら、ゆりに引っ叩かれた。
別に大した事ない。叩かれんのには慣れてるから。姉ちゃんやヴィヴィアンに叩かれた方が、絶対痛い筈やから。
せやのに、叩かれた左のほっぺたがめちゃくちゃ痛くてズキズキした。痛くて苦しくて、堪えてた筈やのに、涙が出てくる。
ホンマにカッコ悪くて情けない。
ほんのちょっとでええから、カッコつけさせてくれたらええのに。
「なんでそんな事言うん? ルノが好きやったらなんで迷惑なん?」
なんも言えんでおったら、俺を壁に突き飛ばして右手を押さえつけられた。顎を掴まれて顔を無理矢理上げさせてくる。
「答えられんのか」
怖くて震えてんの、絶対バレた。
でももうどうにも出来そうにない。ガタガタ震え出して、自分でどうする事も出来ひん。なんの言葉も出て来ぇへんねん。
ゆりはめちゃくちゃ低い声で言うた。
「ええわ。うちがルノの事好きなんは勝手やからな。好きにさせてもらう」
それからめちゃくちゃ乱暴にキスされた。
逃げられへんように顔をがっちり掴んで、抵抗出来ひんように手を押さえつけられる。噛みつくように口唇をくっつけて、舌で口をこじ開けられた。あんなに気持ちよかった筈やのに、今は怖くてやめてほしくて、涙がボロボロ出てくる。
相手はゆりで、いくらでも押しのけられる筈や。だって相手は俺よりずっと小柄な女なんやから。
せやのにめちゃくちゃ怖くて、手が震えて力が入らへんようになった。相手はゆりで、嫌やない筈やのに。好きな筈やのに。
あいてた左手でゆりの体を押して、顔をそらそうとした。でもゆりは全然放してくれへんかった。
ぐちゃぐちゃにされて、泣いて、もうやめてって何回も思った。ようやく放してもらえた時には、虫女にバッタ食えって言われた時みたいになってて、俺は抵抗出来んと泣きながら座ってるだけやった。
「ゆりちゃん、もうやめて」
ダンテがそう言いながら、姉ちゃんに止めろって言うた。でも姉ちゃんは全然ゆりを止めようとはせぇへんかった。黙って見てるだけ。
ゆりは顔から手を放すと、肩を壁に向かって押し付けてきた。怖くて横を向いたら、今度は首筋に噛みつくようにキスをする。めちゃくちゃ乱暴に吸いつかれて、どんどん場所を変えていく。
自分がとんでもなく情けない声出して泣いてるのだけが分かった。
怖くて、どうしてもやめてほしくて、俺はゆりの肩を押した。
「もうやめて」
どうにかそう言うたら、ゆりはようやく放してくれた。
「気は変わったか?」
急にそんな事を言われて、俺はゆりを見た。怖くて、顔を見る事は出来ひんかった。ゆりの胸元を見るのが限界。そっから上を見る勇気はなかった。
「うちはルノの事どんなに泣かせてでも、好きって言わせんで。まだ好きって言う気にはなれへんか?」
なんも言われへん俺に、ゆりは言うた。
「ジジやダンテの前で、もっとされたいんか? 早よ言うた方がええと思うで」
返事出来る状態やないのに、ゆりは全然待ってくれへん。顎を掴まれて、目を真っ直ぐ見つめてくる。怖くて目をつぶったら、ゆりが言うた。
「そうか、今度は口唇がいいんか」
なんで? なんでゆりはこんな怒ってんの?
俺が好きって言うたら、あかんのに。
もうやめて、俺もう無理や。無理やのに。
隣りのベッドから、ダンテの声が聞こえてくる。
「ゆりちゃん、ルノが可哀想や。もうやめて」
「こいつがうちの事好きって認めるまで、やめる気はない」
ゆりはきっぱりそう言うと、ほっぺたを叩いてきた。
「おい、なんとか言え」
こんな事されてんのに、俺はなんでまだゆりの事が好きなん? めちゃくちゃ酷い事されてんのに、どうしようもないくらい怖いのに、それやのにゆりの事が好きやねん。好きで好きで、嫌いになんかなられへんねん。
認めて好きって言えば、ゆりはやめてくれるやろ。きっとめちゃくちゃ優しく抱きしめて、泣き止むまで頭を撫でてくれる。その後とろけるようなキスをしてくれるんやろ?
でもゆりは? 俺なんかと一緒におったら、不幸になるだけやって分かってる。好きやから、好きって認める訳にはいかんのに。
とうとうダンテが布団を出てきた。腰にバスタオル巻いて、ゆりの腕を掴んだ。
「ゆりちゃん、そんな事したらあかん」
「分かってるよ、そんな事」
ダンテの方を向いたゆりは、泣きそうな顔して言うた。
「しゃーないやんか、ルノの事好きなんやから」
それからゆりは俺にしがみついてくると、耳元で泣き出した。パジャマがゆりの涙でどんどん濡れていく。
「昼間、好きって言うてくれたの、めちゃくちゃ嬉しかったのに。今更、こんなん酷いやんか」
さっきまであんなに怖くて苦しかったのに、急に楽になった。だって目の前で泣いてるゆりは、俺の事が好きって言うて泣いてくれてるんやから。俺の涙は引っ込んで、ピタッと止まった。手の震えもない。
俺は目の前で泣いてるゆりの背中に腕を回した。ゆっくり撫でると、ゆりは泣きながら言うた。
「なんで好きって言うたんよ? こんな事言うんやったら、なんも言わんといてくれたらよかったのに」
なんて言えばいいか悩んでたら、ダンテがベッドに座った。姉ちゃんがめちゃくちゃ困った顔してゆりを見下ろしてる。二人は無言で、ゆりが泣いてんのをじっと見てた。
「ごめん」
言わなあかんと思って、俺はゆりに言うた。
「ごめんちゃうわ。好きって言え」
どうしよう。言うてええんかな?
迷ってたら姉ちゃんが言うた。
「ゆりちゃん、ごめんな」
姉ちゃんはそう言うと、俺の前に座った。
「うちがルノに余計な事言うた。ルノがそこまで本気やと思わんかったから」
「どういう事?」
「ルノにゆりちゃん傷つけんなって言うた。まさかこんな事言い出すとは思わんくって」
ゆりは俺から体を離すと、俺の顔を見つめて不思議そうな顔をした。
「なんでルノがうちの事好きやったら傷つくと思ったん?」
怖かったけど、正直に言うた。
「だって俺、腐ったゴミくずみたいなクソ野郎やから」
「は?」
「俺とおったら不幸になると思った」
ゆりがめちゃくちゃ困った顔をした。
「うち、昼間はめちゃくちゃ幸せやったのに?」
下を向いたら、ゆりは頭を撫でてくれた。
「うちはそのクソ野郎が好きやで。大好きや」
泣きたくないのに涙ばっかり出てくる。今度は嬉しくて、涙が止まらへんようになった。
「俺もゆりが好き」
ダンテにお礼を言うて、ゆりの部屋に行った。
姉ちゃんも好きにしろって言うから、俺はギャレットらを連れてゆりの部屋に行ったんや。ありがたく、隣りのベッドを使わせてもらうんよ。ゆりはむしろ来いって言うてくれた。
横のベッドにギャレットを寝かせてたら、ゆりがバスタオルを持ってきた。
「ルノ、頭びちゃびちゃやで」
いろいろあって、乾かしてなかった。めちゃくちゃ適当に拭いて、そのままさっさと寝るつもりやったから濡れっぱなしや。起きてる気なかったから、肩が濡れて冷たい。
「乾かしたるから座ってて」
ゆりはそう言うと、俺の頭をタオルでよく拭いた。それだけでだいぶ頭が軽なった気がする。どんなけ適当に拭いたんや、自分。そこをドライヤーで乾かしてくれた。
これだけの事が凄い嬉しくて、俺は膝にのせたムーランにしがみついた。ちょっと恥ずかしいけど、めちゃくちゃ嬉しい。きれいに乾いてから、ゆりは俺の髪の毛を撫でた。
「ごめんな。凄いキスマークいっぱいつけてもた」
つけられた時はめちゃくちゃ怖くて嫌やったけど、今は全然そんな事ない。めちゃくちゃ目立つところやと思うから、ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。
俺は後ろを見ると、ゆりに言うた。
「俺も悪かったから」
「そうか? あれは全部うちが悪いと思うんやけど」
ゆりはそう言うと、ベッドを見て言うた。
「なんでそっちにギャレットいてんの?」
「そこで寝るから」
「なんで横、来ぇへんの?」
何も考えてなかったから、ゆりに訊かれて困った。
別になんかする気はないんやし、横に行けばええと思う。ゆりはする気かもしれんけど、今日はこれ以上なんも出来る気せぇへん。絶対立たへん。
「行ってええん?」
「来てぇや」
ゆりはそう言うと、ムーランを俺からとって、ゆりの方のベッドに置いた。ギャレットとアリーヌちゃんもそっちに移すと、自分ももぞもぞ布団に入っていく。
「ほら、おいで」
俺はちょっとだけ悩んで、ゆりに言うた。
「今日はもうなんもせぇへん?」
怖い訳やないけど、もうこれ以上泣きたくなかってん。ホンマにそんなけ。十分泣いたし、疲れてしんどい。ゆっくり寝たかった。頭撫でて、くっついて寝るだけって、約束してほしかった。
ゆりはちょっと笑って、ムーランを抱いた。
「来てくれへんねやったら、やっぱりムーランを彼氏にするわ」
正直、約束してくれへんのがちょっと怖い。でもゆりにやったら、何されてもいい。今晩また、めちゃくちゃ泣かされるとしても、ムーランにゆりを譲りたくなかった。
だから怖かったけど、ゆりの横に座った。布団に足を入れて、ゆっくり体を寝かせる。多分ガチガチに緊張してんの、ゆりにバレたんやと思う。ゆりは俺にムーランを持たせてから、俺の横に寝転がって笑った。
「そんな顔せんでもなんもせぇへんから、こっちおいで」
体をぎゅってくっつけると、ゆりは頭を撫でながら優しい声で言うた。
「もう乱暴にはせぇへんから、安心して」
何してもいいのに、ゆりはそう言うとめちゃくちゃ優しく撫でてくれた。俺が抱いてるムーラン絶対邪魔やのに、ゆりはムーランごと抱いてくれてる。ゆっくり俺を覗き込んで、ニコッと笑う。
「幸せ」
そんなん俺もやのに、ゆりはめちゃくちゃ嬉しそうや。気持ちよくて、すぐに力が抜けてきた。頭撫でられんの、なんでこんなに気持ちいいんやろ。
すぐに眠たくなってきた。
「あ、一つだけお願い」
ゆりは急にそう言うと、俺を見てちょっと恥ずかしそうに笑う。
「何?」
「おやすみのキスくらいはしてもいい?」
「もちろん」
凄いのされたらどうしよ。
いやでも、ただのおやすみやろ? そこまでなんもされへんと思うんやけど。でもちょっと緊張する。
ゆりは俺の肩を押して仰向けにすると、頭の横に手をついた。おでこを撫でられて、髪の毛を顔から払いのける。めちゃくちゃ嬉しそうな顔したゆりが、ゆっくり顔を近寄せてきた。
さっきされたのとは全然違う、めちゃくちゃ優しいキスをされた。ゆっくり口唇に口唇を重ねて、優しく触れるだけ。それだけでどうにかなりそうなくらい気持ちよくて、動かれへんようになった。
たっぷり時間を掛けて口唇を離すと、ゆりは幸せそうに笑う。
「そんな顔されたらもっとやりたくなるやん」
「して」
ちょっと怖かったけど、俺はそう言うた。こういう優しいやつやったら、全然平気やと思ったから。それに今度は、無理って言うたらすぐやめてくれる。俺が泣き出す前に、気付いてくれると思ってん。
ゆりは俺の手からムーランをどけると、枕の上に座らせた。それから戻ってくると、俺に覆いかぶさってくる。
「ホンマに大丈夫なん?」
頷いてから、ゆりを見つめた。
「優しくしてな」
そしたらゆりはめちゃくちゃ優しくキスをしてくれた。
こじ開ける必要ないくらい力抜けてるけど、優しく口唇を舌でノックされる。そっと口に舌を入れてから、優しく絡められた。柔らかい口唇にほっとして、俺は大人しくゆりを受け入れる。
今までした中で一番優しいキスやった。
もう頭は真っ白で、ゆりの事以外考えられへん。気持ちよくて、ぎゅって苦しくなる。嫌な感じやなくて、心地いい痛みやった。もっとしてほしくて、俺はゆりの背中に手を伸ばした。
しばらくそうしてたけど、ゆりはそっと口唇を離すと言うた。
「なんでそんな可愛い顔すんの?」
自分で自分がどんな顔してんのかなんか分からんのに、ゆりにそんな事言われて恥ずかしくなった。そんなとろけた顔してたんかな? でもやめてほしくなんかなくて、俺はゆりにしがみついた。
「可愛いけど、それされたら続き出来ひんで」
それはそうなんやけど、恥ずかしくて離れたくなかった。女じゃないのに、電気消してくれって言いたくなるくらい。目の前のゆりにくっついて、胸いっぱいにゆりの匂いを吸い込んだ。最高の気分や。
ゆりは俺の髪の毛を撫でて言うた。
「もうちょっとだけしていい?」
大人しくゆりからちょっとだけ離れて、俺は頷いた。
何されてもいいって、本気で思う。このまま酷い事されてポイ捨てされても、構わんって本気で思った。
ドラッグよりよっぽど中毒になりそう。ゆりとのキスはそれくらい気持ちよくて、頭がイカレてまいそう。でもイカレてもいいって思うんよ。
それくらい気持ちいい。
優しいキスを何回かして、俺が動かれへんようになってから、ゆりは頭を撫でてくれた。
「今日はもう寝よ」
なんとか頷いたら、ゆりは横にころんと転がって、俺の事を抱きしめてくれた。ぎゅってして、おでこにキスして、肩にほっぺたをくっつけられる。俺がずっとしてもらいたかった事、全部してくれた。
これでもかってくらい優しく撫でられたから、俺はゆりの背中に腕を伸ばすとしがみついて目をつぶった。
俺、ゆりの事大好きやって、心から思った。
スタートリガー社の工作員達 続編05 桜井もみじ☆ @taiyou705
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