Chapter.1『Information』

茉央と監督班の男と別れた千裕が向かったのは、繁華街の雑居ビルに入った一見普通のネットカフェ。


店頭には[自由で快適!]と書かれた看板が掛かっている。


千裕は構わず店中へと入る。


店内は薄暗く、壁際にはドリンクバーと漫画棚が並ぶ。


受付のカウンターには、フード付きのパーカーを被った店員が無気力に座っている。


「いらっしゃいませー。会員証はありますかー?」


「これで」


千裕が無造作に会員カードと共に木蓮が刻印された純金製のペンダントをカウンターへと置く。


店員はチラリとそれを確認すると、一瞬驚いた表情を浮かべ千裕の顔を見る。


「.....な、何時間のご利用ですか!」


千裕のカードを見た途端、無機質だった声色が一変した。


突然、背筋を伸ばし、聞き取りやすくハキハキと喋り始める店員。その無表情だった瞳に焦りと敬意が混ざる。


しかし千裕にとってはごく当たり前の風景。

とくに気にする様子は見せない。


「んー30で」


「かしこまりました。ではD-08をご利用ください。ごゆっくりどうぞ」


「ご苦労。ありがとう」


鍵を受け取った千裕は、店内の奥へ足を向ける。


通路にはD-01から順に個室が並んでいるが、D-08だけは、通路の突き当たり。非常口の横。

他の部屋からも死角になる、店内でも一番目立たない場所だ。


足音を消すように歩き、端の端にある扉の前で止まる。[D-08]と描かれたプレートを確認し、静かに扉を開けた。


そして個室に入ると、すぐに扉の鍵をかける。


一見は普通と変わらないネットカフェの個室。

黒のマットが床に敷き詰められ、机の上にはやけに明るい画面のモニターがひとつ。


だが、千裕はモニターには目もくれず、中央のマットレスに手をかける。


そのままマットレスを外し、脇へ寄せると、床板の不自然な枠組みが顕になる。


屈み込み、千裕はその枠組みを数回、指でノックする。


コン・コン・コン───


すると機械音と共に床の枠組みが左右にスライドし、地下へと続く階段が現れた。


「相変わらず、無駄に凝った作りだな。でもネカフェの個室が入り口ってのは面白い」


千裕は独り言を呟きながら、階段を躊躇なく降りると、薄暗い廊下が続いていた。


コンクリートむき出しの壁、一定間隔で並ぶLEDライト。まるで地下壕のようだ。


天井には無機質な監視カメラが並び、通過に合わせてレンズがゆっくりと回る。足元のセンサーが作動し、短い認証音が鳴った。


この地下は、一般客はもちろん、店員扮した組織の構成員ですら立ち入らない区域だ。


奥の方からは電子音とタイピング音が響いている。キーを叩く速度が異様に速く、まるで複数人が同時に作業しているかのようだ。


廊下を少し歩くと、無造作に貼られたモニターが壁を覆う部屋へと辿り着く。


床には延びたケーブルと空のペットボトル、食べかけの菓子袋。


作業机の周囲は複数のキーボードと外付けドライブで埋まっており、生活感と業務用機材が混ざったカオスな空間になっている。


そこにはジャージ姿に丸メガネを掛けた垂れ目の20代前半程度の高身長でモデル体型の女性。

だがすっぴんの顔は疲れ切っており、髪も適当にまとめられてる。ヘッドホンを首に引っ掛け、肩に羽織った毛布は完全に寝起きの姿だ。


「誰かと思ったら、千裕くんか」


「久しぶりだな立川瀬奈たちかわせな


千裕に気がついた瀬奈は、パソコンから目を離す事なく、片手で器用にポテチを開けて頬張り、缶ビールを一気に流し込む。


「ふぅ.....数いる情報班の中で。私みたいな嫌われ者のところなんてよく来るよね」


瀬奈は自嘲気味に笑いながら、更にビールをあおった。情報班の中で煙たがられる彼女を、千裕は何度も頼ってきた。


「優秀すぎてひがまれてるだけだろう。違うか?」


「.....否定はしないよ。で?何の情報が欲しいのさ」


「霧島グループの代表取締役社長の情報が欲しい」


その言葉に、瀬奈の手がピタリと止まる。


「おぉ。これまた随分と大物を」


「あぁ。しかもボス直々の使命でな」


その言葉に、ようやくこちらを向いた瀬奈の表情は真剣そのものだった。


「随分出世したのね」


「あぁ、幹部にまで昇進した。知ってるだろ?お陰で組織の人間の大半が僕に敬語だ。未だにタメ口を聞いてくれる存在の方が珍しいよ」


「あら幹部様には、敬語の方がいいかしら?」


「やめてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」


千裕は短く吐き捨て、視線を落とす。


「知ってる。ま.....無駄話もそこそこに始めちゃうね」


そんな千裕をよそに、瀬奈は軽快にキーボードを叩き始めた。十本の指が踊るように動き、モニターには次々と複数のウィンドウが開かれ、検索エンジン、データベース、監視カメラの映像などの画面が光の洪水のような速度で切り替わる。


そして、不要なデータは自動で排除され、必要な情報だけが画面に残っていく。


処理に追いつかないファイルは即座に切り捨てられ、残った数本の映像に同じ男の姿が映った。


「んー。霧島グループの代表取締役社長、霧島宗介きりしまそうすけ。年齢は53歳。表向きは知っての通りだと思うけど.....裏の顔もある」


「ざっくりとした話は監督班の田中から聞いてる」


瀬奈はポテチの粉まみれになった指をティッシュで拭いながら、続けた。


「どこまで聞いてるか知らないけど、改めて説明させてもらうね。裏社会では《帝王》の異名を持ち、政治家とも癒着。賄賂、詐欺、土地の不正取引、資金洗浄...あぁ、あと最近は人身売買にまで手を出してるっぽいよ」


「随分と真っ黒な社長さんだな」


千裕は腕を組みながら、モニターの一つに映る霧島宗介の画像を見つめる。


スーツ姿の中年男、精悍な顔付きだが、どこか冷徹な雰囲気を漂わせていた。


「コイツに接触を図る事すら困難だよ」


千裕はホルスターの銃を軽く撫でる。


「いざとなれば強行する」


「それも...難しいかも」


「なぜだ?」


「厄介なことに、私たちみたいな組織の存在も認知しているっぽいんだよね。最近は武器関連の取引が増えてる。それに裏の人材も大幅に増員してる」


「素人がいくらいようと、僕たちには関係ない」


「だと良いけど.....。あと、最近は海外マフィアとの繋がりを強めてるみたい。先月末にも中国系組織と密会してたらしい」


「そっちの詳細は?」


「あるにはあるけど...んー、組織の中でも最上位の実力と謳われる、あんたでもヤバいかもよ?」


瀬奈は口角を上げながら、千裕を見る。


「僕が対処できるかどうかは、情報を見てから考えるよ」


言葉こそ淡々としているが、千裕の視線は一瞬だけ鋭くなる。


「はいはい。じゃあ続きね」


瀬奈は椅子を軋ませながら背伸びをし、再度キーボードを叩く。


「次に動きがあるのは三日後。表向きは投資家向けのパーティーだけど.....」


千裕は静かに彼女の言葉を待った。


「その裏で、闇のオークションが開かれる。しかも武器や麻薬だけじゃなくて、人が競りにかけられる」


「なるほど。霧島本人が仕切るのか?」


「会場には姿を出すとは思うけど、オークション自体の管理は、霧島の側近の「三嶋大吾みしまだいご」って奴がやるっぽいよ。詳細は────」

「────アメリカ国籍を取得している元米兵。中東に派遣され数々の勲章を授与。だが敵兵への過度な暴力行為や現地民の殺害などの問題行為が発覚し、軍法会議にかけられ数年の服役生活を過ごした後に、日本へと帰国するも表社会に馴染めず、殺しを生業とする組織へと加入っといった.....感じだっけ?」


「よく知ってるね。何か因縁でもあるの?」


「ない。ただ国内にいる、僕たちに害をなせるほどの危険人物たちは概ね把握しているだけだ」


「随分とまあ、立派な心がけね」


瀬奈は皮肉に笑いながらも、カタカタとキーボードを叩き続けている。


モニターには経歴、指紋データ、前科記録が並び、どれも真っ黒に塗りつぶされていた。


映し出された三嶋大吾の画像を眺めながら、千裕は無表情なまま続きを促す。


「で、そのオークション会場の場所は?」


「えっとね.....東京湾の沖に浮かぶ、廃棄予定のコンテナヤードだってさ。普通なら立ち入り禁止区域だけど、莫大な金に物を言わせて買い取ったっぽい。私もそんな金が欲しいものだよ」


「....だな。とりあえずデータを僕のところに送ってくれ」


千裕は淡々と呟く。


だが、瀬奈は何やら不満を滲ませた顔を浮かべる。


「だな。ってねぇ.....あんたは相当貰ってるでしょ!」


「安心しろ。給金も追加報酬も最低限しか貰ってない。大半は、組織運営の孤児院に寄付してる」


「あら.....私に寄付してくれてもいいのよ?」


「無駄口を叩いている暇があるなら、さっさと送ってくれないか?」


ポケットから小型のデバイスを取り出し、指でカチカチと叩く。


「あはは.....ごめん、ごめん.....はーい、っと」


瀬奈はデータを転送しながら、ちらりと千裕を見た。


「なんだ?」


「いや別に。茉央ちゃんは元気?」


「相変わらず元気だよ。でも友達が少ないのが気になる。良ければ今度遊んでやってくれ」


「私が!?」


「そう瀬奈がだ。お前も少しは陽の光を浴びた方が良い。健康は大切だ。体が資本だぞ」


千裕の言葉に、瀬奈はばつが悪そうに目線を下げた。


「.....か、考えとく。とりあえずデータは送り終わったよ。遊ばせたいならまず死なないでね」


「感謝する。そして善処しよう」


千裕はデータが無事にデバイスに届いたことを確認し、静かに部屋を後にする。


瀬奈は彼の背中に向かって、聞こえるか聞こえないかの声で「無茶すんなよ」とだけ呟いた。

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2025年12月30日 10:00
2025年12月31日 10:00
2026年1月1日 01:00

デュアル×クロス 餅麦あるご @motiaru112277

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