Chapter.1『next mission』
兄妹が外へと出ると、そこには30代半ばほどの窶れた顔立ちをした黒スーツの男が、深く頭を下げている。
背後には、いかにも高級そうな黒塗りの車が待機している。
「お疲れ様です。
「おつ〜」
「あぁ、お疲れ」
丁寧な口調の男に対して、感情のこもっていない声色で2人は言葉を返した。
だが千裕と茉央の態度に気にする様子もなく、男は言葉を続ける。
「はい。既に清掃班は呼んであるのでご安心を。指定の場所までお送り致しますので、お乗りください」
最初に2人が後部座席に乗り、男が遅れて乗り込み発車する。
「どちらまでお送り致しましょうか?」
「近くのファミレスまで」
「私も同席しても構いませんか?」
「かまわ────」
「────えーやだ」
「....私の奢りで構いません。次なるお仕事の話もしたいので」
「ダメ。折角おにぃと2人で....」
ダダをこねる妹に、容赦のない千裕の手刀が振り下ろされる。
「.....痛っ!」
反射で声が出る茉央。
だが、石頭の茉央に手刀を叩き込んだ結果、ダメージを負ったのは千裕の手の方だった。骨に響いた痛みに一瞬だけ眉が動く。
小さく震える手を、何事もなかったかのようにジャケットの裾で隠し、平然を装いながら、千裕は男の同席を許可する。
「構わない。向かってくれ」
再び口を開こうとする妹だが、千裕の無言の圧力に負け、わざとらしく両手で口を覆ってしばらくは無言でいた。ぷくっと頬を膨らませ、背もたれに体ごと預けて反抗の姿勢だけは崩さない。
しかし兄妹2人がいい。そう思い口を開くも、千裕は窓の外を眺めながらも、それを察して、茉央の口に手を強く押し当てる。
「むーっ!むむっー!」
どれだけ声を出そうと口から手が離れず、嫌がらせとして、舌を出し、千裕の手をベロベロと舐める反撃をする。車内の静寂に、ぺちょぺちょと湿った奇妙な音が響いた。
だが、それでも不動の手に、茉央は降参を選ぶほかなかった。
「
千裕は静かに、背もたれで手を拭いていたが、茉央はそれに気がつくことはなく、スーツ男だけが、微妙に苦笑していた。
こうして赤い看板のファミレスへと辿り着き、入店する3人。
千裕とスーツ男はドリンクバーのみ。
茉央はパスタとハンバーグ.....ではなく、結局大きなパフェを四種類全て注文した。
「それで?珍しいな。間髪入れずに次の仕事の話って」
そう軽い口調で話を切り出す千裕の仕草は抜かりなく、ポケットから徐に、手のひらサイズの黒い筒を取り出し机の中心に置いた。
筒の正体は吸音機で、有効範囲は半径3m。
その内側なら普通に会話できるが、範囲外には声が届かない。
外部からの盗聴を完全に遮断できるハイテクな装置だ。
「おっしゃる通り。本来なら仕事のパフォーマンス低下を防ぐために、任務後は最低でも一週間以上は休暇となります」
「人手不足的な?」
すでに2個目を完食している茉央は、スプーンを男に向けて問う。その口元にはホイップが付いている。
「まさか。組織が人手不足などあり得ません」
「だよな」
当たり前だという顔で千裕が頷く。
彼らが所属するのは、日本の裏社会に広く深く根を張る傭兵組織[アコナイト]
拉致、暗殺、護衛から犯罪への加担とあらゆる仕事を請け負う。ただし、唯一の条件は[仕事に見合った対価]を支払えるかどうか。それさえ満たせれば、相手が犯罪者であろうと、警察組織であろうと、一般人であろうと、誰の手足ともなり得る傭兵を貸す。
ゆえに、彼らは正義にも悪にも属さない。どちらに肩入れするかは、契約書に書かれた金額次第。
組織は三千を超える数の構成員を抱える大規模なもの。ただし高澤兄妹のように傭兵として実際に依頼をこなす者は、全体の5%にも満たない精鋭のみ。
残る95%以上の構成員たちは表社会に溶け込みつつ、傭兵たちが円滑に仕事を遂行するための支援や裏方として機能している。
普段は会社員、医師、教師、サラリーマン──しかし必要な時には、裏社会のために動く“別の顔”を持っている。
【監督班】傭兵の送迎を担当しつつ、任務の指示や進行管理を行う。
【武装班】武器や装備品の開発や調達・管理・傭兵の受け渡しを担当。
【清掃班】死体処理や建築物の修繕など、仕事の証拠隠滅を専門とする。
【治療班】負傷した傭兵を現場から回収、治療を行う。
【情報班】傭兵が必要とする情報を収集・分析を即座に行う。
他にも【粛清班】や【補助班】など、いくつか班はあるが、現場で動く主要な班はこんなところ。
彼らの多くは、一般人として社会に溶け込みながらも、必要とあらば即座に裏の顔を見せる。
それこそが、組織が日本の裏社会で盤石な地位を築いている理由の一つだった。
あらゆる状況にも瞬時に対応可能。故に人手不足などあり得ない。
「はい。少し面倒な仕事でして。まず依頼主は政府関係者とのことです」
男は一層真剣な顔で2人を見つめる。
「やめよ?もうめんどくさいよぉ〜」
ため息混じりに、茉央は器用にスプーンを手で回している。
「茉央。黙ってパフェ食べてろ」
「はぁ〜い。あ、すいませーん!パフェおかわり!」
茉央が吸音機の電源を切ると、嬉しそうに大声でパフェを注文した。
「.....悪いな。で、それで?」
千裕はわざとらしく茉央を睨みつけ、ため息を吐きながら吸音機の電源を入れ直して、男に続きを促した。
「依頼内容は、霧島グループの代表取締役社長の暗殺と、とあるデータの奪取です」
「なにそれ。知ってる?おにぃ」
「当たり前だ。霧島グループは、日本国内に広く展開する大手総合企業。不動産、金融、IT、エネルギー分野とかも幅広く手掛ける巨大コングロマリットだよ」
「その.....コングマグロリゾットの!偉い人を殺せばいいってことね!」
茉央らしい言い間違いに千裕は軽く呆れた。
「そうじゃな.....いや.....そうだ」
「ち、千裕様のおっしゃる通りですが.....その裏では違法取引や、競合企業への悪質な妨害、一部の政界との癒着と影の部分があります」
「ほう.....」
茉央を話も聞かずにパフェに食らいつく中、千裕は興味深そうに話を聞いている。
「簡潔に言えば、政敵を蹴落とすためにも政界との癒着をリークできる情報を記録が欲しいというわけですね。信頼のある2人をと.....ボスからの勅命だそうです」
そして、スーツの男は一通りの依頼内容の説明を終える。
空になったパフェの容器を眺めながら、茉央は考える。
(────めんどくさい、けど)
「ねぇ、おにぃ。やる?」
「任務は絶対だ。それに、ボスからの勅命だぞ.....やるしかないだろ」
「はぁ〜わかったよぉ。ね!じゃあ次の仕事終わったら、一緒に[ケーキパラダイス]ってところ行ってみたい!連れてってよ!」
「わかった。約束しよう」
茉央は満面の笑みを浮かべ、椅子の上で小さく弾むように揺れた。
「やったぁっ!」
そんな会話を交わしつつ、兄妹は次の仕事に向け、準備を始めるのだった。
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