第9話 17日目

 幸子は病院に1泊した後、自宅に帰ってきた。失意の底に落とされた幸子は声をかけても反応が鈍く、着いて早々茶の間に座り、屍のごとく動かなくなってしまった。それが一昨日の出来事である。


 幸子が1泊している間、もちろん自宅にいたのは勘助のみだ。

 蘇生の条件において、屋内にいるのが勘助1人でどうなるのか、実は国家が注目する事案だったらしい。前日に事故死等した人物に、国家にとっての重要人物がいないことを確認したうえで、幸子不在時に何か変化が生じるのか、さり気なく試されていたのだ。勘助がそれを知ったのは後日沓澤が口を滑らせたその時であった。


 結果は…………蘇生はこれまでどおり起きた。

 勘助は初めて1人で、死した人々の像を朝に目の当たりにした。もう、赤の他人である死人が蘇っても特別心を動かされることはなかった。

 ただし、条件がはっきりしない以上、無闇にあれこれいじるべきではないという考えが上層部にて勝ち、勘助と幸子が自宅外で宿泊するのは許されなかった。




「もしかしたら上田さんがお探しの女性が見つかったかもしれません」

「本当か」

 昼食を終えたタイミングで、息を切らした沓澤が家に現れ、茶の間にてその報告を聞いた。

「あくまでも可能性があるとしか申し上げられませんが。女性の名前は波多野真理恵さん。23歳、東京都葛飾区出身。およそ3週間前から行方がわかっておらず、自宅ももぬけの殻だということです」

 何も見ることなく沓澤は流暢に必要な情報を差し出してくれた。

 

「波多野さんは、いわゆる孤児です。両親が幼児期に失踪し、児童養護施設にて18歳まで過ごしていました。ただ、寡黙な性格もあってか特別親密な友人もおらず、1人暮らしを続けていたようです。柔道は中学、高校にやっていましたが秀でた成績は残していません。ただ、部内一の練習量だったと当時の部員が口にしていました」


 沓澤がさっと差し出した写真を見ながら勘助は一言一句逃さぬよう、その話を頭にいれた。

 写真には波多野真理恵の高校時代の姿が写し出されていた。知的で芯の強い雰囲気を感じるものの、疲労感を滲ませる両の目や、くたびれた黒髪が薄幸さの象徴のようにも見えた。

 勘助が石像を見たのはほんのわずかな時間で、顔も何もほとんどわかっていない。多分、波多野真理恵が勘助が求めし女性であったとて、それを証明するのは一生不可能だろう。だから、肝要なのは勘助が納得できるかどうかなのだ。


「波多野さんは失踪する2週間前に仕事を辞めて無職となっていたために外部とのつながりがゼロでした。家賃も口座落としなので、失踪しても誰の目にも止まらなかったのです」

 話を聞けば聞くほどに、波多野真理恵が勘助の求める女性のようにしか思えなかった。もしそうなら、遺体はもうこの世にはない。勘助が触れて、そして砂となって消えてしまったのだから。


 

 沓澤が自宅を後にして、勘助はタバコを吸い続けた。

 波多野真理恵のために何ができるのか。

 目当ての人物に出会えたかもしれないとなったというのに、勘助には贖罪する術が見い出せなかった。

 勘助は現実から逃げるがごとくテレビをつけた。気がつくと夕方になっていた。


 何気なくチャンネルを回してつけたテレビ番組。まさにその時、報道番組にて取り上げられていた件に勘助は思わず注目した。



「……皆様は決して真似なさいませんよう、よろしくお願いします」

「本当に迷惑な話ですね。死ぬという行為を軽んじているとしか思えません。死ぬことでどれだけ周囲に迷惑をかけるのか、自覚をしてほしいです」

 エキスパートを名乗る中年親父がえらそうに言葉を並べていく。


 あまりに理解できないニュースだった。蘇りの奇跡をいいことに、とある動画配信者が3日連続で自殺をしたのだという。飛び下り、首吊り、入水。そして3日連続で蘇生したとのことだ。

 首吊りや入水はともかく、飛び降りにおいてはマンションの15階から落下し、真下にあった車両1台を破損したとのことであった。この場合、一度は死した本人に支払いの義務が生じるのか。こんなバカな話、考えたくもない。勘助はついついタバコに火をつけた。


 

「幸子。俺は明日出かけてくるが、お前もくるか?」

「………………結構です」

 沓澤の相手をまともにしなかった幸子は自室に籠っていた。無気力状態で、まるで人として存在していないかのように。声をかけても一切表情を変えない幸子にしてあげられることは何もなかった。


 明日は波多野真理恵の家に行ってみよう。勘助はそう考えていた。葛飾区なら片道4時間もあればきっと着くだろう。明日の計画の脳内で作成していた時だった。

「…………私、帰りたい。普通の…………我が家に。こんなの……普通じゃない」

 幸子に今唯一備わっている感情は悲だけだった。泣きじゃくりながら、ただただ言葉を床にぶつけていた。


「諦めろ。国から指示されているんだ。それに、ここを出たら誰が死者を生き返らせられるというんだ」


 勘助は正論をぶつけた。真っ正直な勘助にはそれしかできないのだ。しかし、幸子は一切反応しなかった。勘助は何も言わずに部屋を去った。

 



 

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伊那の庭には人が咲く ゆいゆい @yuiyui42211

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