幼馴染にもらった"惚れ薬"、俺だけ効かない問題

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幼馴染にもらった"惚れ薬"、俺だけ効かない問題

12月25日、クリスマス。

 世の男女たちは大切な人と特別な時間を過ごすのだろう。


 俺だってそうだ。

 隣にいるのは、幼馴染の菜乃花なのか。小さい頃からの付き合いで、俺は昔から彼女のことが好きだ。

 今日は彼女の家にお邪魔して、一緒に映画を観ている。だから俺にとっても、大切な相手と過ごす特別な時間。


 しかし恥ずかしながら、一つ情けない点がある。それは俺が自分の気持ちをずっと伝えられずにいる事。つまりただの幼馴染みへの片想い。カップルとして聖夜を共にしているわけではないのだ。


 毎年、「お互いクリスマスにボッチにならないように」という理由だけで、こうして集まって映画を観て過ごしている。……過ごしているというより、日が変わるまで乗り越えているという表現でも差し支えない。



  

 映画のエンドロールが流れると、菜乃花は視線を画面からこちらに移した。


「今年は趣向を変えて恋愛映画にしてみたけど、どうだった?」


「あぁ、よかったよ」


「ほんとにぃ? 感想があっさりしすぎなんだけど~?」


「ほんとほんと」


 実際はあまり集中して観ていられなかった。

 それもそのはず。今年はついに菜乃花に告白しようと思っているからだ。

 いつまでも自分達の関係がこのままというわけにはいかない。今日のどんなタイミングで、どういう風に伝えるべきか……。正直、上映中はずっとその事で頭がいっぱいだった。


「じゃあ菜乃花はどうだった?」


「私はね~、いい話だったんだけど、主人公がヒロインの事好きになるのが早すぎって思ったかな。もう少し時間をかけて、もっと相手の事を知ってから好きになってほしかったよ」


「言われてみればそうだったかも」


「んー?やっぱりちゃんと観てなかったでしょ~?」


 菜乃花がグイッと体を近づけてくるので、思わず俺は少しだけのけ反る。

 

「い、いや?観てた観てた。俺も時間かけて好きになるべきだと思うよ」


「そっかぁ。春輝、そうやって時間かけるから彼女できないのかもね」


「それはお互い様じゃん」


「んー?なんだって?」


 わざとらしくムッとしてこちらを睨む菜乃花。俺はそれすらも可愛く見えてしまっている。

 やはり長引かせてしまっているこの恋患いも、いい加減処置してやらないといけない。

 未だ睨み続けている彼女を前に、今日の決意をより一層固める。



「あっ、そういえば、今年のプレゼント交換まだだったよね?」


「あー、うん。そうだったそうだった」


 思い出したようなリアクションをしてしまったが、本当は忘れるわけがなかった。

 今年俺が用意したのはネックレス。渡す時に告白しようと思って用意したものだ。


 

「じゃあさ、私からあげてもいい?」


「うん、いいよ?」


 俺がプレゼントを渡す=告白なのだから、できれば後にしてもらった方がいい。

 菜乃花は俺に許可を取った後、近くに置いてあった紙袋からプレゼントを取り出した。



「わ、私は……これ……です!」

 

「なにこれ?お酒?」


 彼女が渡してきたのは、比較的小さめの茶色い瓶。

 普通に飲み物が入っていそうだが、何かラベルが貼ってあるわけでもなく、見た目からはその中身が一切分からなかった。

 

「こ、これはねぇ……。実は、惚れ薬、なんだよ」


「惚れ薬?」


「そう、惚れ薬」


 惚れ薬……? リアルで聞いたことないけど、そんなもの実在していたのか?

 でもアルコールでいい気分になる人がいるのと同じで、何か興奮するような成分が入っていれば意外とあり得る話なのかもしれない。


 疑いながら受け取ると、菜乃花はそわそわしながら説明を加えた。


「それを飲むとね、目の前の人が魅力的に見えて、好きになっちゃうの」


「え、ほんとに?これ飲むだけで?」


「……そう!」


 疑わしいというか、まずは味とか賞味期限とか、そういうのは大丈夫なんだろうか。

 受け取った瓶を回して観察していると、菜乃花が必死そうに勧めてきた。



「の、飲んでみてよっ!」


「えぇ……。俺が飲むの?」


「うんっ」


「なんか危なそうだし、大丈夫これ?」


「だ、大丈夫だって!……まぁ、疑ってるなら私から飲んでもいいけど……」


「じゃあ、はい」

 

 

 菜乃花が先に試してくれると言うので、疑っていた俺はその提案に乗ることにした。

 

 菜乃花に瓶を渡すと、しばらく瓶とにらめっこ。

 そして覚悟を決めたのか、突然一人で頷くと、瓶のキャップを開けて勢いよく少しだけ喉を通した。


 

「……どう?なんか変わった?」


「え……あ、うん……。身体が熱いかも」


「やっぱりアルコールでも入ってる?」


「いや、入ってないよ……! ていうか……春輝の事、カッコよく見えてきた」


「え?」



 少しうつ向いた彼女は、頬を赤くして黙っている。

 そこから反応がないのでしばらく待っていると、恥ずかしいことをボソボソと言い始めた。



「私、春輝の事好きだよ。声が落ち着くところとか、誰にでも優しいところとか。あと、一緒にいて楽しいし、隣にいて安心するし。顔もカッコいい。……好き」


 

 …………本当に効果が出ている。

  

 俺は好きな子から言われた最高の言葉で、嬉しさと驚きから心臓が宙に浮きそうになった。

 全てが認められ、肯定され。自分で思う自分の価値が、今までの人生で頂点に達していると言っても過言ではない。


 

「も、もう、分かったでしょ……?」


 何も言えずにいると、彼女は目を合わせないまま惚れ薬の瓶を渡してきた。

 押し付けられ、俺はそれを受けとる。 


 

「これ、ほんとに効果あるんだね」 


「言ったじゃん。だから、春輝も飲んでみて」 


「……分かった」 


 受け取った瓶を覗き込むと、中からはフルーティでいい香りがしてくる。

 俺の心臓は今でもバクバクしていて、好きな子に好きと言われた高揚感が、物事を正常に判断する脳の大事な部分を圧迫していた。 

 瓶に口をつけ、中の液体をゴクゴクと喉に流し込む。


 

 これは……。美味しい。



 液体はすんなりと喉を通る。飲んだ後に鼻から抜ける空気は甘くて優しくて、本当にフルーツのような香りだった。

 なんだか味わったことがあるような……。


 そしてもう一度鼻で呼吸をすると、その香りを思い出した。

 

 ……あ、リンゴだ。……これ、リンゴみたいな味なんだ。


 

「どう?」


 俺が何も言わないので、菜乃花は上目遣いでこちらを覗いてきた。……やっぱり、可愛い。

 ……でも、この可愛いは、惚れ薬のせいじゃない。俺は元々彼女の事が好きなのだから。



「あんまり、分からないかも」

 


 俺は惚れ薬を飲んでも何も変わらなかった。

 元から強かった菜乃花への想いは、今もそのまま。

 身体は熱くなっているが、それはさっき菜乃花に色々言われたからだ。

 菜乃花にはあんなに効いていたのに、この惚れ薬、やっぱり俺には効かなかったんだ。


  

「……そ、そっか。効かなかったんだね……」


 

 落ち込んでいる菜乃花を見ると、ここで好きだと言ってしまいたくなる。

 たしかにその気持ちは嘘ではない。でも、今言ってしまうとそれは惚れ薬のせいだと思われてしまう。

 ようやく覚悟を決めてきたのに、それを惚れ薬の勢いだと思われてしまっては元も子もない。


 好きとか可愛いとか言ってしまいそうな気持ちを堪え、俺は落ち着いて瓶のキャップを閉めた。


 

「個人差があるのかも」


「……うん。そうみたいだね」



 さっきまで赤くなっていた菜乃花の顔は、今はもう普通になっていた。


 

「菜乃花は体調とか大丈夫?」


「え?う、うん。大丈夫。もう、薬の効果は切れてきたみたい」


「そっか。……でも、使い方は気を付けないと。犯罪とかに使えそうだし」


「あはは。春輝はそんなことに使わないでしょ」


「まぁね」



 話していると、俺の気持ちもようやく落ち着いてきた。

 次は自分のプレゼントだ。用意していた紙袋から、固く小さな箱を取り出す。



「菜乃花。はい、これ」


「わぁ、ありがとっ。何かな?開けてもいい?」


「いいよ」


 菜乃花は渡した箱をゆっくりと開けた。

 そしてその中身を見て、驚きで言葉がでない様子だった。



「今回はネックレスにしたんだ」


「え……。春樹、アクセサリーは恋人っぽいから遠慮するって言ってたのに」


「うん。だから、今回はアクセサリーなんだよ」


「え……?」



 俺は胡座をかいていた膝をきちんと折り畳み、背筋を伸ばして彼女と向き合った。そしてコンパクトに深呼吸を済ませて話し出す。

 


「菜乃花、今から言うことは惚れ薬の効果じゃないからね」


「……うん」


「……言うのがすごく遅くなったかもしれないけど、俺、ずっと菜乃花の事好きだったよ。小さい頃からずっと。……だから菜乃花。……俺と付き合ってください」



 カッコいい台詞も、ロマンチックな雰囲気も用意できなかった。

 でも、これが心からの言葉だから……。

 正面から向き合い、誠意をもって頭を下げた。


 

「……わ、私で、いいの……?」


「うん」


「……時間かけて、考えなくて、大丈夫……?」


「うん。もう十分。……どうかな?」


「…………へへっ。……こちらこそ、お願いします」 

 

 

 顔を上げると、目から少しだけ溢れる涙を手で拭い、優しく微笑んでいる菜乃花がいた。


 

「私も、ずっと好きだったよ」


「ほんとに?惚れ薬のせいじゃなくて?」


「ほんとにっ」


「そうだったんだ……」



 彼女の笑顔は今まで見てきたどんな顔よりも眩しく、愛おしいと思う気持ちはいつよりも大きくなっていた。

 


「ありがと。これからも、よろしく」


「……うん。よろしくっ」


 

 

 こうして俺たちは無事に自分達の想いを伝え、新しい関係をスタートさせることができた。

 クリスマスは大切な人と過ごす特別な日。来年から理由は違うかもしれないけど、それはこれからもずっと変わらないだろう。




 映画観賞もプレゼント交換も終え、ようやく一息ついて2人でくつろいでいると、下の部屋から階段を駆け上がってくる足音がドタバタと響いてきた。


「おねえちゃん!はるきくん!ケーキあるからおりておいでって!」


 勢いよく部屋のドアを開けたのは、菜乃花の小さい妹、ひかりちゃんだった。 


「あぁ、光、ありがと。分かったよ」


「うんっ。……あれ、おねえちゃん、それなに?」


 光ちゃんが指差したのは、近くに置いてあった茶色くて小さい、飲みかけの瓶。


「これ?……これは、ジュースみたいなものだよ~」


「ジュース?ほしいっ!ひかり、もらってもいい?」


「うん、いいよ。私たちにはもう、必要ないものだしね」


「やったぁ、ありがとう!」


 菜乃花が瓶を渡すと、光ちゃんはそれを大事そうに抱え込んで部屋を出た。そしてまた音を立てて勢いよく階段を降りていった。


 

 そして2人きりに戻った部屋の中で、俺はずっと気になっていたことを菜乃花に質問する。


 

「アレってさ、結局、なんだったの?」


「あぁ、アレ?……アレはね、ちょっとだけ勇気が出る薬。……リンゴ味のね」


 

 菜乃花はそう言ってイタズラっぽく笑った。




──────────────



☆あとがき☆


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