味を知った熊

tMG

味を知った熊

※本作は熊を題材とした創作童話であり、現実の熊被害や事件とは一切関係ありません。

また、現実の動物保護・駆除・管理などの問題提起を目的とするものではありません。

現実の被害に遭われた方々に、心より哀悼の意を表します。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ある山に、舌の肥えた熊がいました。

 熊は毎日違う獲物を狩り、味の違いを楽しんでいました。

 ある時、原っぱで兎を食べながら熊は、残念そうに言いました。

「もうこの山の味は、全部食べてしまった」

 がっくりと肩を落としながら、熊は大きな岩の前へと向かいました。

 その岩に、爪でこう書きました。

「何か美味しいものを知ってるか」

 そしてまた、山の中へと帰っていきました。


 次の日、林の中で猪を平らげたあと、熊はまた岩の前へと向かいました。

 するとどうでしょう、熊の書いた文字の横に、なにかで引っ掻いたような文字が書かれていました。

「ぼくは草をよく食べるよ」

 熊は驚き、けれどもすぐに、ひとつため息をつきました。

「草なんて苦いだけだ」

 そう書いて、また山の中へと帰っていきました。


 また次の日、森の中で蜂の巣を平らげたあと、岩の前へと向かいました。

「そんなことはないさ、まだまだ味がわかってないね」

 それを見て、熊は少し腹が立ちました。

「この山の味は全部知ってるよ」

 そう書いて、また山の中へ帰っていきました。


 それから熊は、毎日岩の前に向かいました。

「草も全部食べたのかい」

「ほとんど食べたさ」

「いいや、まだとっておきを食べてないね」

「とっておきって、なにさ」


 次の日、丘の上で鹿を平らげたあと、岩の前へと向かいました。

「滝の近くにある大きな木の、すぐ近くにある草を、じっくり味わって食べてみなよ」

 それを見て、熊は少し嬉しくなりました。

 草は嫌いでしたが、新しい味を知れるかもしれないことに、わくわくしながら大きな木へと向かいました。


 大きな木の近くには、たくさん草が生えていました。

 どれも同じ草だったので、適当にちぎって、食べてみることにしました

「うわあ、やっぱり苦いじゃないか」

 我慢できずにすぐ吐き出すと、熊はすごくがっかりした気持ちになり、岩の前に戻ってこう書きました。

「食べてみたけど、ひどく苦かったよ、あれはだめだね」

 そしてまた、山の中へと帰っていきました。


 次の日、岩の前に向かいましたが、そこには何も書かれていませんでした。

 次の日も、その次の日も書かれていませんでした。

 熊は、「ああ、おれがあの草をだめだと言ったせいで、怒ってしまったんだな」と思いました。

 せっかく教えてくれたのに、ひどいことを言ってしまった、そう思って、熊はまた大きな木に向かいました。


 熊は、今度はきちんと、よく味わって食べてみることにしました。

「うわあ、苦い」

 そう言って、すぐ吐き出してしまいました。

 けれどもまた、熊は草を食べました。

 今度は我慢して、じっくりと味わってみました。

 すると、苦さの中にほんの少しだけ、甘さがあることに気が付きました。

 熊は驚いて、草を飲み込んでしまいました。

 もう一度、じっくりと味わってみました。

 苦さの中に、ほんの少しだけ、甘さがありました。

 不思議に思いながら、また、食べてみました。

 なんと、その苦さも、おいしいと思えるようになっていました。

 熊はひどく驚き、そして、とても嬉しくなりました。


 周りに生えていた全部の草を平らげたあと、岩の前へと向かいました。

「この前はごめんよ、ちゃんと味わって食べたら、すごく美味しかったんだ」

 そして熊は、嬉しい気持ちのまま、山の中へと帰っていきました。


 次の日も、そのまた次の日も、岩には何も書かれていませんでした。

 そして、熊はようやく気付きました。


 ずっと前に鹿を食べた丘は、大きな木の近くにありました。


 熊は丘の上に向かうと、落ちていた白い骨の前で、大きな声で泣きました。

 ごめんよ、ごめんよ、と、長い間泣いていました。


 次の日、熊は大きな木に向かいました。

 草はもう生えていませんでした。

 熊は、滝の水を汲んできて、草の生えていたところに撒きました。

 そして、大きな木の前で眠りました。


 次の日、熊は滝の水を汲んできて、草の生えていたところに撒きました。

 そして、大きな木の前で眠りました。


 次の日も、また次の日も、熊は水を撒きました。

 何日も、何日も撒き続けました。


 いつものように水を撒いたあと、熊は動けなくなってしまいました。

 あれから熊は、何も食べていませんでした。

 草の生えていたところの上で、熊は眠りました。


 それから、長い時間が過ぎました。


 ある日、鹿が歩いていると、大きな木の近くに草が生えているのを見つけました。

 近付いて、食べてみることにしました。

「これは美味しいぞ、誰かに教えてやろう」

 そう言って鹿は、どこかへ走っていきました。

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