暗闇でメガネが役立つたった一つの理由

吉野茉莉@コミカライズ連載中!

暗闇でメガネが役立つたった一つの理由

 メガネは顔の一部だって誰かが言ってた気がする。


 いやメガネは取り外しできるから顔の一部はおかしいだろというのはそうなんだけど、私は一日中メガネをかけてるから顔にくっついてると言っていいので否定はしにくい。


 高校生になったからいずれコンタクトにも挑戦したいけど、目によくないからって親は言うし、さすがにそれは私は迷信だと思うけど、私も寝るとき忘れずコンタクトを外せるかは怪しいので今は反抗はしていない。


 寝る前に毎日ケアするとか毎日取り替えるとかそういう手間ができる気がしないし、そういう意味ではメガネはたまにお店で調整してもらうくらいであとは気になったらレンズを拭けばいいだけなので楽ちんだ。


 クロスとクリーナーは両方ともカバンに入れている。


 私だってそれくらいはできるのだ。


 じゃあワンデイのコンタクトならできるのか。


 ううむ、やはり悩むところだ。


 だって目の中に何か入れるのとか超怖いじゃん。


 結局そこだよ。


 あれ最初に考えた人って怖い物知らずすぎる。


 メガネも壊れて破片が入ったらとか言い出したら議論は終わりだけど、それってかなり確率低い気がするし、そもそも私のメガネはガラスじゃないし、そういう意味では私のカバンにいるサブの矯正やや弱めのメガネがあればそれでいいと思う。


 メガネは外すことなんて寝るときしかないので、なくすなんてことも考えられない。


 なにせお風呂でお気に入りのウェブ小説をスマホで読むときもかけっぱなしなのだ。



 部屋には私以外に三人の女の子がいる。


 教室を四分の一くらいにした広さの器楽準備室には部屋割りのせいか元からそういう設計なのか、窓がなくいつも電気をつけてないといけない。


 両側に三段でパートごとに楽器が並んでいる。


 上から軽い、ほどほど、重い、の順で楽器置き場が決まっている。


 横では背の小さな後輩が一番上の段のトランペットケースを取り出そうと背伸びしてる。


 あまりにピンとしているので、背中を指で押していたずらしたくなるけどそれは我慢することとする。


 先輩に言って彼女のケースだけ一番下に置かせてもらうようにお願いしてみてもいいかもしれない。



 私は対角線にいるみーちゃんを見る。


 背が高くすらっとしていてでも細いというよりしっかりした立ち居振る舞いで、いつもメガネをかけていて私は勝手にメガネ同盟と思っているけど、みーちゃんは毎日のように違うメガネをかけていて、私調べでは少なくとも日替わりで一週間を過ごせるくらいは持っているはずで、メガネをオシャレとして楽しんでいる。


 私もまったくオシャレを気にしていないわけでもないけど、メガネチェーンでたまたまフレームが安かった黒いメガネをかけている。


 みーちゃんはその点、レンズの形にまで気を配って色々なメガネをかけている。


 ちゃんと毎日同じメガネにならないようにしているし、かといって曜日で分けているわけでもなさそうだった。


 みーちゃんにそれとなくそれについて聞いてみたけど、みーちゃんは笑いながら、だって制服が毎日同じだから気分くらい変えたいっしょと言っていた。


 逆に私がいくつかのカーディガンを持っているのを指摘して、そういうのと同じだよと言った。


 そう言われるとそうかもしれないんだけど、メガネってどうしても遠くを見るための道具って意味合いが私には強いから、そういう機能のためにチューンをしているものをほいほいと変えられないのだ。


 というか、みーちゃんは私服のときにも合うようにメガネを変えているのを私は知っているしね。



 みーちゃんは今日は赤いアンダーリムフレームのメガネでもう一人と笑い合っている。


 みーちゃんが振り返ってこっちを見た。


 みーちゃんが大きく口を開いて何か、あ、みたいな発音をエアーで言ったようなそぶりをして、足をこちらに向けようとしたとき、バチッと大きな音が天井からして部屋が暗闇に包まれた。


 一時的な停電だ。


 古い建物だから電気の接続が悪いのか時々そういうことがある。


 特にこの部屋は窓がないからこういうとき完全な暗闇になってしまう。


 でも停電は不定期にあって慣れっこなので私たちの誰も声を出さない。


 ドアを開けるまでもなく、少し待てば明かりがまたつくことがほとんどだ。


 むやみに動いて足元にある楽器とか他の道具とかにつまずく方が危険だ。


 だから誰も動こうとしない、はずだった。


 三秒ほど経って、両耳をメガネのモダン(耳に引っかけるところね)ごと何か温かいものが覆い被さった。


 思わずヒャッと声を出してしまいそうになるのをこらえる。


 それから硬質的なものが私のメガネのフロント(レンズの枠のところね)に当たって、私だけに聞こえるくらいの音でカチカチと鳴った。


 鼻に生温かい風を感じて、ふっと一瞬だけ唇に柔らかいものが触れた。



 そして、静寂。


 耳を押さえていたものも離れ、気配ごと遠のく。またバチバチっと音がしてチカチカ点滅しながら部屋が明るくなった。


 わずかにあった緊張感も部屋から消えてしまった。


 目の前には私まで一歩の距離にみーちゃんがいて、両手を後ろで組んで楽しそうに上半身を左右に揺らしていた。


 遅れてみーちゃんの髪が揺れる。



「急にそんなことしないで」と小声で膨れて言った私にみーちゃんは意地悪そうに笑った。


「だってタイミングよさげだったし、いいじゃん」


「間違えたらどうするの」


「私がよーちゃんを間違えるわけないじゃん。メガネは顔の一部だよ」みーちゃんは自分の赤いメガネのフロントをコツコツと叩いて、それから手を伸ばして私の黒縁に触れた。


「あのねえ」


「いやだった?」


「そういう言い方、ズルいよ」


「じゃあオーケーってことで」


「だからあ」


 まったくみーちゃんったら。


 だけど、まあ仕方ない、惚れた弱みってやつだ、今日も許そう。

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