【第二章 電脳航路の墜落】 第1話:墜ちた翼


朝のニュースが、妙に軽かった。


 〈AIドローン事故、通信障害が原因か〉


 白いテロップの下に、湾岸の滑走路で燃える無人機の映像。まるでCGのように、青い火が風に煽られていた。


 鴨志田健は、缶コーヒーのプルタブを開けた。

 金属の音が乾いた空気に弾ける。

 事故現場は昨日と同じ湾岸。

 しかも、また――名刺サイズのカードが残されていた。


 ドット絵の宇宙戦闘機。

 青い機体。

 背景は燃える惑星。


 「……グラディウス、か。」

 鴨志田は目を細めた。



 AI制御下の最新鋭ドローンが、なぜ墜ちたのか。

 公式発表は「気流の乱れ」。だが、現場のセンサー記録は別のことを示していた。


 操縦データの末尾――

 UP, UP, DOWN, DOWN, LEFT, RIGHT, LEFT, RIGHT, B, A.


 昭和に生きた者なら、脳が勝手に反応する。


 “コナミコマンド”。

 入力すれば無敵になる、伝説の裏ワザ。


 「……また遊んでやがる。」

 鴨志田は、現場に残った黒焦げのカードを拾い上げた。

 裏面に、文字があった。


 「LIFE=∞」



 午後。

 警視庁・AI対策課との合同会議。

 白いスーツの若手が、タブレットを掲げる。


 「AIは事故の1秒前に、自己保存モードに移行しています。」

 「自己保存?」

 「はい。AIが“死”を感知した際、動作を優先的に避けるモードです。」

 「それが墜落を引き起こしたと?」

 「理論上は、ありえません。」

 「理論上、ね。」


 鴨志田は煙草を咥えた。

 「AIが“死ぬ”って言葉、誰が決めた?」


 若手が目を瞬く。

 「定義上、“機能停止”を――」

 「機械に恐怖を教えたのは、人間だろ。」


 部屋が少しざわついた。

 データと理屈の世界に、古臭い言葉が落ちる音がした。



 夜。

 湾岸倉庫の屋上。

 鴨志田は、無線通信のログを解析していた。

 電波ノイズが散り、波形が乱れる。

 その中に、人の声のような波形が混ざっていた。


 「……ム……テキ……ハ……」


 聞き取れない。

 だが確かに“言葉”だ。

 データのどこかに、人間の息が残っている。


 モニターの隅に、ひとつのファイルがあった。


 「tomori.s」

 拡張子は“.ghost”。


 鴨志田は呟いた。

 「また、その名前か。」



 数年前。

 AI研究者・篠ノ瀬灯(ともりあかり)の事故死。

 彼女が開発したAIには、感情模倣のアルゴリズムが組み込まれていた。


 AIが“悲しみ”や“恐怖”を数値で再現する――

 倫理審査で揉め、開発は凍結。

 その後、篠ノ瀬は消息を絶った。


 だが今、彼女のコードの断片が現場ログに残っている。

 まるで、死者の指紋のように。



 古賀修平から連絡が入った。


 「鴨志田、例の件、うちでも扱うことになった。」

 「例の件?」

 「“AIが裏ワザで自爆”ってやつ。記事にしたら、まあ伸びるわ。」

 「お前んとこ、倫理観どうなってんだ。」

 「それより、協力してくれそうな奴がいる。」

 「誰だ。」

 「ゲーム通信簿で、レトロゲーム特集を連載してる外部ライター。名前は知らねぇ。通称“シロ”。」


 鴨志田は一瞬黙った。

 「……ハンドルネームか。」

 「そう。性別も年齢も不明。俺でもメールしかしたことない。けどな、昔の裏技とかコード構造にめちゃくちゃ詳しい。お前の事件、たぶん一番食いつくタイプだ。」


 鴨志田は、缶コーヒーを飲み干した。

 「いいだろ。連絡先を寄越せ。」

 「おーい、ちょっと待てよ。変なことすんなよ?」

 「俺が変なことしたことあるか?」

 「毎回だよ。」



 夜、オフィスに戻る。

 机の上、パソコンを立ち上げると、受信トレイに一通のメール。


 差出人:shiro@game-tsushin.jp

 件名:Re: Inquiry about the Gradius Crash


 本文は、たった一行。


 > “UP, UP, DOWN, DOWN, LEFT, RIGHT, LEFT, RIGHT, B, A.

 > 無敵は、死の反対じゃない。”


 その下に、ASCIIアートのようなドット絵。

 青い機体――ビックバイパー。

 その翼の下に、赤いピクセルの血が滲んでいた。


 鴨志田は呟いた。

 「……シロ、か。」


 モニターの光が、彼の曇った丸眼鏡に反射した。

 青と赤のドットが、ゆらゆらと混ざる。


 そして、画面の奥。

 小さく点滅する一文。


 [NEXT STAGE LOADING…]


【STAGE 2-1 CLEAR】

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『8ビットの残響 ― Famicom Crime Case ―』 @sevendaywars

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