第30章 神々の決別

ゴゴゴゴ‥‥!!

ナギが引き付けてくれたおかげで地響きはかなり遠くなったが、それでもまだ宮殿を揺らし続ける。




玉座の間はすでに朽ち果てていた。

地鳴りによって裂けた床、壁一面に這い回る異形の蔦――



その中心に、かつて共に過ごした男女が対峙していた。


「力を渡したか……やはり、お前は愚かだな、マーリン。そのわずかな核で、何ができる」


グリナスが唇を吊り上げ、嘲るように笑う。全身を取り巻く緑の波動。まるで森そのものが意志を持ったかのように、背後の蔦が牙を剥いた。


「愚かでも、私は信じることを選んだ」



マーリンの声は静かだったが、その足元に砕け散った石床が反応する。

微細な振動と共に、岩がうねり始める。




「俺はすべてを手にした。この地の循環も、生命の糧も、すべてが俺の掌にある。お前などには決して手が届かない次元に至ったのだ」



「ならばグリナス。なぜお前はそんなにも弱いままなのだ?」




ビギッ!とグリナスの表情にしわが寄る




「俺は…!!」


刹那、空気が裂けた。


グリナスが踏み込む――!


ドゴォォォォン!!!


「弱くなどない!!」


膨大な緑化魔法が玉座の間を埋め尽くす。

床を突き破って隆起した蔦の柱が、鋼の蛇のようにマーリンへ襲いかかる。


「ッ――!」


マーリンは即座に岩石の盾を展開。

大地からせり上がる巨大な岩塊が迫る蔦の先端を受け止め、粉砕する。




「ははは!それだけか!!」



グリナスが腕を振り上げると、風を割るような衝撃波が放たれた。


ガァン!




石の壁ごとマーリンが吹き飛ぶ。


「ぐっ!」

背後の崩れかけた柱へ激突するが、すぐに体勢を立て直し、反撃姿勢をとる。


「……ッ!」


マーリンの指先に合わせ無数の石槍が展開される。


マーリンの気合とともに石槍が飛び出す。


「無駄だといってるだろうが!!」


グリナスが地面を蹴ると、その周囲から緑の波が弾け飛び、石槍がことごとく粉砕されていく。

さらにその余波がまたしてもマーリンを吹き飛ばす。


「…!!」




玉座の間が音を立てて崩壊していく。

だが――瓦礫の中から、マーリンはゆっくりと立ち上がった。

その身体には淡く治癒魔法がまとわりつき、静かに傷を塞いでいく。


「キュリアの力か……!」


グリナスが目を見開いた。




「バカを言うな。これはもともとアネス様が生み出した魔法だ……」


その言葉に、グリナスの眉間が激しく歪む。

心の奥底から、耐えがたい怒りが噴き上がる。


「黙れえええええええ!!!!」


グリナスが叫ぶ。


(見下しやがって!!何が魔女だ!!)


グリナスの感情が、魔力という名の暴力となって世界を満たしていく——。



背後の蔦と植物が異様な速度で増殖し、空間全体が“緑の牢獄”と化す。

空気すら息苦しく、光を遮る闇のような緑が押し寄せる。




ドガンッ!


突如マーリンが半身の姿勢を取り、軽く飛び上がると両足で岩盤を砕く。


「お前は強大な魔力を、ただまき散らすことしかしない」


「見せてやろう。魔女たるその魔法技術の深淵を」


マーリンは親指と人差し指を立てて構えた。


何の技術とも知らぬはずのその仕草に、どこかしら“撃つ”という意思が宿っていた。




そして




キュン!!!


高速の何かが放たれた。


明らかに小型。




しかし

放たれた衝撃波が蔦にこぶし大の穴をあけた。




穴の向こうにグリナスがいた。


グリナスの胸にも、同じように穴が開いていた。




「ご、ごほっ……!」


低く嗚咽のような声を漏らし、グリナスは胸を押さえて崩れ落ちた。



深々と空いたその傷口からは、鮮血が噴き出し、大地を濡らしていく。


空を仰ぎながら倒れる彼の瞳に映っていたのは、終わらぬ理想か、それとも


滅びの未来か。




グリナスの傍らに膝をつくマーリン。




「グリナス……」


「ゴホッ……マーリン。俺は……後悔していない……」




「ああ、わかっている。」


——話している暇はない。

今もナギは、あの黒龍の大群に追われている。

あれほどの超質量が、止まることなく暴れ続ければ、それだけでこの世界は滅びてしまう。


マーリンは、グリナスの胸元にそっと手をかざした。

核の抽出――。

ふわりと光が彼を包む。



その中で



グリナスは最後の力を振り絞り、言葉を紡いだ。


「……ごめんな」


「……!」




マーリンは、はっと息を呑み、うつむいた。

その髪が、彼女の表情を隠す。




「一つだけ、教えて……

たとえ偽りだったとしても……ほんの一瞬だけでも……

あなたは、私を……愛してくれていたか?」


沈黙。


そして、グリナスは消え入りそうな声で言った。




「……あいし…て…たよ…」




彼女の瞳から、ひとしずくの涙がこぼれる。




「また……」


「私を呪うのね……」




グリナスの目には、もう光はなかった。






急がなければ。

ナギのもとへ…。


……なのに。


涙が、止まらなかった。

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