第28章 煙突の遺言

「ナギ!大丈夫!? 生きてる!?」



「な…なんとか……」


エイルが駆け寄り、ナギの体を支える。

マーリンの治癒魔法がナギの傷をゆっくりとふさいでいく。


「いやー間に合ったわね!」

「お、お前……なんなんだ!その筒!?」


「これ? バズーカっていうの。G・パーダーって変人がいてさ。黒色燃料を使って“変な粉”作って、爆発でぶっ壊そうぜって。そしたらこうなったの」


「そんな遊びみたいなノリでこんな危険な物を作ったのか!!」


その瞬間、エイルの顔が曇る。

「……何よそれ。誰のおかげで助かったと思ってるの?」

「…………」


結果を見れば、彼女の言う通りだ。

あのままでは確実に、俺は殺されていた。


あの雷神の一撃で。




ふと、ナギは視線をマーリンへ向けた。

マーリンが、片腕を押さえながら倒れたエルグに近づいていく。


「エルグ……」




全身の火傷と裂傷……助からない。




「マ………リン……さま……」


その声は、ひどく弱々しかった。


「バカだなお前は……」


「……俺は……みんなの……役に……立てたんでしょうか……」

「……みんなを……便利に……」


その言葉に、マーリンは一瞬言葉を詰まらせる。


「ああ……もうお前を“ただの便利屋”とは言えないな……。

煙突どころか、発電まで……恐れ入ったよ」


エルグの目が、ほんのわずかに開かれる。


「煙突……」




「空気の……上昇……」




「……石を……詰めちゃ……だめ……だぞ……」






「石?」


マーリンが聞き返す。

だが、エルグがそれに答えることは、もうなかった——。



ナギが空を見上げると

黒い煙の塊がひとつ、遠くへ流れていくのが見えた。




マーリンが、物言わぬエルグに手をかざす。


その瞬間、彼の胸元から青白い光がふわりと浮かび上がった。

それは魂そのもののように淡く揺らぎながら、宙へと舞い上がっていく。


マーリンはその光をそっと両手に抱きしめた。


静かな光が、彼女の胸の奥へと吸い込まれていく。


——カッ!


一瞬、世界が白く焼かれた。

空気が裂けるような閃光のなかで、マーリンの身体が激しく発光する。


エルグの核。

三つの核のうち、最も強大で、最もエネルギーに満ちたそれが、ついに本来の持ち主へと還った。


彼女はもはや、この世界のあらゆる魔法使いを超越する。


すべての力の象徴となった。

どんな魔法も、どんな武器も、彼女には届かない。




……いや、ただ一つを除いて。




ゴゴゴゴゴゴゴ……


大地が唸る。

黒海がうねる。


黒龍の咆哮――いや、それすらもない。ただ“存在する”だけで、世界が悲鳴をあげる。


「……まずいな。どうやら、本当に時間がない」


ナギがマーリンを見た。

彼女の瞳は、明らかに“何か”を見ていた。空でも、海でもない。世界の“構造”を。


「核の大半を取り戻したことで、異次元とこの世界に何が起きているか、認識できた」


マーリンは言った。


「崩壊だ。もはや、異次元からの扉は完全に開ききっている。

破壊衝動の奔流が、“黒龍”という形でこの世界に流れ込んでいる。

このままでは、すべてが飲み込まれる」


「……そんな……」


エイルが顔を青ざめさせた。


「急ぐぞ。グリナスのもとへ向かう」


「でも、どうやって!? ここからじゃ、あの宮殿までは……」


「飛ぶ。飛翔魔法で。……ただし、私が連れていけるのは一人だけだ」


ナギが、ゆっくりと立ち上がる。

さっきまでの傷はすっかり癒えている。もう、迷いもなかった。


「俺が行くよ。役に立てるかわからない。でも……君と、この世界の“終わり”を、ちゃんと見届けたいんだ」


マーリンは、ふっと微笑んだ。

どこか懐かしささえ感じるような、優しい笑みだった。


エイルが腕をつかむ。


「……気をつけて。必ず、帰ってくるのよ……」


「……ああ。必ず帰ってくる」


「黒龍の餌になるときは一緒にいてよね……」


相変わらず笑えないブラックジョーク。だがなぜだろう。

その言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。


ナギは、最後にひとつだけ深く息を吸った。


「行こう」


マーリンが手を伸ばす。

彼の腕をとった瞬間、ふたりの身体はまばゆい光に包まれた。


そして、空へと——舞い上がった。


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