第22章 奪還の兆し
その日の昼過ぎ、三人は洞窟の隠れ家を離れ、海へと出た。
マーリンはナギの背に軽くしがみつき、エイルは体に巻き付けたロープで引っ張られている。
マーリンの防御魔法が施され、初めてエイルは快適にナギと泳ぐことができる。
空はすっかり明け、太陽は高く昇っていた。
海は青く澄み、白波ひとつなかった。
「……進路、東。目指すは“治癒の聖域”だ」
ナギの声に、マーリンが小さく頷く。
「キュリアね」
「ああ。あの人は……何か、グリナスとは違う。あんたのことを……本気で心配していたよ。」
マーリンは、ほんの少し目を細めた。
「そう……ね。」
封印されたとき、わずかに残る意識の中で見た、キュリアが泣き崩れる姿を思い出す。
後方のエイルは全く二人の会話が聞こえないため、ただ高速遊泳を楽しんでいた。
「あはは!速い!!速いわよぉ!!あっ、魚さん!あああ~さよーなら~」
こちらの気も知らずはしゃぐエイルにナギはちょっとイラっとした。
キュリアの居城近く、岩壁に着く。
ナギは周囲を見渡し、人気が無いことを確認する。
マーリンは息を整え、
エイルは武器の代わりに工具を取り出す。
「こっちだ。」
ナギはマーリンに手を差し出す。
……だが、彼女はその手を取ろうとしなかった。
ナギの中に、不安が生まれた。
(……? なんだ?今の違和感…)
岩壁を抜け、砂浜を横切り、
三人はキュリアの城の裏手に広がる森へと紛れ込む。
「近い。核を感じる…」
マーリンが城を見上げていると
キ———ン
高周波のような音が響く。
『マーリン。正面から入ってきてください。門兵には伝えてあります。』
エイルが手も首も振る
(罠に決まってんでしょ!!)
「…」
エイルの心配はもっともだ。
彼女はキュリアを直接見たことがない。
マーリンの話だけ聞くと、
……悲劇を演じる影で、得るべきものはすべて得ていた———
そう映るのも、無理はない。
しかし———。
ナギたちは森の影に身を潜めながら、城の外壁に沿って進んでいった。
草の葉先には朝露が残っており、足音を吸い込むように静かだった。
「……こっちだ」
ナギが木々の隙間から見える側門を指さす。正門ではなく、使者や来賓の通用口――逃げ道にもなる経路だ。
(ちょっと!本当に行くの!?)
エイルが囁くように文句を言う。
「大丈夫だ。俺を信じてくれ」
エイルはさんざん引きずられた過去を思い出し、怒りが込み上げてきたが…
マーリンが自分を見て頷く姿に、怒りを飲み込むことにした。
門の前で足を止める。
すでに扉は開いており、中には一人の女性が立っていた。
側門に来ることは簡単に看破されていたようだ。
金の髪、深い碧の瞳。
気高く、それでいて疲れたような佇まい。
キュリアだ。
「……来てくれたのね」
彼女の声は、予想よりもずっと穏やかだった。
敵意も高圧もない。どこか懐かしい空気さえ漂っていた。
マーリンは数歩前に出た。
その顔からは読み取れない感情が滲んでいる。
「会いに来ただけだ。私の核を返してもらうために。」
キュリアはわずかに目を伏せた。そして静かに言う。
「中で話しましょう。ここでは……風が強い。」
エイルが一歩踏み出そうとしたその時、キュリアの目が彼女を射抜いた。
ほんの一瞬だった。だが、冷たい視線に思わず足が止まる。
「警戒はしていい。でも……私は、あの日の罪を、忘れていないわ。」
キュリアの言葉に、マーリンのまなざしが揺れた。
何かを言おうとしたが、その言葉は声にはならなかった。
「ナギ……中に入るぞ。エイルも……いいか?」
「し、仕方ないわね! あたしがいないと、どうせ無茶するんでしょ……」
三人は静かに扉をくぐった。
キュリアの背中が、ゆっくりと奥へと進んでいく。
その背に、マーリンの目がじっと注がれていた。
(変わったように見える。でも……)
疑念と希望と――そして、赦しと復讐が、静かに交錯していた。
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