ハロウィンゾンビの落とし物

志乃亜サク

ハロゾン

 いま、ぼくの目の前にはちゃぶ台を挟んで首無しのゾンビが座っている。


 その彼が言う。


 「なんかさ、落とし物をしてきた気がするんだよね」



 なるほど、まいったな……。


 たぶん、いや間違いなく、その「落とし物」って首のことだと思うんですよ。

 ただそれをそのままこの彼に伝えて良いものか。


 ほら、大昔のアニメでよくあったでしょう?

 全力で走るキャラクターが知らぬ間に崖から飛び出しても気付かずに走り続けるやつ。

 最終的に足場がないことに気付いた途端「あ”ーーーー!」とか言いながら落ちていくコメディ演出。


 たぶんね、いまこの首無しゾンビ君、その状態だと思うんですよ。

 だから自分の首がないことに気付いたら、ものすごくショック受けると思うんですよ。

 そう考えると、なかなか軽々しく「君、どこかに首落としてきてない?」とは言えないですよね。 

 そもそも、どっから声出してるんだろう? まあそれはいいか。


 さかのぼること10分前。玄関のチャイムが鳴ったので宅配便かな? と思って開けたら首無しゾンビだったわけ。

 あ、そうか。今日はハロウィンか

 ……と思ってたら勝手に上がりこんできての今この状況。


 よく考えたらトリックアトリートするような近所付合いもしてないし、こんな手の込んだ仮装でサプライズしてくるような親しい友達もぼくにはいなかった。


 「というか、どうしてココを訪ねてきたんですか?」


 「ん? この部屋に落とし物をした気がするのよ」


 なにそれ怖い。どこかに首埋まってたりするの?


 首無しゾンビ君は部屋の隅に立てかけてあったフォークギターを勝手に取って構えると、ジャラーンと鳴らした。


 そして無い首をひねりながら1弦1弦チューニングしていく。経験者の動きだ。


 「落とし物、というか青春時代の忘れ物かな……。」


 「いやあ……たぶんそういう概念的で情緒的なものではなくて、もうちょっと物理的なものだと思いますけどね?」


 「なんでそう思うの?」


 「いや、なんとなく……」

 

 そう言いながらぼくは窓を開けた。


 「ん? 寒くない?」


 「そうですか?」


 若干ゾンビ臭が部屋にこもってきたから、換気したいのだけど。

 といってもまだゾンビなりたてで新鮮?なのかね。そこまで腐敗臭がキツいわけでもないのは助かるけれども。


 でもにおい問題って難しいですよね。

 本人はその臭いに慣れちゃってるから気付かないんだと思うけど、周囲は結構気を遣うわけよ。


 ちょっと遠回しに言ってみようか。


 「臭い気になりません? ぼくさっき煙草吸ったんで」


 「いや全然大丈夫よ。というか俺いま、鼻詰まってるから」


 伝わらんかー。

 鼻どころか、首から上ないけどね。


 なんとなくだけど。

 そもそもこの人、自分がゾンビだってこともイマイチ自覚してない気がするんだけど。まずはそっからか。


 気付けば、首無しゾンビ君が『ロビンソン』弾いてる。

 ゾンビがスピッツ弾くんじゃない。そして上手いな、おい!


 あ、もしかしてこれ、使えるんじゃないだろうか?


 「ギター上手いっすね。他に何か弾けます?」


 「なんかリクエストある?」


 「クランベリーズとか知ってます?」


 「おほ!懐かしいね。昔かなり聴いたよ」


 「『zombie』とか行けます?」


 それを聞いて首無しゾンビ君の手が一瞬止まった。

 しまった、踏み込み過ぎたか?


 

 ……ジャンジャンジャンジャランジャンジャジャララン……



 弾くんかい。


 ♪In your head, In your head……


 裏声も上手いなあ、もう。



 さて、どうしてくれようかね。 


 するとその時。


 アパートの外階段を上ってくる足音が聞こえてきた。


 あ、ヤバイ。



 「どうした?」


 「家主帰ってきました、この部屋の家主が」


 「は? 家主ってキミじゃないの」


 「違う違う。早く逃げないと」


 「逆にキミは誰なんだ」


 「うっさい、ハロウィンゾンビに言われたくない」


 「誰がハロウィンゾンビだ」


 「窓! 窓から出て! 早く!」


 「痛っ、押すなって。腕もげる腕もげる」


 「なにをいまさら」



 そして部屋には誰もいなくなった。若干のゾンビ臭を残して。


 

 

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